第86話 悲恋の最終章㉓ 由紀子と暁子

清水建設のパーティーは予定どうり午後10時


に散会になり、テキパキと片付けをこなして、賄の


弁当を食べ、風呂に入り泉岳寺の駅に着きました。


午後10時58分発の西馬込行きに乗れました。何もなければ


11時半前にはアパートに到着します。由紀子は来てるかも


しれない。はやる気持ちで家路を急ぎます。


 共同玄関から2階へ・・・突き当りの部屋になりますが、


ドアーの隙間からこぼれる光の誘導はありませんでした。


 まだか・・・まだ、来てない・・・


まあ・・・マリンコンパでの二次会が11時に終われば、12時前には新丸子なの


ですが、サークルのみんなで楽しくやってるんだから、時間とうりにすすむ


事もないだろう・・・終電までには来るんだろう・・・そんな思いを巡らせながら


タバコに火をつけていました。やがて時計の針が12時を回り、なぜか落ち着かない


自分に気が付いていました。元住吉行き最終が渋谷12時45分・・・新丸子1時13分着・・・気になりだしたので、駅まで迎えに出ました。最終まで3本の電車を確認しましたが、


由紀子の姿はありませんでした。完全にすっぽかさてれました。肩透かしです。


期待にして待っていた自分がとても小さく見えるのです。仕方ないじゃん・・・


こうした事もあるさ・・・通信連絡手段が無いわけですから、潔く諦めるしか


ありません。アパートまでの距離がとても長く感じられる12月21日深夜の出来事でした。


 翌朝の目覚めは悪いものでした。傍らに寝息を立てる由紀子がいない現実があります。


時々、ぶつかりあったことはあった・・・でも今朝は何故か言い知れぬわだかまりに頭を支配されています。握った手は決して離さなかったのに、どうして?由紀子からは初めて約束を破られました。


 今日も10時から煉瓦亭のバイトが組まれています。シフトは店長の岩さんと同じです。


「店長、おはようございます!」「おはよう・・・里中!なんか顔色わるくないか?


おまえ・・・まだ、自然気胸が完治してないんじゃないの?ホテルとのダブルワークだもんな?


あまり無理するなよ!明日の夜、煉瓦亭、合同忘年会大丈夫だろうな・・・」


「店長・・・・その件は先日話したとうりです。夜9時からですよね・・・場所は駅前とうりの焼肉天国・・・少し遅れると思いますが、必ず出席させていただきます。」


 明日、23日はオーナーでもある階下の不動産やさんとの合同忘年会です。煉瓦亭は通常夜10時閉店ですが8時にクローズの予定です。ホテルにはどうしても外せない用事があるので、9時上がりで山口課長の了解を得ていました。そんな話をしてると、朝1番のお客さんです。ドアベルが鳴りました。


 え・・・・なんと由紀子でした。まさか・・・あれほど頑なに私は煉瓦亭に行かないと豪語してたのに・・・なんということ・・・由紀子もきまずいのか入り口で固まっていました。


 機転の利く店長が手招きして俺の前のカウンター席に誘導しています。

「おはよう・・・貴方・・・昨日は自分から約束していながら、ごめんなさい・・・」ブレンド用のコーヒー豆を引いてる岩さんが聞き耳を立てています。


「由紀子・・・注文は?」「そーね・・・貴方が美味しいと話していたモカをお願いします。」


「店長・・・モカで・・・・」モカの豆を計量して年代物の手引きミルで豆を引きながら、店長が・・・


「君・・・里中君の彼女だよね・・・岩手出身の・・・」「あ・・・はい・・・長谷川由紀子と言います。


 いつも里中君がお世話になっています。店長の岩村さんですよね・・・里中君の話題に岩村さんの事を聞いてましたので、何か親近感を感じてます。」


いつもの由紀子の調子に戻っていました。


 「貴方・・・新丸子にいかなきゃ・・・いかなきゃ・・・時間を気にしながら飲んでいたのよ・・・でも後輩の1人が急に具合が悪くなってしまってトイレから出てこないの!たぶん時間にして20分くらい・・・


それで大騒ぎになり、お店の人に頼んでドライバーでドアを開けてもらったの・・・その後輩、福島出身でいわき高校なの・・・結構陽気でお酒も好きで気配りができる子だったから私たちも可愛い後輩として昨夜は調子に乗せてしまったの・・・日本酒が好きでコップ酒3杯かな?それでアウトになったの・・・


 その後輩・・・真由美と言うんだけどトイレの中で便器をだっこしてたの・・・完全に酩酊状態・・・


 1人ではどうすること出来なくて男子の手も借りてようやく店を出たのがAM1時前なの・・・当然、終電はなく仕方なく私と真由美の同級生2人で明大前のアパートに連れていったのよ・・・タクシーの中でも吐いてしまいー


運転手さんにも怒らてもう散々な事件だったの・・・」そんな事件があったんだ・・・それにしても由紀子も相当


疲れている感じです。「なんか・・お疲れモードみたいだけど、寝てない感じ?」「そうなのよ・・・だって一晩中ゲロゲロの連発だもん・・・すこし落ち着いたかなと思うと洗面器に顔を埋めているんだもん・・・


介抱しない訳にゆかないじゃん・・・」「うーん・・・そうなんだ・・・そんな事があったんだ・・・


 由紀子が約束破るなんて今まで1度もなかったから・・・裏切られた感じで気が滅入りあれこれ、連想の繰り返しだったんだ!」


「そうだと思ったんだ・・・きちんと話をしたくて、ごめんなさいを伝えたくて、仕方なく煉瓦亭というわけ・・・」


時計の針が10時半を回り、常連さんたちで店が混雑を始めました。いつもの普通の光景なのですが、由紀子と話をしていることができなくなりバタバタ・・・その動きを察知した由紀子がいました。


「ね・・・貴方・・・お客さんが増えてバタバタしてる姿、私にも理解できる・・・貴方を独占なんかできないもんね・・・ね・・・上中里まで帰るのが今日は辛いの!コーヒー飲んだら新丸子に行ってもいいよね・・・貴方の部屋で今日はゆっくりしてもいいかな?


 私も少し二日酔い気味だし・・・とにかく昨夜は一睡もしてないから、身体が重いのよ・・・今夜もホテルのバイトあるでしょ・・・休んでなんて言えないし言わないよ・・・貴方が帰るまで新丸子でおとなしく待ってます。」


 そんな会話をしてるところにまた、来店のベルが鳴ります。え・・・暁子さんだ!・・・・え・・・どうしてこうなるの?


 彼女を見つめる俺の変化に気づき、由紀子が振り返りました。お互いの視線が見事に衝突しています。すると暁子さんは・・・


静かに頭を下げてゆっくりとドアを閉めて階段を下りてゆきました。


由紀子の表情が一変しています。明らかに怒りに満ちた表情に変わってゆきました。「ね・・・貴方・・・今の方、暁子さんでしょ・・・私は視線が合った!暁子さんだって私に気が付いたから何もなく帰っていったのよ・・・ね・・・・どうしてなの?・・・あれだけお願いしてるのに・・・まだ、サヨナラできてないんだ!・・・ね・・・何とか言ってよ・・・どうして黙るの・・・何とか言いなさいよ!」


 由紀子の頬に涙が伝わっています。なんで?なんで?なんでこうなるの?しばし絶句でした。今日は木曜日、火曜日じゃない・・・間が悪いのかな?タイミングの悪さに打ちのめされていました。


 「ね・・・貴方!・・・黙ってると言うことはサヨナラしてないから、でしょ!そうなのね・・・もう信じられない・・・

 SEIBUの遭遇事件は確かに重かったわ・・・でも今日の事のほうが私は許せない・・・貴方を信じていたのに・・・どうして・・・どうして・・・どうして・・・なぜ、よそ見ばかりしてるのよ!私だけを見ていて・・・私だけを感じていてほしいの! 今日は上中里に帰ります。」由紀子に言葉かける余裕はありせんでした。


 つなぐ言葉が見つからない・・・言葉をだせば言い訳・・・そしてサヨナラして

ないのは疑う余地もない真実なのです。まったく・・・どうしてなんだよ・・・

 どうしてこなるのかな?由紀子の顔を見れない事に下を向くしかない惨めな

自分がいました。


テーブルの上に¥1,000札を静かに置いて涙をぬぐいもせずに席を離れてゆきました。

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