第85話 悲恋の最終章㉒ 由紀子と暁子

 暁子さんの置手紙を読み、しばらくボンヤリしてました。


由紀子との板挟みを承知の上で暁子さんに「サヨナラ」を告げずに


また、都合が良い選択をしている自分に少なからず、自己嫌悪を


感じています。由紀子との事、越えられない壁が大きすぎて、自己消化できずに


2人のすれ違いが始まったのは偽りのない事実です。目標やゴールが見えないのが


こんなに辛いのかと自分自身の宿命みたいなものを感じていました。


 どんなに好きでも、お互いがどんなに慈しみをもって接してきても、越えられない


壁はあるのです。山梨の親は早晩、由紀子との関係が自然消滅するものだと予測し


て、親父もお袋も2人の動静には完全に口を閉ざし、問いかけは一切なくなりました。


 特にお袋は由紀子との話にならぬように避けてるいるのが、最近の電話の


やりとりで感じられます。岩手事件が起きる前には、「ね・・・由紀子さん元気にしてる?


身体の調子はどうなの?2時間で帰省できるんだから、一緒に帰ってきてちょうだい・・・」


 いつも由紀子を気にかけてくれたのに、最近は何も無しです。


たぶん親父を気にしてるのだと思うのです。俺の事で、ずいぶん嫌な思いをさせてしまいました。それは十分すぎるほど理解しているのですが、頑固一徹な親父を思うお袋がいるのです。


 その後、暁子さんは1週間、音沙汰なく、煉瓦亭にも来てません。「また、煉瓦亭に来ます!」


そんな言葉の淡い期待があったのも事実なのですが、ドアに彼女の姿はありませんでした。


 12月、師走、年の瀬、ホテルは忘年会風景からクリスマスパーティーに様子を変えています。


とりわけ、キャノンの海外事業部は業績が絶好調です。部課単位でのクリスマスパーティーが24日まで予約で埋まっていました。12月20日、今夜は清水建設のシステム設計部のバイキング形式の立食パーテイーでした。メンバーは30人ほどですが、設計という職場環境のせいか女子社員がすくなく9名だけでした。理系女子と理系男子の微妙なバランス、どこか違和感を感じてしまいます。


 お酒が入りボルテージが上がる男子をよそに、冷静すぎるほど、ノリが悪い女子、傍目からも楽しくないパーティーです。


「おーい!里中・・・外線から電話・・・いつもの彼女だぞ!・・・俺が出たら


いつも里中君がお世話になりありがとうございます・・・だって・・・早くでろ!」山口課長でした。


「もしもし・・・変わりました・・・すると、わ・た・し・・・」由紀子でした。「ねー貴方・・・

元気なの?病気は?大丈夫なの?心配してたんだけど、ゼミの飲み会とかクラスの飲み会とか、仕方ないのよ・・・12月の忘年会シーズンだもん・・・今夜もサークルの飲み会が飯田橋であり、2次会で渋谷に着いたとこなの・・・場所はマリンコンパ・・・スクランブル渡り大井の4Fだから、みんなに指示してハチ公前の公衆電話からかけてるの!・・・ね・・・レストランかなりガヤガヤしてない?」


 「今夜は清水建設のクリスマスパーティー・・・音響からビージーズ流れてるよ・・・でもノリが悪くて盛り上がりなし・・・」


「そうなんだ・・・わ・た・し・ すこし酔ってます。でも他の男子とイチャイチャなんかしてないからね・・・貴方と違って・・・」トゲのある言葉でした。


「由紀子・・・ごめん!・・・山口課長から合図・・・早く電話終われ・・・そんな感じなんだ・・・」「ね・・・貴方・・・今夜、新丸子に行くから・・・

別に問題ないでしょ・・・今、9時過ぎだから、あと2時間くらい・・・早く帰って待っててね・・・じゃあーね・・・」


 暁子さんとの遭遇事件から2週間すぎていました。その間はホテルに電話が3回ほどあり、深い話を交わしていません。


12月は特別な時期なのです。由紀子からもたくさんの予定があるのを聞いていたので、忙しいのは理解していました。


そうか・・・今夜・・・由紀子に会える・・・なんか嬉しくなるサプライズでした。


「おーい!里中・・・ 予定どうり10時でお開きなるから、最終チェックをしてくれ・・・俺も古川橋に行く用事があるから


早く終わるぞ!」そして・・・「おまえも彼女と今夜会うんだろう・・・顔に書いてあるぞ・・・」


「課長だってあのママのところじゃないですか?」・・・そんなやりとりしていると、宮下課長から「追加のオーダーあるから、里中君!」「わかりました。ただいま・・・」 


 それは追加注文ではなく10時に散会になるから、会計処理を頼むとの事でした。

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