第33話 揺れる心 大家さんからの告げ口

 大家さんと話しを終えた彼女が俺に部屋にいます。

由紀子の顔に生気がなく、その視線にいつもの輝きがありません。


「どうだった?」と一言、声をかけたところで、俺の胸の中に飛び込んで

来ました。

顔を埋めて泣いています。かける言葉を失い、その肩を強く抱きしめていました。


 それでもと気を取り直して・・・「由紀子!・・・泣いて

いたんじゃ・・・解らないよ・・・何を言われたの?」とやさしく励ます

ように言葉をかけました。


 しばらして、埋めた顔を離して、炬燵に入ります。テーブルの上のテイッシュペーパーで涙をふいて、鼻をかんでようやく落ち着いてきたようです。


「ねー貴方・・・大家さんにずいぶん傷つくこと言われたの・・・」


「解るよ・・・だって泣いているんだもん・・・普通じゃない・・・

のはその姿で解る・・・だから何を言われたのか・・・ちゃんと説明してよ!」


 するとぽつり、ぽつりその状況を説明し出しました。

彼女の実家の両親とは引越しの件では・・・別にトラブルはなかったようです。


 縁戚続きの関係ですから、ケンカになるような話しではありません。

ただ、大家さんが由紀子さんに同じ下宿に好きな大学生がいて、なんの制約も受けずに、自由に恋愛を楽しみたいのが、引越しの大きな理由だと言う事を実家に告げてしまったようです。


 彼女にしてみれば、1番触れられたくない話をストレート

に表にだされてしまったので、立場がありません。確かに理由はそうかも

しれませんが、プライベートの問題だし、プライバシーの問題もだってあります。


 告げていい話しと黙っていてほしい話しもあるはずですが、話しの

ゆきががりでそんな風になってしまったようです。


大家さんにすれば大事な娘を預かっているのですから、責任問題もあるでしょう・・・縁戚という部分が大きく邪魔になっていたのも、納得できます。


 でもその話しは由紀子にすれば1番厳しい宣告だったと思います。

子供の無事や幸せ・・・そして大学生という本分である、勉学の為に

親は一生懸命仕送りします。真面目に勉強しているんだ・・・もっと

大学に近いところに引越したい娘の希望を親は叶えようとします。


 でも、制約が多いこの下宿から逃げ出して、自由に恋愛を楽しみたい!

そんな話しを聞けば、親にすれば「寝耳に水」の話しになってしまいます。


 非常に難しい局面になってしまいました。適当な言葉でお茶を濁す

話しでもありません。ここまで来た以上、きちんと実家に説明を

しなければならない、苦しい立場の由紀子がいます。

どうすればいいのか・・・なんて説明すればいいのか・・・出口が見つからない

袋小路に追い込まれてしまいました。


「由紀子、今夜、実家に電話したほうが良いと思うんだ・・・このまま逃げたりすれば、もっと立場が悪くなると思うんだ・・・嘘で固めるよりも、きちんと説明するべきだよ・・・人目を忍んだ、危険な付き合いをしている訳でもない・・・ここは、逃げないほうがいい・・・正直に話しをしてほしい・・・これが俺の結論だね。」


 しばらく目を閉じて、何かを考えていた彼女が・・・「ねー貴方!・・・

ありがとう・・・私も貴方の言う事が、正しいと思うの・・・だから、今夜、電話してみる」


 何かを思いつめて、沈んでいた表情が急に明るくなったような

気がしました。「ねー貴方・・・私、もうメソメソしないわ・・・貴方の口癖

・・・なるようになりますように・・・を実践してみるわね・・・」


 窮地に立ってもその持ち前の明るさで、前向きに考えられる彼女の天性の才能を

再認識していました。


「ねー貴方!・・・まだ、パン食べてないでしょ・・・」

「うーん・・由紀子の事が心配でパンのことなんか、忘れていたよ・・!」


 いつもの賑やかな彼女に戻ってゆきます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る