第16話 引っ越しへの階段、自由が丘

 昭和53年2月・・・キサラギ・・ 「如月」って何か余韻の残る言葉なんです


 そんな、派手じゃないんだけど、どこか気になる余韻に残る感じ

が好きです。2月・・・日没もPM5;00を

過ぎています。それでも、まだ、まだ、厳しい寒さが残る、2月の

日曜日の事でした。大学も後期の試験が終了して、長い春休み

の突入しています。


 時間があるので、バイトの勤務時間を

今週からAM11;00出勤でラストPM10;00までシフト変更

しています。昨夜も事務所でナイトの仲良しフロントマンと

無駄話しをしていたので、あやうく最終に乗り遅れる所でした。

風邪でダウンした彼女の看病から、1週間・・・バイトに専念して

いたので、ゆっくりと話しをする余裕すらありませんでした。


 昨夜も自室のドアーに伝言のメッセージが挟まっていました。

「ねー貴方・・・お帰りなさい・・・今夜も最終なのね?明日は待望

の日曜日なのよ・・・寝坊しないで、早く起きてね・・・下宿では

話したくないから、外出する支度ができたら、ドアーを叩いて

下さい。私も朝から、支度して待っているから・・・由紀子」


この手紙を読んで、早く起きなきゃ・・そんな思いで眠りについたののに、

掛時計の針はAM10;30でした。ヤバイ・・・寝坊だよ・・・


 歯磨き、洗顔、身支度済ませ・・彼女の部屋のドアー叩きます。

少し間があり・・・部屋のドアが30センチほど開きました。


「ねー貴方・・・外で待ってて・・・」と告げてドアーが閉まりました。

明らかに、ご機嫌斜めの気配です。玄関を出て、小さな路地の

曲がり角の電柱のところで、彼女が来るのを待ちます。


 短い時間なのに・・・とても長く感じられます。まだ・・・来ないの?

電柱の裏に隠れて下宿の格子戸が開くのを確認しました


 チリン・・チリンとベルが鳴っています。彼女の表情が雲って

います。「ねー貴方・・・ずいぶん早いお目覚めなのね・・・私の

伝言読んでいるんでしょ・・・ねーそれに何て書いてあった?まったく

もう・・・せっかくの日曜日なのに、これじゃ・・・台無しでしょ・・・」


 ぶつぶつと文句の連発です。「ごめん・・・ごめん・・AM1;30には

寝たんだ・・・目覚まし時計をAM8;00にSETして寝たのに、なのに、目覚ましが鳴らないんだ・・・」「もう・・・言い訳なんか聞きたくない・・・私なんか、

AM8;30には外出できるように支度して待っているのに・・・まったく・・・

人の気持も知らないで・・」

「ほんとうに・・・ごめん・・・ごめん・・・俺がすべて悪いんだ・・・目覚ましのせいにして・・・ごめん!」


 そんなやりとりをしていると駅に着きました。2人とも定期があるので、そのまま、渋谷行きの電車を待ちます。


 「ねー貴方・・・寝坊のことは許してあげる・・・

あのね・・・木曜日、金曜日と不動産屋めぐりをしてたの・・・時間があったから、たくさんの物件を見せてもらったの・・・それで最終的に、3軒が候補になったの

・・・その3軒を貴方にも見てもらいたくて・・・最初は自由が丘で降りる

からね・・・」

 わずか7分で自由が丘です。目黒区自由が丘、隣は

 大田区田園調布・・・東横線沿線随一の高級住宅街です。


 自由が丘駅前のアーケードを北に抜けて、細い路地がいくつも重なる

住宅街にそのアパートはありました。駅からは徒歩で15分前後です。


 今の下宿が駅まで6分・・・倍以上の距離がありました。

薄いレンガ色の綺麗なアパートでした。外観は抜群です。


 彼女が詳しい説明をしてくれます。

「間取りが6畳と3畳の台所、風呂なしで家賃が¥38,000なの・・」

「ふーん¥38,000なんだ・・今の下宿が¥18,000だから、¥20,000UPなんだ・・・¥20,000UPしても風呂無しなの?」

「ねー貴方・・・ここ自由が丘よ・・・お風呂があると¥50,000以下

のアパートはありませんと不動産屋さんが豪語していたわ・・・」


「ふーん・そうなんだ・・・俺達、田舎者だし・・・自由が丘なんか、似合わないじゃん・・・なんで自由が丘なの・・・もっと泥臭い学生街でいいじゃん・・・」


「たぶん・・・そんな答えが返ってくると思ったわ・・・でも1度はこうしたところも見ておいて損は無いと思ったから、連れてきたの・・・不動産屋さんで

色々な話しを聞けたし、とても参考になったから・・・結論的にはここはパス

すると思うけど、現実にここで暮らす私達の同級生もたくさんいるのは、

事実なのよ・・・」


 そんな自由が丘についての会話をしながら、駅に

戻りました。「ねー貴方・・・私、おなか空いた・・・」腕時計の針はPM12;00を過ぎています。「そーだね・・じゃあー由紀子がお気に入りの

自由が丘で昼飯にしようか・・・朝寝坊の償いに昼飯は俺が、おごる

から・・・」駅前の東急プラザの食堂街で昼食になりました。

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