第8話 昭和53年 後期試験の出来事

 昭和53年、冬、1月下旬の風景です。

後期の試験が始まり、互いに勉学に励む日々が続きます。

試験中は部屋の往来が皆無になりました。高輪のホテル東京のバイトも

3日間しか試験休みをもらえないので、時間のやりくりしながら

試験勉強です。

 大学では、休み時間をみつけては、図書館で親しい友達を中心に試験対策に大忙しです。サボリ気味だった授業は、真面目な女子学生友達の

ノートをコピーさせてもらい、何とか準備を終了・・・28日の2科目で

後期試験も終了というところまで、来ていました。


 1月20日以降、ほぼ1週間、彼女とはゆっくりと話をしていません。目前の後期試験を「お互いに頑張ろうと!」約束したので、我慢の日々です。

 そして26日、夕方、バイトへ行く途中で、駅でバッタリ出会いました。腕時計の針はPM5;00を少し回っていました。

遅刻の心配があるので、立ち話程度・・・「ねー貴方・・・私の試験は明日、27日で全部終わるけれど、貴方のほうはどうなの?」「うーん、28日の

民法と刑法1で終了」 「それじゃー2月1日は必ず、空けといてね・・・」「うーん解った・・・バイトに遅刻すると山口さんがウルサイから

行くよ・・・そんじゃーね」・・・


 PM10;00までのバイトですが、夕食を

取り、風呂に入ると、どうしてもPM11;00を過ぎてしまいます。

タイムカードを記録する為に・・・事務所へ・・・

 ホテルのフロント裏が事務所です。ナイト(夜勤)のフロント陣が

結構可愛がってくれます。ここのホテルの社長と常務が高校の

大先輩でした。そんな関係からか、不思議と目をかけてくれます。

「おーい里中!机の上にサンドウイッチがあるから、食べて行けよ

・・・コーヒーは勝手に飲めよ」・・・内線電話でしゃべりながら

そんな指示です。「はーい、解りました・・・いつもすみません・・・頂きます」  ここで、引っ掛かって無駄話をして

いると直ぐ、30~40分過ぎてしまいます。「中村さん・・・ご馳走

さまでした。終電があるので・・失礼します。」「おい・・・インチャージでフロント持ちの部屋が2つあるから、ルームに泊まって行けよ!」「でも、まだ、

後期の試験中なので、今夜は帰ります・・また、次回、お願いします。」


 地下鉄泉岳寺駅PM11;50に乗らないと

OUTになります。今夜も最終か?・・・早く帰れば、良かったと

つぶやきながら、電車に飛び乗りました。最終電車のせいか、暖房の

効きが悪く、隙間風でひんやりしています。

中延で田園都市線(現在の大井町線)に乗り換え、自由が丘で

東横線に乗り換えになります。


  車内アナウンスが・・・

「この電車は元住吉行き、最終電車・・・次は新丸子です。ようやく着いた・・・

駆け足で階段を上り、そして下り、改札口へ・・・すると、由紀子が

券売機の前にいました。「どうしたの?こんな時間に・・・この電車

最終だよ・・・」「だって・・・夕方、駅で貴方に会っちゃたから・・・

ずっと我慢していた気持を、どうしても、抑えきれなくて・・PM11;30頃からずっと待っていたの・・・」「えー・・・もう1時間以上じゃん・・・」

「だって試験中だから部屋にも行けないでしょ・・・電車が来るたびに

貴方の姿を探して・・・あーいない・・・この電車もいない・・・じゃあーもう1本・・・1本と待っていたら、終電になったの・・・でも、良かった、逢えて・・・お帰りなさい・・・お疲れ様」・・・・厳寒期の1月末・・たぶん外気温が5度前後です。

 厚い上着も着ないで、セーターの上にカーディガンを羽織っただけの

軽装です。寒さで身体が萎縮しているのが、解ります。

「由紀子!馬鹿だな・・・風邪でも引いたら、どうするんだよ・・・明日、最後の

試験だろう・・・たぶん、コタツに入って試験勉強していると思っていたのに

・・・まったく・・」 「ねー貴方・・・そんなにブツブツ文句を言わなくても

いいでしょう・・・私が、好きで、待っていただけだから・・・」

「解ったよ!・・・ありがとう・・・さあー帰ろう」自分が着ていた、ダウンジャケットを脱いで、由紀子に着せました。そして、そって手を握ると

寒さで手が凍てついています。こんな時間まで、全く無茶をする

彼女がいます。それでも、そのひたむきな思いを確認してしまうと

やりきれない、愛しさに変わって行きます。

 細い肩を抱いて、ゆっくりとした足取りで下宿に

向います。この夜は、昼間の激しい北風で放射冷却現象・・・チリひとつない、綺麗な星空でした。

「ねー貴方・・・都会の冬空も捨てたもんじゃないわね・・今夜のお星様はとても綺麗ね・・・」「由紀子・・さっきはゴメン・・おまえの気持

も考えないで、ブツブツ文句を言って・・」「いいのよ・・貴方は

私の身体の事を心配してくれて、文句をいっただけだもん・・」

「良かった・・・逢えて・・・最終電車に乗っていなかったら、多分、ホテル

泊まりかな?と思っていたの・・・でも試験中だから、絶対、帰って

くると思って、最後まで、待っちゃった!」

「ひとつ同じ屋根の下で暮らしていても、逢えない、寂しさって

残酷なものよ・・・試験中だから、ほんとに、我慢・・・我慢と

自分に言い聞かせていたのに・・・夕方、貴方の顔を見たら

もう・・・ダメ・・・我慢できない・・・迎えに行く!」こんな感じだったの

「ねー貴方・・・こんなに思われて、幸せ感じるでしょ・・・」

「そーだね・・・ほんとに、俺にできないこと、由紀子は平気で

やるから、凄いと思うよ・・・」「良かった、迎えにいって!ねー

貴方・・・」 下宿の前まで来ました。「今夜は部屋にゆかないから

大丈夫よ・・・だって約束だもん・・・でもその代りに、お休すみの

キスして・・・」 


  一瞬の抱擁でした。彼女の身体はまだ・・寒さで

冷えきったままでした。昭和53年、厳寒の出来事でした・・・・

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