第9話 昭和53年 真冬 赤坂で!
昭和53年 1月、真冬・・・28日で後期試験がすべて終了・・・
ようやく解放され、心なしかウキウキワクワクです。
試験中も3日間を除いて、バイトでした。
今夜は、キャノンの海外赴任昇進パーテイーが企画されていました。準備もあるので、PM5;00までに出勤です。
4月1日から、高輪のホテル東京でアルバイトをはじめました。高校時代の担任がこのホテルの常務と同級生・・・担任の推薦もあり、同じクラスから、5人、隣のクラスから3人・・合計8名がアルバイトをはじめました。メインレストランのボーイです。接客とルームサービス、ロビーサービスが主な仕事です。
AM7;00から朝食、AM11:00からPM2;00まで
ランチ、PM6;00から夕食 フレンチレストランですが、場所柄
有名企業が多く、夜は、社用族の溜まり場的存在で結構繁盛
しています。キャノン、清水建設、日本舗道、冨士工、三田工業
が第一京浜国道沿いにひしめきあっています。
とりわけ、キャノンさんのお気に入りのレストランで連日、
常連の皆さんで賑わいを見せています。
年末は各課の忘年会、そして部単位のクリスマス
パーテイー、昇進、栄転祝いの席でサービスをしていたので、
顔みしりの方も増えて、気軽に名前で呼んでくれます。
そして・・・パーテイーも佳境を迎えて、大騒ぎの様相です。
「おーい・・・里中君と大きな声で俺を呼ぶ声がします。」
視線を向けると、海外事業部の武田課長でした。「お呼びですか・・・課長!」「ううん・・・悪いんだけど、銘柄は任せるから、とびっきり旨い
赤ワインを1本、持ってきてくれ・・・ウチの課のマドンナがどうしても
ワインじゃなきゃ嫌というんだよ・・・その女性をちらり、確かに綺麗で
知的な雰囲気です。年の頃が28歳前後・・少しアンニュイな仕草が
格好良いのです。桃井かおりと田中美佐子をミックスした感じで
引かれるタイプです。「かしこまりました。しばらくお待ちください」
ワインセラーからヴォーヌ、ロマネの赤ワインをワインクーラー
にSETして運びました。「お待たせしました・・・課長・・・うん、
ロマネか・・・いいセレクションだ!」とても上機嫌です。その後、課長は絶好調で盛り上がっています。彼女と赤ワインで何度も乾杯
かなり酩酊していました。
「里中君、ちよっと・・・小さな声での耳打ちです。もう直ぐ、お開きなんだ・・・悪いけど、ホテルの裏側にタクシー
を1台用意してくれ・・・彼女が赤坂で飲みたいと我侭を言うんだ。
タクシーには赤坂東急ホテルまでと指示してくれ!」「これは、口止め料・・・いや気持のよいサービスへのチップだとポケットの中に
¥5,000札を・・・」 「課長・・・いつもすみません・・・ありがとうございます。」「いや・・・いいんだ・・・里中君はいつも笑顔で気持良く対応
してくれるから・・・年の離れた弟みたいに思えるんだ!」とぽつり・・・
印象に残る言葉でした。人を気持良くさせることが、大きなチャンスにつながるんだと・・・接客の仕事が嫌じゃない、楽しいと思える時期に向っていたのです。
お決まりの万歳でパーテイーが散会になりました。
課長と彼女は俺の誘導でホテルの裏側へ、待機して
いたタクシーに乗りこみました。その時、タクシーの窓が静かに
降りて、別れ際に彼女が「里中君、今夜はありがとうね・・・貴方のおかげで
課長と2人きりになれそう・・・感謝しているわ・・・この件はくれぐれ
もオフレコでお願いね・・・」「解っております。お客様のプライベートの事は、一切他言しませんので、大丈夫です。」「それじゃー」と彼女が手を振って、タクシーが暗闇の中に消えて行きました。
28歳前後の女性・・・大人の雰囲気がいつまでも、余韻に残る事件でした。
パーテイーの片付けをしてようやく仕事が終了・・時間はPM11;00でした。6時間、休みなくの立ち仕事なので、かなり疲れました。夕飯もそこそこ・・・風呂につかりたくて・・・さっぱりと汗を流して
事務所にゆくと・・・調理場の先輩達がだべっていました。
彼らも、パーテイーに振り回されて、今日はシンドイ1日だったのです。すると「里中君、たまには一緒に付き合えよ」と洋食のサブチーフが声をかけてきました。「でも終電が・・・寝るところは社員寮がある布団もあるから、今夜は泊まってゆけばいい!」
職人気質の多い調理場の方たちとは、あまり交流がありません。
オーダーの出し方が悪いとか、運ぶのが遅いとか、とにかく目上の
人、先輩達ばかりなので、とにかくミスをしないで、怒られないよう
することを気にかけていました。その人たちが飲みにゆこうと
誘ってくれたのです。「解りました。宮城さん、一緒に連れていって
ください。」・・・ホテルの前でタクシーを停めて、行き先を赤坂と
告げています。タクシーを降りて、ネオンのシャワーを浴びながら、3分前後歩きました。
ネオンが途切れて、ある会員制のクラブをドアーを開けます。
すると「ママが・・あら宮城さんいらっしゃい・・・ずいぶんご無沙汰ね、今夜は3
人でいいかしら・・」「先輩が・・・1人場違いの奴もいるけど・・・
頼むね」・・そんな話をしています。
店にはカウンターで初老の紳士がブランデーを傾けています。
ママの他に、気立てのよい和服を着た女性が2人いました。BOX席にすわり、早速、ウイスキーが運ばれました。「3人とも水割りでいいかしら・・」流れるような
仕草で水割りを作って行きます。
ここが赤坂なんだ・・店の調度品も高級そうなものばかり・・まさに
場違いな奴が1人います。「宮城さん・・・私達も頂いていいかしら・・・5人で小さく乾杯になります。いつもホッピーばかり飲んでいる
貧乏学生には、高級シングルモルトウイスキーの味、そして、和服姿の綺麗な
女性の接待・・・至極な時間が流れて行きました。
「あーら・・・学生さんなのね」 「はい、大学1年です」その後何を
話したか、記憶がありません。舞いあがって飲んじゃったと
言う雰囲気です。かなり時間が経過したようです。腕時計が
AM3;00をさしていました。先輩が会計をしています。
薄れる意識の中で、ママが「今日は、学生さんも一緒だから、学割で¥60,000でいいわよ・・・」3人で3時間、¥60,000・・・
¥60,000か!・・・わずか3時間で俺の1ヶ月のバイト料が消えてゆく・・・
その記憶だけが、しっかり残りました。タクシーに乗りこみ、
ホテルの社員寮についたときには、AM3;30を過ぎていました。
酩酊状態でした。定かな記憶がなく、深い眠りに落ちて行きました。
昭和53年、赤坂の夜でした。
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