第7話 昭和53年1月 馴染みの中華屋で・・・

 昭和53年、冬、1月の出来事から・・・

それぞれのお正月を郷里で過ごし、1月10日に上京することを

約束していたので、夕方には下宿に到着・・・遅れること

30分前後で彼女も下宿に帰ってきました。


 しばらくするとドアを叩く音です。ドアを開けて顔を確認する

間もなく、抱きついてくる彼女がいます。「逢いたかった・・・・

この2週間がどれほど、辛く長かったか・・・」胸に顔を埋めて

そんな事をつぶやいています。「五体満足で良かった・・・

スキーで怪我でもされたら、私、ひとりぼっちなっちゃうもの・・・」

「大丈夫・・・このとうり元気だよ・・・」と静かに身体を離しました。

 お決まりの場所に座って、休み中の出来事の連絡報告会です。

1時間ほど、夢中で話をしていました。「ねー貴方・・・おなか空かない?」「そうだね・・・俺も腹減った」掛け時計がPM7;00過ぎを

さしています。「どうする・・・ぶらっと外に出ようか・・・」


 商店街の外れにある行きつけの中華料理屋の暖簾をくぐります。

ドアーが開くなり、「いらっしゃい・・・」といつもの威勢の良いマスター

の声がこだまします。厨房からマスターの奥さんも出てきました。

「あーら・・・里中君お帰り・・今日はいつもの彼女と一緒ね・・・由紀子さんと

言ったわよね・・・いつ帰ってきたの?」すると彼女が嬉しそうに

「夕方、5;00過ぎに下宿に着いたばかりです。新年、あけまして

おめでとうございます。今年もお世話になります。」

そんなやりとりの後、いつもカウンターに2人で座りました。

ママが・・・「お正月の帰省で学生さんがメッキリ減って、寂しい

思いをしていたところなの・・・さっきもマスターと今晩も学生さんが

少ないわね・・・そんな話をしたところ!・・・」

「さあー何にする、里中君」 「そんじゃ・・・いつもの冷えたアサヒビールと餃子を2人前、それとマーボ豆腐もね!・・・」


 ビールが運ばれ、早速、乾杯です。「お互いの再会を祝して

かんぱーい!」付きだしの柿ピーナツを口の放りこみながら

ビールが旨い!変わらぬ味の手作り餃子も到着・・・

 2本目のビールが空になったので、お得意のホッピーに交代

ここでも「かんぱーい!」酔いが身体を包んで行きます。

由紀子は帰省中の出来事をジェスチャーを交えながら、力説

しています。高校時代の新年会が3日にあったようです。

 「ねー貴方・・・新年会で高校3年のとき、少し気になって

いた彼がいたの・・・その人が何を勘違いしたのか・・私

に告白してきたの・・ずっとおまえの事が好きだったと!」

「私・・・確かにその話をしてくれた時は、正直、嬉しかったんだ・・・」

「でもこの話にはオチがあったの、2次会のスナックに行く途中で

真由美にこの話をしたら・・・そしたら、真由美が、よせば良いのに

酔った勢いで彼に・・湯川君残念ね・・もう少し早かったら、何とか

なったかもしれないけど、由紀子には東京に素敵な彼氏がいるの!

クリスマスイブも一緒だったけど、湯川君は諦めたほうが良いわね!ご愁傷様・・・」「この話を聞いた湯川君、怒って先に帰っちゃったの・・・」

同じクラスメートなのに、何とも残酷な話があります。いくら酒の席でも言っていいことと、悪いことがあるよね・・・」複雑な思いでした。


 俺が、彼の立場だったら、やっぱりその場から逃げ出していたかも

しれません。時に言葉は残酷な暴力になります。共通の友達の

真由美の批難はしませんでしたが、女性の心理って不思議なのです。「ねー貴方・・・変な話をしたから気分悪いの・・・さっきから黙りこんでいるから・・・」「うーん、内心複雑な思いはあるさ・・・同性だからね・・・

湯川君だって一大決心で告白したのに、見事なまでの撃沈だもん・・・

なんか・・気の毒な話だね」・・・浮かない俺の表情を気にしたのか

 その後、この話題には触れませんでした。


 2杯目のホッピーが空になりました。「ママ・・・もう一杯お代わりね・・・」 ママが厨房からホッピーと酢豚を持ってきました。

「里中君・・これは新年のお年玉・・・サービス、2人で食べてね」

こんな感じで・・・何かと目をかけてくれます。貧乏学生の面倒見がよいので

 週末の夕飯はここで食べるようにしています。

店内にいたお客さんが時間の経過ともに、消えて行きます。

 もうPM9;30を回りました。

手持ち無沙汰のマスターがさっきから、ホールのテレビを見ています。「由紀子

・・・あと何を食べる・・・私、味噌ラーメンがいい!」

マスター「味噌ラーメンふたつね!」「あいよ・・・味噌ラーメン2丁!」


 学生街のひなびた中華料理屋も思い出の宝庫なのです。

味噌ラーメンを運んで来たママが「里中君達、ふたり、とても仲が良くて羨ましいわね・・・大学を卒業したらどうするの!・・・このまま行けば、間違いなく2人は結婚するとマスターといつも話をしているのよ・・・」すると由紀子が

「そうなれば、いいですね・・・ケンカをしないように、私がうーんと努力

するから、ママもマスターも応援して下さい。

 由紀子の言葉がいつになく謙虚で、穏やかな口調です。

出逢いから8ヶ月の冬・・・結婚なんて言う言葉できてきてしまう

 昭和53年1月、中華料理屋の風景でした。


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