第6話 別れの上野駅
昭和52年 冬、暮れも押し迫り、12月27日でした。
2夜連続でこの部屋で過ごした由紀子がここにいます。
今日は、由紀子が、岩手に帰省する日です。
25,26日連続、2日間をずっと一緒に過ごしています。
大家さんの視線を気にすることなく、のびのびと自由に
過ごした2日間でした。この日は明け方から冬の冷たい
雨になりました。冬空の乾いた晴天を期待してたのに、あいにく
の雨模様です。朝から、何故か浮かない表情の彼女がいます。
わずか2週間の別れになりますが、何か思いつめているようです。
「なんか・・・沈んでいるね・・・どうしたの?身体の調子が悪いの?」
「うーん・・・そうじゃない・・・調子悪くない・・・元気よ・・・貴方は鈍感だから、解らないでしょ・・・私の気持ちなんか・・・」 言葉にトゲがあるのです。何かを思いつめた時にふと見せる表情がそこにあります。
そして、イライラするときに見せる態度でした。「何となく、解るよ・・・寂しいんだろう・・・でも仕方がないじゃん・・・今日、帰省すると決めて、田舎にも連絡してあるのに帰らない訳にゆかないじゃん・・・ちゃんと上野駅まで送るから・・・」 「うーん・・・でも・・・」何とも歯切れが悪い時間が過ぎて行きます。「さあー早く、部屋に戻って支度をしてよ・・・電車、PM12;00発の「はつかり5号」だったよね・・・遅くても、ここを11;00には出発するから・・」
この言葉に背中を押され、帰省の準備の為、自室に戻って行きました。1時間ほど経過して、ドアを叩く音・・・旅行カバンを抱えた由紀子がいました。
「私・・・帰りたくない・・・貴方と一緒に31日まで、下宿
に残るわ・・・」「おーい由紀子・・・もう我侭言うなよ・・・さあ・・・行くよ
もたもたしていると、ほんとに乗り遅れちゃうよ・・・」
旅行カバンを奪い取り、右手をつかんで、玄関まで降りて行きます。
あいにくの雨模様なので、傘も必要です。左手にカバンを持ち
右手で傘・・・足取りが重い彼女を引っ張るように駅に向いました。
終始無言の由紀子がいます。東横線でも、山手線でも一言も口を
聞きません。仕方ないので、放置しておきました。
「まったく・・何を考えているのやら・・我侭もいい加減にしろって」
普段は冷静な自分なのに・・・由紀子の態度が気に触り、この日ばかり
は抑えきれない感情に包まれていました。別れ間際くらいは
冷静に・・・抑えて・・・抑えて・・・そんな自問自答が続きます。
11;45分、上野駅に到着・・・12;00発の「はつかり5号、青森行き」ホームに入線していました。指定券を確認して、座席に荷物を
置き、ホームに戻ってきた由紀子・・・その目に涙が光っています。
「もうーめそめそするなよ・・・頼むから・・・泣かないで・・・」
「だって貴方ったら・・・電車に乗っているあいだ・・・ずっと口を聞いて
くれないし・・・私の態度が悪いから、怒っているんでしょ・・・」
「そっちが黙っているから、仕方ないじゃん・・・解ったよ・・・怒ってなんか
いないよ・・・大丈夫!」・・・「ほんと・・・良かった!・・・私、電車の中で
貴方の事ばかり考えていたの・・・お正月、一泊2二日で白馬へスキー
にゆくと言っていたじゃない・・・スキーで怪我をしたら困るし・・・
このまま、逢えなくなったらどうしよう・・・って そんな事が頭の中
をグルグル回ってしまって、言葉も出なかったのよ・・・」
「解った・・・大丈夫だから・・・心配しないで」 「絶対、浮気しちゃ
嫌よ・・・お正月のクラス会が気になるんだ!貴方って、誰にでも優しくするから・・・私、ほんとに心配なのよ・・・」
「夏休みの2ヶ月も辛かったけど、この2週間のほうが、もっと
もっと辛いの・・・」また・・・涙がこぼれています。「解ったよ・・だから
泣かないで」と告げて、ポケットのハンカチを手渡しました。
「12.00発、はつかり5号、青森行き」間もなくの発車になります。
お見送りの方は、ホームでお願いします。」アナウンスが終わると
発車のベルが鳴り響きます。由紀子が抱きついてきました。
冷えた指先の感触がそこにあります。そっと身体を離して
デッキの中に押し込みました。ベルが鳴り止み、静かに
ドアーが閉まりました。デッキの窓ごしに見える彼女の顔が
涙であふれていました。「辛いのは由紀子ばかりじゃない・・
俺も同じ思い!」
こうした別れを大学4年間、連綿と繰り返して
行きます。朝方の雨が上がり、冬空の合間から差込む
柔らかい陽射しに上野駅が包まれています。
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