第20話それでも、前へ
「よしっ、決めた。母親の方から撃とう。」
敵は小銃を母親に強く押し付ける。
母親の方は顔をさらに青くさせる。
「んーー!んーー!」
それを聞いた子供は泣きじゃくる。しかし、敵はそれを嘲笑うかのように見ている。
「
死ぬ。また、自分のせいで。
また、自分の意思とは裏腹に守ろうとしたものを殺してしまうのだ。自分が母を殺したときのように。
いつものように狙いを定めて撃とうとすればするほど、より大きく聞こえてくる父と母の声。
出来ない。男たちだけを狙い、あの親子も周りの人間たちも守りきるなんて。
《出来ない。レイン、お前には。リアーナを殺しただろう?》
《ええ、絶対にあなたには無理よ、レイン。だって、私を殺したじゃないの。》
ほら、また聞こえた。
心臓の鼓動はさらに早く、大きくなっていく。
銃を持つ手は震え、体からは冷や汗が流れ落ちる。
「ああ…あ…ああ……」
「――――――――。」
もう、聞きたくない。
もう、殺したくない。
もう、恨まれたくない。
もうそれならいっそ…、死んでしまえば……
楽になれる。
どうせ、誰も自分を信じてはくれない。
「――――――――。」
手に持っている銃を自分に向ける。
「おいおい、なんだ?撃つのはこっちだろ、イカれたのか?」
敵がそんなことを言っている。
いや、もうそんなことどうでもいいか。死ねば、全部終わる。もう、苦しまないですむ。
「――――――――。」
引き金に指をかける。
不思議な感覚だ。これから自分を自分の手で殺そうというのに、そこに恐怖はない。むしろ、空にできた雨雲から雨粒が降ってくるほど当たり前のことのように感じる。
「―――――――――。」
さぁ、もう楽になろう。
そう思い、引き金にかけた指に力を込める。
だが、どうしてだろうか。一向に引き金を引けない。
「――――――ン。」
何かが聞こえる。しかし、それは父の声でも母の声でも、ましてや敵の声でもない。
おもむろに、その声の方へ視線を向ける。
「―――イン。レイン!」
「…え?」
その声の主は、自分の名前を呼んでいた。
そして同時に、引き金をかけている指をつかんでこっちを力強く見つめていた。
「なん…だよ…。」
掠れた声で、いまだに手は放してくれないそいつに問いかける。
桐島刃。
たしか、そんな名前だったはずだ。
しかし、なぜ彼は自分の邪魔をするのだろう。
「放…せ。」
「断る。」
「もう…嫌なんだ。死なせてくれよ。」
「ダメだ。できない。」
手を放すように言うが、彼はそれを聞き入れない。
「どう…して…?」
理由を尋ねる。
すると彼は目に強い意志を宿らせて言う。
「決まってる。お前が本当に望んでいるのは自分の死じゃない。」
「何を…、俺はもう…死にた――――」
「嘘だな。どれだけ心を飾ったって、本当の気持ちなんて隠せない。」
「隠してなんて…」
そうだ。隠してなんていない。死にたいんだ。
そうして、やっと自由になれるんだ。
こいつは何を言っている。
自分は―――
「なら、どうしてお前の目は、まだ未練があるみたいに苦しそうなんだ?本当に死にたいんならそんなものはないはずだ。だから、お前がしたいのはそんなことじゃない。まだお前と出会ってから日も浅くて、ろくな会話だってしたことがない俺にも分かる。」
「黙れ!お前に何が…」
「ああ、分からないさ。お前に何があったかなんて俺には想像も出来ない。けど、ひとつだけ分かることがある。守りたいんだろ?ここにいる全員を、敵も味方も全部。お前は守りたいんだ。だったら死んでも守り抜け!本心から逃げるなんて俺が許さない!」
そして、彼は優しい笑顔で俺に向けて言葉を贈る。
「一人で抱え込むなよ。お前の隣には
その言葉を聞いた瞬間、ずっと自分を苦しめていた声が消える。
「ちょっとくらい相棒を信じてくれてもいいだろ?レイン。」
あの日捨てた、信じるという気持ち。
もう永遠にそのままなのだと思っていた。
だが、その気持ちを心は自分の方へと拾い上げた。
守る。俺の相棒が言ったように、何がなんでも今度は死んだって守り抜く!
心に止めどなく降り続けていた雨は止み、やがて虹ができる。
雨が大好きなもうひとつの理由だ。
進もう、前へ。
クリスタル・ワールド 文月ヒロ @3910hiro
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