第16話 青き少年との出会い

 特魔部隊の入隊試験の翌日。

 俺は、あのヘンテコロボットとの戦いでいまだにだるい体に鞭を打ち、朝稽古に励んでいた。

 昨日の一戦で、俺は自分の弱さを改めて実感したからだ。

 俺が勝つことができたのは、ひとえに魔法を使えたからだと言っていい。その魔法はといえば、まだまだ実戦では使いものにならないレベルで、あの時発動出来たのは偶然だ。突然魔力が溢れて来なかったらできてなかった。

 俺は弱い。

 分かってたことだが、それでも、こうも立て続けに分からせられると正直へこんでしまうものだ。

 でも、悩んでてもしょうがないことだと思ったので俺が今できることを、つまり剣と魔法の修行をしようと思い道場にきた。そしたら、爺ちゃんが稽古に付き合ってくれると言ってくれたので今は絶賛戦闘中だ。


 バシンッ


「甘いわー!」

「どわっ!」


 しまった、隙を狙われた!

 俺の隙を突いた爺ちゃんの竹刀が面を打つ。

 そして、体勢が崩れた俺に向かって爺ちゃんは、胴を打つ。


「ふう、ここまでじゃ。少し休憩をしよう。」

「ああ。」


 打ちあいを止め、俺たちは休憩に入る。

 もう一時間くらい、疲労の溜まった体に鞭を打ち続けていたから、かなりだるい。

 と、座り込んだ俺に声がかけられた。


「珍しいのぉ、自分から稽古をするなんて。せっかく今日は稽古を休みにしてやったのに。高校生なら、普通もっと遊びに行くとかあるじゃろ?」

「はは、いいんだよ。今は少しでも強くなりたいんだ。」

「なんというか、変わったのぉ。」

「本当だな。前も言ったけど人生何があるかわからないもんだよ。」


 本当に変わった。あの事件がなければ以前と変わらずに稽古を嫌がっていたことだろう。

 俺にとっては、それだけ衝撃的なことだったんだ。だが同時に、嬉しくも思う。俺の日常は壊されたくないと思えるくらいには幸せだったと感じられたわけだし、それは簡単に壊れてしまうものだと気付かせてくれたのだから。

 そうでなければ、守りたいだなんて思いもしなかった。

 良くも悪いもあの事件は俺の人生に深く刻み込まれたわけだ。


「しかし、「強くなりたい」か。うむ、よくぞ言った、刃。安心せい、お前は必ず儂が強くしてやるからのぉ。」

「…お手柔らかに…」


 なんかちょっと心配だ。強くなれるかではなく、体がついていけるのかがだ。

 爺ちゃんの修行は、より厳しいものになりそうだ。

 って、そういえば…


「なぁ、爺ちゃん。俺を強くしてくれるって言ったけど、たしか特魔部隊の戦闘指導任されてなかったっけ?」

「…しまった、忘れとった。」


 おいおい、それはないだろ。


「ま、まあ、なんとかしてみるから大丈夫じゃ。」

「本当か?サボるとかなしだからな。」

「わ、わかっとるわ!」


 あ、今絶対サボろうって思ってたな。させないぞ!俺が稽古サボったらぶち切れたくせに、当の本人がそれを実行しようものなら俺が黙っていない。


 そんなことを思っていると、道場に父さんが入ってきた。


「あれ?父さんどうかした?」


 俺は父さんに訪ねる。

 すると。


「うん、実はさっき特殊攻撃魔導部隊の佐藤さんという人が家に訪ねて来てね。刃と父さんを連れて来て欲しいと言われたんだ。」

「俺と爺ちゃんを?何で?」

「さぁ、わからないよ。でも、重要案件だって言っていた。」


 よくわからない返事がかえってきた。

 重要案件?なんだろう。

 自分の記憶から何か答えに繋りそうなことを探すが、全く心当たりがない。

 わからないので爺ちゃんの方に尋ねてみた。

 しかし、爺ちゃんは首を横に振った。どうやら爺ちゃんにもわからないらしい。

 仕方がない、直接聞いてみるか。


「佐藤さん、応接室にいるんだよな?」

「ああ、いるよ。」

「わかった。すぐ行くよ。」


 来るならもう少し時間を考えて欲しいなと思いつつ、俺は防具を外す作業に移った。



 ―――――――――――――――――――


 父さんから、特魔部隊の佐藤さんが来ていると聞いた俺たちは、応接室へ向かった。


 応接室には、父さんの言っていた通り佐藤さんが座っていた。


「おはようございます。朝早くから申し訳ありません。」

「あ、いえいえ。お構いなく。」

「構うわ!こんな時間に訪ねて来るとはどういうことじゃ。礼儀というものを知らんのか貴様は!」


 あー、また始まった。いや、分かるけどさ、ここは「いいですよー」っていう社交辞令で済ましとくのがベストだろ。本当にこの人面倒臭い。


「まぁまぁ、爺ちゃん抑えて抑えて。話が進まない。」

「まったく、次はないぞ!」

「は、はいっ。」


 爺ちゃんに怒鳴られて少しびびっている佐藤さん。何か申し訳ない気がしてきた。心の中で謝っておこう。ごめんなさい。

 と、そろそろ話を進めないと。

 俺たちは、席に座り佐藤さんに尋ねることにする。


「それで、今日は何の用でしょうか?」

「はい。実は刃君の特魔部隊試験合格にあたり、本部からいろいろと言伝を頼まれて来たんです。」


 そう言って、自分の右側に置いていたカバンから、書類を取り出す。


「これは?」

「契約書です。この仕事はとても危険です。だから、入隊時に必ず本人に契約書を書かせる決まりなんです。」

「なるほど。」

「えー、ではここにサインと血印と魔力印を。」

「わかりました。」


 俺は契約書を読み、サインと血印、魔力印を押す。

 ちなみに魔力印とは、自分の身分証明などに使うことができる指紋みたいなもので、魔力は人それぞれ違うという性質を利用したものだ。


「これでいいですか?」

「はい結構です。あ、そうそう。学校に許可は取りましたよね?」

「はい、もちろん。家族や学校には承諾してもらっています。」

「そうですか。では、これは本部に提出させてもらいます。」


 面倒な確認を終え、佐藤さんは契約書をカバンの中に丁寧に入れる。

 そして、かしこまって俺に言う。


「桐島刃君。本日から君は特殊攻撃魔導部隊の一員です。大変だとは思いますが君には頑張ってもらいます。」

「はい。」

「そして、君にはこれを渡しておきます。」


 そう言って懐から取り出したのは、魔力銃だった。


「え、あのこれって銃刀法違反なんじゃ…」


 当然だ。魔力銃は普通の銃なんかよりも高威力なんだ。そんなものを持っていたら警察沙汰だ。


「何を言っているんですか。君はもう特魔部隊の一員なんですよ。別に違反なんてしていない。それに、そんなこといったらもう君は二度も違反していることになる。」

「あ、しまった。最近忙し過ぎてすっかり忘れてたけどヤバい、すでにやらかしてた。」

「ま、緊急だったから、捕まることはないですけどね。」

「ちなみに儂も国から許可をもらっているから大丈夫じゃがな。」

「そ、そう。」


 ふぅ、焦った。そしてついでに、いらない新情報を得てしまった。


「そうそう、銃で思い出したけど桐島君、実はもうひとつ言伝がありまして。君にはタッグを組んでもらうことになりました。」

「タッグですか?」

「ええ、普通ならチームを組むんですけど、本部で話し合った結果そういうことになったんです。」

「はぁ…。」

「それで、今から君の相棒となる子と会って欲しいんですけど出来ますか?」

「え、あ、はい。わかりました。」


 どうやら、俺はタッグを組むらしい。ま、とりあえず会ってみるか。


 ――――――――――――――――――――――


 江戸川区、とあるビルの上でのこと。


「あの…」

「何か?」

「いや、ここって立ち入り禁止区域なんじゃ…」

「そうですけど、何か?」

「いや、何か?って、俺の話聞いてました?立ち入り禁止区域って言ったんですよ?入ったらダメなんですよ?」


 そう、俺は今未来の相棒に会にきたわけだが、なぜか立ち入り禁止区域のビルなんて物騒なところに入っていた。


「ああ、なるほど。入ったらダメなところに何で入っているのかって聞きたいんですね?実は、さっき本部から連絡があってクリスタルモンスターが出現したらしくて。例の子も現場に向かっているんです。」

「危ないじゃないですか!俺武器持ってないんですよ?」

「大丈夫ですよ。剣真さんが刀を持っています。それに、君には魔力銃渡してるじゃないですか。」


 いや、物凄く不安なんだけど。

 爺ちゃんはたしかに強いけど、前回クリスタルモンスターと戦った時は、勝てなかっただろ。

 それに、


「俺まだ魔法がまともに使えないからこんな銃、武器のうちに入らないですから!」

「そうなんですか?では、桐島君には早く魔法を使えるようになってもらわないとですね。」


 軽い。この人軽すぎる。こんな危険な場所にいるのに呑気なこと言って、もっと焦って欲しい。本当に大丈夫なのかこの人。


「まぁ、大丈夫ですよ。いざとなったら彼がなんとかしてくれますし。ほら、いましたよ。あそこ。」


 終始大丈夫だと言い張る佐藤さんが指した方向を見てみる。

 俺たちのいるビルのさらに向こうのビル。そこに一人、少年が立っていた。魔力銃を片手に。


「あれが例の?」

「ええ、そうです。」


 どうやら間違いないようだ。

 たしかに、服装はあの特魔部隊の格好だし、銃も持っている。

 その少年は、一言で表すなら「青」だった。

 横から見えるその目は澄んだ青色をしていて、さらには肩に余裕で届くくらい長い髪までもがその目の色と同じだった。また、銃にも一筋の青い線が通っていて、俺がもらった銃よりも格好良かった。

 身長は、俺より小さい。俺が173センチだから、

 10センチ短い163センチほどか。とにかく、小さいことに変わりない。


「えっと、挨拶しに行ったほうがいいですかね。」

「やめといたほうがいいですよ。彼、今任務中だから。」

「そうですか。」


 少年の20メートルほど前方の別のビルには半透明のそれでいて少し紫がかった不気味な化け物、クリスタルモンスターが暴れていた。今回はリスの姿をしている。もちろん、化け物じみた大きさと凶暴な顔つきからあの可愛らしい小動物の面影はない。

 佐藤さんによればこの化け物は、一時間ほど前に現れ、それからずっとこの状態らしい。幸い取り壊しが決まったこの3つの建物の中で暴れ回っていたようなので死傷者はいない。

 ただし、この3つの建物はかなりボロボロだ。

 早く降りたいくらいだ。


「桐島君。よく見て、彼の実力がどんなものかをしっかりその目で確かめて下さい。」

「は、はあ…」


 よく見て、と言われてもな。正直、あいつがあの化け物を破壊するイメージが湧かない。その手に持っているのは、魔力銃一丁だけなのだ。


「もしかして、勝てそうにないと思ってますか?」

「まぁあれに銃一丁で勝とうと思うのが無理な話だと…」

「まぁ、普通はそうですよね。クリスタルモンスターの破壊には、体が再生不可能になるまで壊しまくるのがセオリー。なんたって、あの化け物は、放っておいたらたちまち傷がふさがっていきますからね。」


 それは常識だ。中学生の時に習った。

 俺が不安に思っているのもその点が大きい。

 それに、あの化け物に普通の人間が相手になる訳がないのは体験済みだ。本当に強過ぎる。


 そう思っていると、青髪の少年は銃を構えた。

 どうやら、本当に破壊するつもりだ。


「たしかに、普通は無理です。普通は。」


 佐藤さんはニヤッと不敵に笑いながら言う。

 こんな悪そうな、子供がいたずらするときのような顔がこの人にできるのだと初めて知った。


「でも、彼にはそういった普通がないんですよ。」

「どういうことですか?」

「それは、ご自分の目で確かめて下さい。」


 俺は再び少年のほうに目を向ける。


 刹那。引き金は引かれた。


 ドパンッ!


 銃撃音とともに青い魔力を纏った弾丸が放たれる。とても澄んだ青だ。

 その弾丸は、クリスタルモンスターのこめかみを撃ち抜く。


 するとたちまち、バキッという音をたてながら半透明のリスは砕け散ってしまった。


 この時、俺の顔はかつてない驚きに満ちたものになっていた。

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