第13話刃の決意

「次のニュースです。東京都江戸川区の高校で突如現れたクリスタルモンスターによる襲撃があった事件で、当時現場で襲われ、重症だった生徒とその保護者の意識が戻りました。医師によると二人はいずれも命に別状はないとのこと。また、今回の事件での死者はいなかったという奇跡的な――――――」


 ピッ


「聞き飽きたっつーの!」


 リモコンでテレビの電源を切った俺は、病室のベッドで、もう今日何度目か分からない同じ内容のニュースを聞き、うんざりしていた。もっと他にニュースがあるだろうに、朝からずっとこのニュースで持ちきりだ。


 4月2日。時刻は午後4時22分。俺が意識を失ってから1日と少しが経った。

 あのカマキリのようなクリスタルモンスターとの戦闘の後、俺は倒れてしまった。あの時、怪我などしていなかったはずの俺がだ。

 俺を診てくれた医師によると、俺は当時、体のリミッターが外れていたそうで、体に相当な負荷がかかっていたらしい。自覚がまったくなかったし、戦っていた時そんなものを感じはしなかった。

 でも、考えてみればいろいろと合点がいく。魔法が使えない人間があんな化け物相手に刀一つであそこまで戦えるはずがない。

 爺ちゃんならできそうだが…。

 まぁ、とにかくあの時確かに俺は、リミッターの解除により、通常ではあり得ない力が出ていて、その反動で動けなくなったということだ。

 また、自覚がなかったのは、アドレナリンの鎮痛作用かららしい。


「ああ…、身体中が痛いしだるい……。」


 身体の筋肉を使い過ぎたため、全身が筋肉痛なのだ。勘弁してほしい、寝返りを打つのも一苦労だ。

 それだけではない。鎌を受け止めた時にもかなりダメージがきてたようで、筋肉痛とは別の痛みが俺をさらに苦しめる。

 一応あの後、俺は治癒術師に回復魔法をかけてもらったが応急処置程度にしかしてもらえず、まだダメージが残っている。

 まぁ、命に比べればこのくらい安いものだとは思う。

 さっき流れていたニュースの通り、今回の事件では死者が一人も出なかったのだ。奇跡的だと言える。俺を含めた何人かは重症だったが、それでも十分奇跡だ。

 本当に良かったと思う。

 と、不意に病室の扉の向こうから声が聞こえてくる。


「刃ー。入るわよー。」

「うん。入って。」


 母さんの声である。

 扉を開け、母さんが俺の病室に入ってくる。その隣には、父さんもいた。


「刃。調子はどうだ?」

「あ…、うん。まだ体が痛いけど心配ないよ。この通りちゃんと生きてる。」


 体を押さえながら俺は父さんに返事をする。


「そうか…。本当、大変だったな…。」

「ああ、そうだな。」

「でも、もう大丈夫ね。一時はどうなるかと思ったわ。」

「ああ…」


 両親は相当心配してくれていたのだろう。二人とも目の下に隈ができていた。そんな二人に軽く相づちを打った後、俺は、父さんに尋ねる。


「そういえば、爺ちゃん目が覚めたんだっけ?どうだった?」


 そう。あれから一度も爺ちゃんの顔を見ていない。看護師が、爺ちゃんが目覚めたと言っていたのだが、部屋を出るのは禁止されているため、会いに行くことができなかったのだ。


「ああ、ピンピンしてたよ。扉を開けた時、部屋の中で腕立て伏せをしてた。」

「はは、相変わらずだな。まぁ、それならいいんだけどさ、あんまり無理しないように言っといて。」

「ああ、分かった。」


 そうか、元気なんだな。良かった。

 なんか日常が戻ってきたのを感じる。それはとても良いことだ。悪夢からようやく目が覚めた、そんな感じだ。


「刃、今日はゆっくり休むのよ。早く元気になって学校行かないと!」

「ああ、そうだな。あんまり長く休んでしまうと学校に行きにくくなってしまうかも知れないから。」

「学校かー、俺はもうすでに行きにくいんだけど。」


 そうだ、忘れてはいない。クリスタルモンスターが出てくる前、爺ちゃんが何をしていたのかを。恐らく、俺がそのイカれた爺さんの孫だということはもう知れ渡っていることだろう。

 はあ、まったく。勘弁してほしいものだ。

 そんなことを考えていると、父さんが悟ったようだ。


「まぁ、大変だとは思うが頑張りなさい。」

「大丈夫、分かってる。」


 俺は父さんにそう伝える。いくら行きにくいとは言っても、さすがに休むほどではない。こういったことには、非常に不本意だがもう慣れている。伊達に爺ちゃんと長い間一緒に過ごしているわけではない。

「わかったよ」と父さんは安心し、自分の腕時計を見て俺にそろそろ帰ることを伝える。


「悪いな。仕事がまだ終わってなくて早く戻れと言われているんだ。」

「そっか。今日は平日だもんな。仕事が終わるころには、面会時間も終わってるし。」

「ああ、本当なら早退したかったんだが、あっちも相当忙しくて出来なかったんだ。」

「それなら仕方ないよ。仕事頑張って。あ、あと気を付けて帰ってくれよ。」

「ははは、自分が危険な目にあったからって心配し過ぎだ。大丈夫。そう何度も悪いことは続きはしないよ。」

「…………。」

「刃?」

「え?あ、ああ、そう…だよな…大丈夫だよな。ちょっと神経質になり過ぎてた。じゃ、また。」

「「またね(な)。」」


 そう言って、両親は出ていった。



「大丈夫、か。」


 果たしてそうだろうか。父さんは、そう言っていたが、どうも俺にはそうは思えなかった。確かにちょっと神経質になっているのは事実だと思う。けれど、俺が心配している理由はそれだけではない。

 俺は知っている。いや、この場合、実感したと言うべきだろう。日常はいつも、突然にして壊れるのだ。

 現にあのクリスタルモンスターは、本当に何の前触れもなく現れ、俺たちの日常を一瞬にして壊した。

 怖いのだ。また、あんなことが起こるのではないかと。そして、俺はまた誰も助けられず、あの無力感に苛まれるのだろう。


「また、あんな気持ちになるのは嫌だな……。はあ…。」


 ふと、空を見る。そこに太陽はなく、暗雲が立ち込めていた。


 このままではいけない。そう思う。けれど、ただの高校生に何ができると言うのだ。俺にできることといえばせいぜい竹刀を振ることくらいだ。そんなものに何の意味がある。敵は強い。

 いくら体を鍛えたって限界というものがあるだろう。

 無力だ、俺は。それを改めて実感する。

 昼に一度、俺が目覚めたというので、俺を運んでくれた特魔部隊の人が来てくれた。その時、「君はよく頑張ったよ。君とあのおじいさんがいなければ、今回の事件でも死者が出ていただろうからね。」と、俺を褒めてくれた。

 しかし、俺は素直には喜べなかった。俺は思うのだ。それは結果論だと。

 たしかに今回はうまくいった。でも、それではダメだ。一歩間違えれば俺も爺ちゃんも死んでいた。本当に誰が殺されてもおかしくない紙一重な状況だったのだ。俺たちが助かったのは間違いなく奇跡なのだ。

 次に同じようなことがあったとして、その時は、あんなにうまくいくわけがない。断言できる。

 だから、俺は今自分の無力さで押し潰されそうなのだ。


「せめて爺ちゃんくらい強ければ…。」


 事実、あのクリスタルモンスターを足止めしたのは、ほとんど爺ちゃんだった。そして、勝てはしなかったが、あの時、確かに爺ちゃんは多くの人を守りながら戦っていた。俺は一人でさえ難しかったのに。

 と、そこで俺は気付いた。なぜ爺ちゃんは、魔法なんて使えていたのだろうか。今まで一緒にいて爺ちゃんが魔法を使っていたところなんて見たことがなかった。


「よし、決めた!」




 ――――――――――――――――――――


 4月4日、早朝。俺は、入院している病院のとある病室に来ていた。405号室。祖父のいる病室だ。俺はそこの椅子に座り、とある要件を祖父に相談していた。


「なるほどのぉ。つまりは、儂のように、魔法を使っての剣術を身につけてより強くなるために魔法を教えてほしいと、そういうことか?」


 そう。俺は爺ちゃんに魔法を教えてもらいに相談に来ていたのだ。


「うん。頼めないかな。」

「ふん、断る。」

「え…、そんな硬いこと言わないでくれよ爺ちゃん。」

「断る。第一、刃、魔法魔法と言うが、まだまだ剣術を教え足りておらんからそっちを優先すべきじゃろ?」

「そんなことは…」

「ほう、何じゃ。そんなことは、何じゃ、続きを言って見ろ。まさか、そんなことは「ない」だなどとぬかすつもりかの?言っておくが、儂は剣術だけでもお前に勝っとるからの。せめてもっと強くなってから頼むんだな。そうでないと、未熟者に魔法など教えられるか。」

「な、なんだよ!そこまで言わなくたって良いじゃないか。というか、なんで魔法なんて使ってんだよ。うちは桐島流剣術だろ?」


 まったくもって疑問だ。桐島流剣術に魔法を組み込むことができるなら、どうしてそれを教えてくれなかったんだろう。この15年間全く知らなかった。事前に知っていたら魔法の練習をしていたのに。


「ふん、儂がいつ桐島流剣術に魔法を使ってはいけないなんて言った。」

「いや…、そりゃたしかに言われてはいないけど…。は!もしかして、実は魔法を使うのが真の桐島流剣術で、でも俺がまだ未熟過ぎたから教えてくれなかったのか?」


 それはあり得るかも知れない。魔法を剣術に組み込むのがどれだけ大変なのかは知らないけど、たぶん今の俺には難しい代物なのかも知れない。


「いや、違うが?」

「違うのかよ!」

「当たり前じゃ。そもそも、桐島流に魔法を組み込んで使うようになったのは、儂の代からなんじゃし。」


 なんという新事実。ということは、もしかして………


「なあ、もしかして父さんも魔法、使えるのか?」

「いや、儂だけじゃが?」


 …どうやら、俺の推測は間違っていたらしい。


「なんで父さんに教えなかったんだよ。」

「必要がなかったからのぉ、あいつには。そしてお前にものぉ。」

「は?どういうことだよ。魔法使えたら便利じゃないか。」

「まぁ、たしかに便利じゃ。だが…。」


 おかしい。何かを隠している、気になるな。一体何を隠しているのだろう。


「爺ちゃん、隠していることがあるなら話してくれ。」

「断る。」

「な、またか!」


 本当に頑固だな、この人は。でも俺にだって引けない理由があるのだ。俺は、深呼吸をして爺ちゃんの顔を見て言う。


「強くなりたいんだ、俺は。この前のクリスタルモンスターとの戦いで俺、分かったんだよ。俺には守りたいものがある。でも、それには力が必要なんだよ。だから、頼む。全部教えてくれ。魔法も爺ちゃんが隠していることも。」


 俺の発言に爺ちゃんは、目を大きく見開いた。大きなため息をし、そして言う。


「仕方ないのぉ…。」





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