第12話特殊攻撃魔導部隊

 俺が守りたいもの。

 それは、日常。今までのような、騒がしくも楽しい日々。それを造り出してくれる家族や友人。

 俺の周りだけでいい。だから、その全てを守りたい。

 そして、今、この瞬間にも刈り取られようとしている祖父の命も、俺は何としても守り抜きたいのだ。


 守る。


 その気持ちで、俺がすべき行動が決まる。


 駆け出す。祖父のもとへ。


「爺ちゃん!」


 たどり着き、祖父が掴もうとしていた日本刀を拾い上げる。そして、祖父の前に立ち、構える。

 守る。そう、この化け物…クリスタルモンスターから。


「はぁーー!」


 クリスタルモンスターの振り落とされた二つの鎌を刀で流す。

 俺は、さっきの爺ちゃんのような動きは出来ない。魔法がほとんど使えないのだ。魔力がないのではなく、単に使うことがなかったからだ。

 桐島家で母以外にまともに魔法を使える人間はいない。

 だから、爺ちゃんが魔法を使っているのは異常だった。

 だが、それがどうした!結局、すべきことは何一つ変わってなどいない!俺は、俺が守りたいものを守るだけ…ただ、それだけだ!


「ぐっ…うっ…」


 思っていたよりも攻撃が重い。押し潰されそうだ。後ろに目を向ける。爺ちゃんは、たぶんもう動けない。そして、ここで引けば確実に殺されてしまうだろう。俺は、渾身の力で踏ん張る。

 それは、たった十秒。されど、その時間は俺には長く感じられた。

 そして突然、体にまとわりついていた重みがすっと消える。クリスタルモンスターが鎌を戻したのだ。次の攻撃に移るためだろう。

 だが、俺はその瞬間を逃さなかった。


「はッ!」


 桐島流四の型、疾風迅雷。

 最小限の動きで敵を斬り捨てる、桐島流最速を誇る剣技だ。

 その技で、やつの鎌を払いのける。

 そして、地面を強く蹴って飛び上がり、全身の感覚を研ぎ澄まし、現時点での俺の最高の技を繰り出す。


「一の型、十六夜!」


 基礎の技だ。だが、そこから繰り出された満月のごとき一撃は鋭く、敵をのけ反らすには十分だった。

 攻撃は終わらない。

 のけ反り、上体をさらした敵に突きをくれてやる。


 ドォーン!


 地響きとともに、敵はあお向けに倒れる。

 俺の剣では、やつは斬れない。ならば、転ばせて動けなくしてやればいいだけだ。


「よし!」


 上手く転ばせられた。

 着地し、敵が動けなくなったのを確認した俺は、爺ちゃんのところに向かう。


「爺ちゃん、大丈夫か?」

「ふん…、この…くらい…怪我のうちにも…入らんわ。」

「そうは見えねぇけど。」

「うる…さい。」


 本人は強がっているが、これは相当ひどい。

 血が止まっていないのだ。早く治療しなければ。

 俺は、爺ちゃんを背負って急いでここを離れる。

 逃げなければ、やつが立ち上がる前に。そうでなければ、今度こそ終わりだ。同じ手が通じるとは限らない。


「はぁ…少しは…ましな顔に…なったな。少しは…。」

「は?なんだよ、それ。」


 逃げながら爺ちゃんは俺に言う。

 背中に血が染み込んでくる感覚を覚え、俺は少し焦る。今の言葉は、安心したような、それでいて、どこか心配したような、そんな言葉だった。


「なに…、命を…掛けた…甲斐が…あったな…と…思った…だけ…じゃ…。」

「わ、わかった、もういいしゃべんな、本当に死ぬぞ。」

「だから…、これ…くら…い……なんとも………。」

「じ、爺ちゃん、爺ちゃん!」


 声は途切れる。

 血が止まらず、意識を失ったのか。それとも……。いや、生きている。信じろ、このくらいでこの人が死ぬはずがない。急いで治療すればきっと――――


「グァーー!」

「な…」


 早すぎた。振りかえると、クリスタルモンスターがすぐ後ろまで迫っていたのだ。

 もう助からない。助けられない。

 俺に力があれば…、あの化け物を倒すだけの力が俺にあれば、こうはならなかった。


 敵は、その大きく鋭い武器で俺たちにとどめの一撃を放つ。


 終わった。

 目をつむり、死を覚悟する。


 だが、その瞬間は永遠に来なかった。


「打て!」


 ドドドドドドドドドド。

 突然、声とともに激しい銃声が聞こえた。


「グギャーーーー!」


 それと同時に、クリスタルモンスターが悲鳴を上げ、後ずさる。

 銃声の聞こえた先を見てみると、そこには黒いコートのような防護服を纏った5人の人間が、魔導式自動小銃を両手に構えながら立っていた。


「あぁ…」


 現れたその存在を自分の目で確認した俺は、思わず声が漏れ、目から涙が零れる。

 恐怖からではない。救済という名の光が見えたからである。


「特魔…部隊…」


 特殊攻撃魔導部隊。略して「特魔部隊」。

 国際機関直属の部隊。活動内容は主にクリスタルモンスターの出現時における市民の救助と対象の破壊。そのスペックの高さから、特魔部隊は世界最強の部隊とも言われている。


「少年、今すぐそこから離れろ!」

「は、はい!」


 特魔部隊の一人にそう言われ、俺は爺ちゃんを連れてその場から去る。


「今回のは、カマキリか。俺、虫苦手なんだよなー。」

「はぁ…、あんたはまったく…。あれは虫じゃなくて、カマキリのような形をしたただのクリスタルモンスターよ。」

「おい、仕事中だぞ気を抜くな。」

「「はい(へいへい)。」」

「準備はいいな?総員打て!」


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド。


 隊長とおぼしき人の掛け声とともに、嵐のごとき銃撃がクリスタルモンスターに放たれる。


「グギャーーーーーーーー!」


 ミシミシ、ミシミシと、断末魔とともにクリスタルモンスターの結晶でできた体が音をたてて砕け始めたその30秒後。突然砕け散った。

 俺たちを戦慄させたあの化け物は呆気ない最期を迎えたのだ。


 辺りは、静寂に包まれる。


 そして、次の瞬間。


「「「「「「「うぉーーーー!」」」」」」」


 この事件の一部始終を見ていた人々は、歓喜の声をあげる。


「やった!助かったんだよ俺たち!」

「良かった、本当に良かった…。」

「もうダメだと思ったよ~。」


 各々が、張っていた緊張の糸を切り、安堵の声を漏らす。


 ただ、俺一人を除いて。


「爺ちゃん!しっかりしろ、爺ちゃん!こんなとこで死ぬな!」


 そう。終わってなどいない。

 爺ちゃんはクリスタルモンスターにやられた傷で倒れて、そのまま意識が戻らないのだ。安心などできるはずがない。


 今まで生きてきた中で、これほどまでに自分の無力さを恨んだことなどなかった。

 悔しい。俺の刃では、誰一人守れない、その事実が。


 俺ではもう―――――――



「よく頑張ったわね。さぁ、もう安心して。その人も大丈夫、助かるわ。うちの治癒術師に任せなさい。」

「へ?」


 その言葉に俺は変な声で返事をしてしまう。

 今、何といったのか。「助かる」。俺の耳にはそう聞こえた。


「ほ、本当に助かるんですか!」

「ええ、もちろん。あなたは、怪我してない?」

「はい。」

「分かったわ。じゃ、私はこのおじいさんを治癒術師のところへ運んで行くから、一応あなたもこっちに来て。」


 そう言って、特魔部隊の女性が祖父を抱えて行った。


「良かった…。」


 これでやっと、やっと正真正銘、俺の身に起こったこの事件は終わりを迎えたのだ。


「さて、俺も…」


 立ち上がって、祖父のもとへ行こうとした。

 だが…


「あ…れ……。」


 視界が霞み、意識がすぅーっと薄れていく。

 バタンッ!

 俺は体育館の床に倒れた。床がひんやりと冷たい。



「えっ、お、おい、大丈夫か坊主!クソッ、治癒術師、こっちにも来てくれ!子供が一人倒れた。今すぐだ!」



 薄れゆく意識の中で、俺はそんな声を聞いた。

 おかしい、怪我などしていないはずだ。何が起こっているのか分からない。

 いったい俺はどうなるのだろう。

 俺は、こんなとこで寝てるわけにはいかないのだ。

 このあと、俺は祖父の生存をこの目で確かめなければならないというのに…


 そこで、俺の意識は途切れた。

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