第11話守りたいもの
今から約100年前のこと。
西暦2027年。世界は突如として白くまばゆい光に包まれた。その光は、全てを壊した。それは人だけにとどまらず、動物や物までも一瞬で破壊し尽くしたのだ。
そう思われた、だが壊され消えたものは、再び世界に現れた。いや、もしかしたら作り替えられたと言うべきなのかも知れない。
なぜなら、再び地上に現れたものは姿こそ以前と変わらないものではあったが、一つだけ確実に変わっていたものがあったからである。
魔力。後にそう呼ばれることになるそれが、すべての生き物や物に宿っていたのだ。
しかし、それは世界の変質の序章に過ぎなかった。
日本時間10月21日木曜、午前7時01分。世界の変質から一週間が経過した頃、さらなる事件が人類を襲う。
記録ではこう残っている、
(謎の光に、我々が包まれてから一週間がたった。全く何が起きているのか、我々には検討もつかない。だがしかし、この短い期間で知り得たことが一つだけある。人類は、あの紫がかった半透明のガラスのような化け物に狙いわれているのだいうこと、それだけは確かな事実だ。)と。
これが百年前のこと。
そして、実際、それは確かなのだと俺は身を持って知った。俺たちは狙われている。もう百年も昔のことなのに、目の前に広がる光景を見て、どうして、人類はまだ
体育館の壁にあいた風穴の向こうには、いるのだ。
人類の天敵、クリスタルモンスターが。
「な…、何で、何でここにいるんだよ…。」
「に、逃げろー!」
あまりに突然のことで、腰が抜けて動けない者や、迫りくる死の恐怖で逃げだす者。
たった一匹の怪物の侵入により、人々は混乱に陥ったのだ。
一般市民がこの怪物に遭遇したときの死亡率、90%以上。たった一匹でだ。人々が混乱に陥るのも、無理もない。
当然俺も、その一人だった。
剣術を習っているなら戦える?そんなの無理だ。仮に剣で挑んだとして、俺の刃がやつを切り裂くことなど決してない。
姿は、ただのカマキリだ。だが体長2.5メートル以上の巨体で、鋼なんかよりもさらに硬いのだ。切り裂ける訳がない。勝ち目がないなら剣なんて捨てて逃げるほうがまだましだ。
そして…思うのだ。剣術を習ったところで、使わずに逃げるのなら役には立たない。
情けない。あんな化け物一匹に怯え、何の迷いもなく逃げる自分が。そういう風に育ってきた自分が。
出口にたどり着くが、皆、我先に我先にと外に出ようとして押しくらまんじゅうのようになっていて出られない。
「クソッ、これじゃ外に出られない。ん?」
悪態をつきながら、他に出口を探していた俺の肩に手が置かれる。
「安心せい。刃。」
「え?」
「安心しろと言ったんだ。刃、お前の逃げる時間くらい俺が稼いでやる。だから、安心していい。」
その手は、昔から見慣れていた、普段は口うるさくて面倒な人の手。だが、今置れているこの手は優しく、温もりさえ感じられた。
「は?爺ちゃん、じ、時間を稼ぐってたっていったい…」
いったいどうやって?言い終わる前に、爺ちゃんはもう片方の手で腰の物に手を掛け、ニヤリと笑う。
「桐島家と言えばこれしかないだろ?」
「な、何でそんな物…、いや、今はどうでもいい。止めろ爺ちゃん!そんな物で勝てる訳が――」
「はぁ、どうやら俺は、お前をとんだバカ孫に育ってちまったようだな。」
「え?」
「いいか、俺は昔、お前に剣を教えるとき、最初に言ったはずだ。この剣術は、人を生かすためのものだって。」
「…」
「それを覚えてないようなら、お前はまだまだだな。」
そう言って爺ちゃんは、去っていった。
―――――――――――
「まったく、手間のかかる孫だ。」
そう思いながら、儂は孫の後ろで暴れまわっている化け物のところへ向かう。
「ふん、まさかこの年になってもこの刀を使うとは思ってもみなんだわい。」
しかし、ここで逃げる訳にはいかん。儂には、まだ守らねばならない人がいるのじゃから。そろそろ根性も付いてきたかと思っていたが、やはり、まだまだ半人前なガキめ。
「さて、始めるか」
久しぶりの化け物だ。懐かしい。儂は…いや、俺は腰に納めていた日本刀を抜き、構える。もちろん、ただの日本刀ではない。魔鉱石という特殊な素材を使った取っておきの一品だ。非常時に備えて隠し持っていたのが功を奏したようだ。
そして、もう、この年でやつに敵うとは思っていない。だが、足止めにはなるだろう。それでいい。俺らしいといえば俺らしいのだから。
「行くぞ、化け物!」
地面を強く蹴り、敵に向かう。
「せりゃーー!」
「ガァーーー!」
俺がやつに浴びせた一撃、「桐島流七の型一刀撃滅」は、どうやら効いたらしい。威力だけでいえば、桐島流剣術の中では最強。しかも、魔力で肉体強化と、剣の増強をしての渾身の一撃なのだ。当然だ。しかし、斬れたのは、胴体の三分の一程度の深さまで。
「チッ、相変わらず硬い。昔は、あれで終わってたんだがな。」
年をとったのだから仕方がないとは思いつつも、やはり、昔のようにいかなくて悪態をつく。
まぁ、気を引くことはできたのだし、これで良しとしよう。
「さあ、来い!」
体勢を整えた俺は、魔力で再び身体と剣の強化をし、駆け出す。
化け物が俺に着いてくる。そして、その鋭い鎌を振り落とす。俺はそれを回避し、上段の構えから技を繰り出す。
「はぁーー!」
「ギャッ」
繰り出した技の名は「一の型十六夜」。桐島流剣術の基礎的な攻撃の型。基礎なだけに、いろいろな場面で使えて便利なのだ。
加えて、4連撃技「二の型風月」を繰り出す。
ガキンッ!ガキンッ!と刀で敵を斬りまくる。
傷こそつくが、やはり致命打に欠ける。
出来れば早めに片付けたかったが、無理そうだ。残りの体力を考えると、技は控えて敵の攻撃を避けるのが良策だろう。
「おらっ!こっちだ。」
「ガァーーー!」
なるべく、出口にやつを向かわせないよう壁のほうへ誘導する。
「ゴガァーーー!」
「よっ、はっ!」
巨体に似合わない素早さで鎌を振り回すクリスタルモンスター。だが、この俺がそんなものでやられる訳がない。これなら、あのバカ孫が逃げきるまで時間が稼げそうだ。
と、その時、
「うわあーーー!た、助けて!」
「クソッたれ!」
ガキィーーン
危なかった。敵の攻撃を避けるのに気をとられ過ぎてた。ここにいるのは俺だけじゃない。周りのやつらも守りながらの持久戦になるのだ。
攻撃を刀で受け止めながら俺は言う。
「おい、今のうちに逃げろ!」
「で、でも腰が抜けて…」
「うるさい!這ってでも逃げろ。他のやつらもだ。ここから離れろ。じゃないと死ぬぞ!」
逃げながらの戦闘は可能だが、守りながらとなると厳しいものがある。だから、早くここから離れてほしいが…、何人かは時間がかかりそうだ。
仕方がない。しばらくきついが、我慢するしかないだろう。
「ガァーー!」
「ぐっ…」
二つの鎌の攻撃を防ぐ。しかし、攻撃が思ったよりも重い。こんなのをまともに受け止めるのは、正直かなり骨が折れる。
「だぁーー!」
俺に向かって振り落とされた鎌を凪ぎ払い、その隙に、まだ動けないでいるやつらを担いで逃げる。そうでないと、こいつらが邪魔で足止めが出来ないのだ。
「ありがとうございます。」
「ふん、礼などいらんわ。」
「え…。」
まったく、礼をいってる余裕があるのなら自分で逃げろ、ガキめ。俺は忙しいというのに。
おっと、いかんな。早くあの化け物を足止めしにいかねばこっちに来てしまう。
俺は再びクリスタルモンスターのもとにもどる。
「さて、続きだ。いくぞ!」
構え、攻撃に移る。
寸前、俺は敵のある行動に気付き、防御の型を放つ。
「ぐはっ!」
防ぎきれなかった。
敵は、魔法で氷を生成し、放ったのだ。
しかし、防御が間に合わず、いくつかの氷が俺に刺さる。
ボト、ボト
身体から血が流れ出す。
「うっ…」
俺は、身体に力が入らず、その場で崩れ落ちた。
――――――――――――――――
「何で…何で戦えるんだよ。爺ちゃん。」
目の前の光景をただじっと見ていた俺は呟く。
あの化け物は、剣でどうこうできる相手ではないはずだ。それなのに、どうして戦うのだろう。どうしてまだ、諦めていないのだろう。俺の心は「もう諦めろ」と言っているのに。
あの目は、決意のこもった目だった。必ず守り抜くと。そんな目だった。
そして、その決意は敵の攻撃で倒れた今でも変わらず、再び剣を持とうとしている。
まったく、自分がさらに情けない人間だと思ってしまう。自分を嫌いになりそうでしかたがない。
この剣術は、人を生かすためのもの。
そうだ。この剣術を習い始めた最初の頃、祖父がよく教えてくれたことだ。
己の守りたいものを守り抜く、そのための力だと。
倒れ、それでもまだ戦うことをやめようとしない祖父を見る。
俺は…、俺が守りたいものは……
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