第9話友人はまだいない

 魔法を使うには資質が必要だ。

 いや、魔法に限らず割と色々な物に才能は必要だろうが。

 それはさておき、やはり魔法を行使するにはそういった類の物が要る。


 体内の保有魔力量、魔力制御力。


 現象を引き起こす力である魔力がなければそもそも魔法を行使出来ず、あってもそれを操れなければ魔法が上手く発動しない。

 故に、100年前には存在しなかったその力を行使するには、最低限今挙げた2つの要素がなくてはならない。

 なんだ、魔力なら生きているなら誰でも持っている物だから1つ目の条件はクリアだな楽勝楽勝…とは行かない。

 一般人レベルの魔力量で使える魔法など、階級的には準中級の物が関の山。しかも一度の発動で全ての魔力を持っていかれる。

 訓練次第でそれの総量は上昇するものの、ギリギリまで頑張って上級魔法が一発放てるようになる程度。

 更に上級を扱うにはかなりの量の魔力を操作しなければならない。

 こちらも訓練でなんとか…は、ある程度なる。

 しかし、魔法とはそもそもあの紫色の結晶体、クリスタルモンスターへの有効な攻撃手段の1つとして作られた物だ。殺傷能力の高い、もしくは危険な魔法の方が断然多い。

 仮に修得したとしてこの割と平和な日本で、更に言えば法律で一般人の魔法行使が規制されていて、それを使う条件を満たす場所は意外と少ない。

 しかも、習うのに金が結構掛かる。

 つまるところ、魔法を学ぶ事は一般に時間と金の無駄とされる。

 そう、逆に考えれば、普通でない――特殊攻撃魔導部隊などに所属する人間にとっては激しく有用だという事で。

「も、もう限、界…勘弁してくれ……」

 特魔部隊本部地下に設置された広い訓練場にて、俺は床に尻餅を付くと息を切らしながら言葉を漏らした。

 とはいえ、世の中そこまで甘くはない。

 俺の眼前、黒が混じった金髪の少年が竹刀の切っ先を地面にバシンッと勢い良く叩き付けた。

「アホかッ、この魔法訓練始めてまだ数時間しか経っとらんやろうが!このジンタ様がわざわざ指導したってるんやぞ、死ぬ気で頑張るんがお前の使命や。てか死ね!」

「…よし分かった、テメェ俺の事嫌いだろッ」

「残念不正解、の間違いですぅこのボケ!」

 ブチッ。

 堪忍袋の緒の繊維が一部切れたが、理性の接着剤でそれを繋ぎ直す。

 目の前にいるこのジンタ、実は魔法も使える高性能なロボット…には一見して見えない外見と言動をしているのだが、腹立たしい事に事実である。本当に何時か、コイツの製作者達には色々と文句を言ってやろうかと考えている。

 が、それは一先ず置いておくとして、ジンタの持つ技術やら知識やらが凄い事にやはり間違いはないのだ。

 その為、不本意ではあるものの、このツッコミ所満載なロボットに俺は魔法の訓練に付き合ってもらっていた。

「だからって朝から何時間もぶっ通しでやるとか…もうちょっと俺を労われ。お前の見立てじゃ俺、まだ安静にしとかなきゃなんだろ?何だっけ、例の1週間前の件の所為で魔力回路に異常があるとかないとか…」

 と、口に出して、特魔部隊の試験が終わってからもう1週間が経ったのだと改めて実感する。

 しかし今でも信じられない、俺がクリスタルモンスターを消し飛ばしただなんて。

 あの時、目の前から迫り来る奴を倒したのは覚えている。朧気にだが…。

 それと、何故か俺は酷く怒っていた気がする。

 が、何せ記憶が曖昧なもので、それ以上は思い出せなかった。

 まぁ、それはそれとして…ジンタが言うには俺は大量の魔力を一気に放出してクリスタルモンスターを屠ったらしい。

「あぁ、お前魔法ちゅうか魔力自体使うんは初めてやったろ?魔力回路は魔力が血液やとしたら血管にあたる部分。普通、あれだけの魔力を体内で廻らしたら負担掛かり過ぎて魔力回路がズタズタになっとるはず」

「でも、検査じゃ特に異常は見当たらなかったぞ?」

「分かっとる。だから、奇妙や言っとんねん」

 溜め息交じりの声で言いながら、竹刀を右肩にかつぎジンタは瞼を閉じる。

 何かを考えるようなその無駄な仕草は、戦闘用人型ロボットアンドロイドであり人工知能を搭載した無駄のない存在には本来似つかわしくない物なのだろう。

 何せそれは、人類の叡智を以て創られた疑似感情のなせるわざ…と言えば聞こえは良いが、画竜点睛を欠いたが故のバグとも言えるのだから。


 だが、悪くない。俺は前者の考えを推すのだ。


 高校入学から2週間、校内での友人は色々あって未だゼロ。…1人、入学式の時爺ちゃんを怒らせた不良が俺に付き纏っているがアレはなし。

 ともあれ、何だかんだ言いつつ、ジンタはこの半月余りで出来た校外での友人として数えていいかもしれないのだから。

 それでなくたって、少なくとも思った事を言い合えたり出来る仲なのだし。

「まぁいい…いや良くないけどな、一応数日前から魔法習っとるみたいやし」

「あぁ、夢見さんにな。何とか魔力の扱いとか慣れたし、魔法は1つ使えるようなった」

「はんッ、それもこれも全部このジンタ様のお陰やけどな」

「へいへい…確かに魔法覚えたのは今日で何なら2時間くらい前で、だからそれまでに掛かった色んな行程とか無視してお前のお陰ですよ…ったく」

「おいコラ、感謝ん中に本音交じっとんぞ!」

「手柄全部横取りするからだろ?魔法の基礎知識とか操作法とか、そういうの教えてくれたの夢見さんなんだからな」

 癇癪を起すジンタに至極真っ当な事を言ってやると、竹刀の切っ先を俺に向け「魔法訓練の再開やぁッ」なんて言葉が返って来たが無視する。流石に魔力がほとんど残っていない。

「オイ何無視しとんッ――」

「にしても、魔法って意外に簡単に覚えられるんだな」

「…って、そんな訳ないやろ」

 ふと俺が呟いた言葉に、呆れたような声が反論して来た。

 声の主であるジンタの方を見ると、赤の中に黄白色の車輪を宿した双眸が可哀そうな物を見る目で俺を見つめていた。

「魔力には属性が色々ある、基本は火、水、土、風の4つ。それ以外にも色々あってな。…せやけど、人間の持つ魔力属性は通常その内の1つだけ。しかも、そのたった1つの属性に合った魔法を極める事が出来る人間はほんの一握りや。理由は至極簡単、魔法使うには才能が必要」

 そう、ジンタの言う通り魔法の行使にはなくてはならない資質があるのだ。

 体内の保有魔力量、それも大量の。

 魔力制御力、それも圧倒的な。

 だからこそ…

「お前が今日覚えた『光波』なんちゅう光発生させるだけの魔法なんぞ初歩の初歩や。そんなんで魔法が使えたやの、簡単やの抜かすな」

「うぐッ…せ、正確には明るさの調節だって出来るけどな…はは」

 視線を逸らし、弱いフォローを入れる。

 分かっているのだ、俺の数日間の努力の結晶が割としょぼい物だと言う事くらい。

 魔法の存在が認められ日常の至る所で見られるこの2127年。これくらい出来たとしても、精々「あぁ、魔法使えるんだ君。ちょっと凄いね」程度で済まされる代物。

 でも、良いじゃないか少しくらい。しょぼくたってなんだって、小さな夢が叶った事は事実なんだから。

 それが例え、『光』というそこまで珍しくない属性の、子供のお遊び程度の魔法であったとしてもだ。

「せや、才能ちゅうたらお前のは?」

「?あぁ、かぁ…」

 ジンタの疑問に、言葉の意味を脳が処理した直後俺は遠い目をした。


【時刻・西暦2127年4月14日午前11時23分。場所・東京都千代田第一特区、特殊攻撃魔導部隊本部地下1階】


 名前:桐島刃。

 魔力属性:『光』

 年齢:今年で16歳を迎える予定。


 特魔部隊、入隊済み。

 理由不明の特例措置により、レイン・バレットが現上司兼相棒。


 ――この2週間で出来た人間の友人は、まだいない。

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