第3話小さな勇気
―――その怪物の全長は4メートル以上あった。
その怪物は
その巨躯が有する大鎌は鋭く、血のように赤い
辺りが世界が氷結したかのような静けさに支配されている。
しかし、その静寂は残酷にも、長くは続かなかった。
「―――――――――ッ!!」
高音の咆哮が轟く。
鼓膜を
「に、逃げろォ!」
「キャァァァァァァァァァッ!!」
「どいて、どいてぇ!」
逃げ出す、逃げ出す、逃げ出す!
その場にいた大勢が。威嚇の叫びの終わりと共に。
「あ、あああああああ…………」
横で、恐怖に腰を抜かした男子生徒がいた。
助ける余裕はなかった。
「嘘…だろ………?」
何せ、眼前の脅威に、俺も動けずにいたのだから。
「なん、で……」
答えは脳裏に浮かんでいた。
―――今朝のニュースのクリスタルモンスターだ。
だというのに、心がそれを否定したがって、現実すらも見たくなくて……俺はそんな言葉を呟いた。
どこか他人事だった。
どこか別の世界の出来事だと思ってた。
けれど、違った。違ったのだ。
理性が理解してしまっていた。
心がいくら遠ざけようと、その理性が真実を突き付けて来る。心が事実に侵食されていく。
徐々に強まる
そんな事情も無情に無視し、寧ろ好機と捉え、俺の元へと徐々に近付いて来るクリスタルモンスター。
―――逃げろ、無理だ勝てない、動け死ぬッ…。
意思に反し動かぬ体に命令を。
けれど、動かない。動いてくれない。
焦り、怖れ、速まる胸の鼓動。
呼吸も暴れ、意識だけが正常だった。
巨大な結晶体は大鎌を振り上げる。
終わりの確信、諦め始めた心と体。
直後、大鎌は振り下ろされ―――――。
「何やっとる刃ぁッ!」
「ぅぐぁッは!」
祖父に横へ蹴り飛ばされて回避した。
「ゲホッ、ゲホッ…く、何、しやがるこの
「
俺を一瞥して言うと、爺ちゃんはあの化物を見た。
「ったく…ヘマした本部の
祖父の要領を得ない発言。
「……は?何言って―――」
その意味を聞こうとして、一瞬言葉を失った。
「な、それ…ッ」
唐突にして一瞬、虚空に刀が現れ、それを祖父の左手が掴んだのだ。
その刀は、屋根裏部屋に置いていた物だった。
「なるほどな、誰か触ってやがると思ったら……
鞘から刀身を抜きながら、呆れたように爺ちゃんは言った。
「鞘はいらんな…」
漆黒のそれをこちらに投げ捨て、爺ちゃんは構えた。
その様子を睨み付けるクリスタルモンスターは、刹那―――鎌で初撃を放った。
祖父目掛けて叩き付けられた鎌。
爆ぜる床。
立ち上る木屑の混ざった土煙。
それを無傷の爺ちゃんは、刀で―――凪ぎ払う。
「遅ぇぞ
「――――ッ…!!」
空いた鎌が、横凪ぎに爺ちゃんを襲った。
跳躍、難なく回避。
しかし。
「―――ッッ!」
化物の口元。
その手前に浮かび上がった、魔法陣。
青い輝き、高まる焦燥感。
瞬間、そこから巨大な
空中、足場はなく、回避不能。
「爺ちゃ…ッ!!」
言い終わるよりも先に、氷の塊が床を抉った。
地響き。それと共に生まれた、冷気を纏った衝撃波が俺を襲う。
あり得ない、と驚愕した。
「なん…で、魔法なんてッ…」
何で魔法なんてモン、使えんだよ!?
その想いすら、今この瞬間まともに伝える術を俺は持っていなかった。
この
魔法を使ったのだ、
殺した、終わった、勝利した。
相手を
揺れる白髪、銀に輝く鋭利な刀身。
鋭い眼光が見据えるは、化物の首筋。
宙を舞う祖父と、その手に握る武器が纏う白い輝きは魔力。
―――桐島流・
弧を描いて進む刃が生み出すその一撃は。
純白の輝きを纏い、繰り出すその一撃は。
怪物の首を―――あっさりと斬り裂いた。
切断直後、刃は更に曲線を描いて進む。
満月のような軌道だった。
「あり、得ねぇ…」
俺と同じく、使えないのだと思っていた。
しかし、現実はどうだ?使っていた。魔法を。
氷塊が直撃する瞬間だった。
光を纏い、宙返りし、その上に着地。
そして、一瞬にしてクリスタルモンスターの頭上まで跳躍したのだ。
「まだ居とったか!逃げろってんだガキどもッ」
その言葉に、疑問は起こらなかった。
斬ったはずの首が―――再生を始めていたのだ。
「なッ…!」
「チィッ、魔法の行使といいこの再生力といい…普通じゃあねぇぞ、この化物……」
頭が無くなったんだ、なのに、何で死なないんだよ。あれで駄目なら、もう手の打ち様なんて…。
「――ッ!そうだ、避難ッ…」
俺じゃどうにも出来ない。
逃げるしかない。
それに、ここにいると爺ちゃんの邪魔になる。
腰を抜かした男子生徒の脇から背中に腕を回し、起き上がらせる。
そして、そのまま出口へと向かう。
―――大丈夫、大丈夫、大丈夫ッ…。
あの爺ちゃんだぞ…?きっと何とか―――。
「…ッ!!避けろ、刃ぁ!」
「……え?」
爺ちゃんの声に、振り向くと。
クリスタルモンスターが放った氷塊が、俺へと迫って来ていた。
「うわッ…!」
焦り、恐怖が足を
―――やばい…終わった………。
眼前、もう既に、体は氷塊の影に喰われていた。
動かない…ッ。足も、手も、指先すらも動かない。
そうしなければならないのに…。
意思に体が追い付かないんだ。
―――パ、キーンッ!!
「……は?」
しかし、氷塊は一瞬にして真横に吹き飛んだ。
開けた視界、そこに映ったのはこちらを向いた爺ちゃんだった。
その手には刀は握られていなかった。
刀をブーメランのように投げ、
…助かった。
ただ、その安堵も刹那の内に消え去った。
「…ッ!!」
それが片手間の行為であるはずがなかった。
あんなデカいモノを、武器を投げ吹き飛ばすなんて
そこに生まれた隙を逃す程、あの化け蟷螂は甘くはなく。
俺が気付いた時には既に、凶悪な鋭い鎌を、獲物に振り落とす寸前で―――。
「爺、ちゃッ……!!」
俺の声に、咄嗟に振り向いた爺ちゃんは。
「ゴ――ハッ………」
その身を鎌に―――裂かれた。
降りゆく血飛沫の雨。
体は両膝を付き、直後に地に伏す。
傷口から流れ出す鮮血は床に広がり血溜まりとなる。
「う、そだ……」
信じたくなかった。
けれど、現実だった。
不意に、クリスタルモンスターが左の鎌を振りかぶる。
―――憤りを感じた。
「……ろッ…」
何固まったまま見てんだこの
「…めろッ…」
何であんたが死ななきゃなんないんだ、糞爺ッ…。
「や、めろッ…!」
その状況に。
それを良しとする俺の弱さにッ。
ほんの一瞬で良い、怯えを殺せ
ほんの少しで良い、勇気を振り絞れ。
俺は、俺は
「桐島流……」
踏み込む足は力の限り。
蹴る床、刹那、駆け出す右に弧を描き。
抉れた床に沈んだ氷塊。
それに刺さる刀を奪い去る。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉォォォォォォォォォォォォォオオオッッ!!」
喉が裂けそうになるのもお構いなしに放つ咆哮。
敵へと駆ける速度が増す。
空を切り裂き進む大鎌、その眼前ッ!
立ち止まる。
そして!
「十六夜!!」
襲い来る重く鋭利な斬撃を刀で滑らせる。
「くッ…ぉぉぉおおオオオッッ!!」
激しい金属音が耳元で鳴り響く。
足元は衝撃の強さに陥没する。
筋肉が千切れ出す、骨が軋む。
…だから、なんだってんだッ!
お前に、お前なんかに…この結晶となった想いは、砕けやしねぇぇえッ!
「はぁア!」
そして、大鎌を斜め上に―――弾く。
だが終わらない。まだ終わらない!
上に跳躍、刹那、再生を終えた奴の顔面に放つ突き。
「だらァッ!!」
あの紫の結晶体に刃は通らず、傷すら付かない。
ただ突きの衝撃に耐え切れず、目の前の化け物はのけ反った。
しかし、踏ん張りを効かせ、両の鎌を俺に突き出す。
「桐島流・
桐島流の最速の技二連撃が、それを弾いた。
よし、このまま着地を…。
そう考えた瞬間。
全身に、悪寒が走った。
「…ッ!しまッ」
弾いたはずの鎌の片方が目の前から消え―――下から俺を襲って来た。
刀で受けた、その一瞬で、体育館の天井へと吹き飛ばされた。
「カ―――ハッ…」
天井に激突する体。
遠ざかる意識。
その中で、コンクリートが割れる音が聞こえた。
―――ミス…ったッ……。
激痛、そして、それにより呼吸の出来ない苦しみ。
甘かった。
少しの油断が命取りだって、分かっていたはずなのに…。
『諦めるの…?
―――えら、んだ…?
『君は諦めきれないはずだよ。だって君は、君の魂は―――』
―――しら、ねぇよ…。
でも、それでもッ…。
「あき、らめてぇ…堪るかぁぁァァァアアッ!!!」
眠りの世界へ遠退く意識の首根っこを掴み取り、現実世界へ引き戻す。
ここで退いたら、皆死ぬ。
構えろ刃を、見据えろ敵をッ。
天井の壁を蹴り、あの化け物目掛けて瞬時に落下する。
俺に気付くクリスタルモンスター。
回避が間に合わないと見て、鎌を上に向けクロスし防御に移る。
「くッらえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええッッ!!」
直後、激突した鎌と刀。
激しい金属音が響く中、一瞬、光が刀身に宿った気がした。
刹那、鎌にヒビが入り、そして砕けた。
しかし。
「ん、なッ……」
突如、体の力が抜けてく。
床へと落ちる。
受け身は取れず、体を強く打つ。
床に伏す体は全く動かない。
―――マ、ズいッ……。
ただそれでも、時間を稼いだ事に変わりはなく。
【時刻・西暦2127年4月1日午前9時33分。場所・東京都江戸川第4区、水都台高校体育館】
―――パリーンッ。
黒いコートを纏った長い青髪の少年が、体育館の二階窓を割り入って来た。
「
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