第2話日常の崩壊(2)

「はぁ…暇だ……」


 玄関の扉に持たれ掛かった俺は、青空をぼんやり見つめながら呟いた。

 あれから10分程経過したのだが、爺ちゃんは一向に来る気配がない。

 時間もないことだし、勝手に出発してもいいだろうか。仕舞いにはそんなことを考え出す俺だった。

 手持ち無沙汰ぶさたに耐えきれず、俺は携帯を弄り始めた。


「ん?」


 すると、今朝のニュースが入ってきた。

 いつもなら読みもしないのだが、少し気になる単語が一瞬目に入り、その内容を熟読する。

 内容はこうだった。


 今朝未明、千代田第2区でクリスタルモンスターが出現した。現れた3体の内の2体は討伐されたようだったが、どうにも1体を取り逃がしたらしく、そいつが今も周辺にいるらしい。


「また出たのか…」


 クリスタルモンスター。

 世界の変質の後に現れ出した怪物だ。

 その姿は虫、動物の姿を模した巨大な紫色の謎の結晶体。

 その凶暴さは果てしない。

 人を襲い、思いのままに蹂躙するその様は―――まさに怪物だ。

 千代田第2区と言えば、江戸川第1区、2区、3区からは少し遠いものの、ここ4区に面している。

 しかも、あの化物を取り逃がした現場に近い。


「まぁ、大丈夫だろっ」


 東京の中で出現した為に大きく報じられているだけで、日本中では毎日のように奴等は姿を現しているのだ。

 まぁ、近くだから少し心配だが……どうせ、


「ってか、それよりもまだ来ねぇのかよ爺ちゃん…」


 ◆◇◆◇◆


 ――――水都台高校、体育館内の舞台近くに俺は座っていた。

 現在は入学式の最中で、俺は校長のそれはそれは有難い御言葉を右から左に流していた。

 あれから更に5分待たされ、学校へギリギリの到着だった。


 車は爺ちゃんの運転だったが、荒い荒い…。

 家の祖父は、何故か手動の自動車なんて時代遅れのを持っている。自動車ならば10年前に完全自動運転が一般化されたというのに、だ。

 運転してる所なんて見たことなかったが、どこで練習していたのか大分手慣れているようだった。

 だったら安全運転してくれよ、って話だ。

 そう言ったら、『遅れて良かったんならそうしたが?』と返され、それ以上反発なんて出来なかった俺である。


 …ホント、放って行けば良かった。


「ま、間に合っから良しとするけども…」


 それよりも、俺には警戒すべき事があったのだ。多少の不幸など気にもならない程の、である。

 もっとも、悲しい事に原因となる人物は同じであるが……。

 顔は前を向いたまま、意識だけを後ろに向けた。


 いや、正確には後ろにいるであろう家の祖父に、と言うべきか…。


 あの人はド直球過ぎるのだ。

 裏表がない、と言えば聞こえは良いし実際間違ってはいない。

 が、その所為で思ったことをズバズバ言うし、後先考えないで行動する。つまり、空気が読めない。


 思い立ったが直ぐ行動、が爺ちゃんの座右の銘なのである。


 よって、爺ちゃんは他方で色々な問題を起こしている。

 ちなみに、皺寄せは全部俺に来ていて、後処理は勿論、俺の悪い噂も広まっているのだ。

 お陰で、友達と呼べる友達もほとんどいない。


 そう、俺は俺の薔薇色の高校生活の為、爺ちゃんに全力の警戒をしているのである。


「ま、大丈夫だよな?」


 爺ちゃんに問題を起こさないよう釘を刺すと『はんッ、んなこと心配せんでもするかってぇの』と、返ってきた。

 本当だよな、4月1日エイプリルフールだからって嘘付いてないよな?と、俺はその言葉に途轍もない引っ掛かりを覚えた。

 が、今の所、何か騒ぎを起こしてはいない様だし、あながちあの言葉も間違ってはなさそ――――。


「い~ぃ度胸じゃあッ!表出ろぃ!!」

「す、すんませんしたァァァァ!!!」




「嘘付きぃぃぃッ………………」


 俺はうなり声で言った。周りに聞こえないよう声を殺しつつ、精一杯の怒りを込めて。

 後方から聞こえてきた声は爺ちゃんと、あと多分この式出席している顔も知らない男子生徒1人のもの。周りが静まり返る。

 軽く嘆きたくなった。

 薔薇色の高校生活は灰色どころか黒色確定である。

 後ろを見る気にもなれない俺は現実逃避に走る。昼飯を何にするかだとか、明日も朝稽古サボろうだとか…。そんな風に。



 




『良いの?―――気付けるのは君だけなのに』




「…え?」


 不意に、耳元で、誰かが囁いた。

 その声に、その言葉に、俺は反射的に振り返った。


「えっと、何か…?」

「え?」


 しかし、その先には席に座った女子生徒のキョトンとした顔1つ。声も違う。

 空耳だったのかと再び前を向こうとして。


 ―――ガシャンッ。


 その途中、体育館の壁の向こう側から何かが聞こえた。同時に起こった軽い地響き。

 俺の首と視線はその方角に釘付けになった。

 何か、嫌な予感がした。

 理由は分からない。


 ただ、その予感は的中し。



【時刻・西暦2127年4月1日午前9時26分。場所・東京都江戸川第4区、水都台高校体育館】



「………………は?」





 ―――クリスタルモンスターは、壁を吹き飛ばし現れた。

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