第6話



 馬車が向かったのは、都の郊外だった。


 随分と中心部から離れた場所だ。どこかの貴族の別荘というところだろう。


 馬車が停まるなり、私はエーリの腕を掴んで馬車から飛び出した。


 屋敷の扉を蹴破るようにして開けると、執事らしき老年の男性が私達に歩み寄って来た。


「失礼ですが……御招待客ですかな?」


「ああ」


 私は、先ほどバーテンダーから買い上げた偽の招待状を突き付けた。


「そうですか……。おかしいな、もう聞いていた人数は入ったというのに。――こちらへ、どうぞ」


 ぶつぶつ呟きながら、執事は私達を案内した。


 執事が会場の扉を開けるなり、凄まじい喧騒に圧倒された。


 ――なんという、人数だ。


 世界中から貴族が集まった、というのは大言ではなかったようだ。


 異種を買おうとする人間がこんなに居るのか、と思うだけで反吐が出た。


 私はエーリの手を握り締め、一歩ずつ中へと進んだ。


 客達は皆、立っている。闇オークションだからなのか、誰もがヴェールをかぶっていた。実に不気味な光景だ。


 そして私は客達が視線を注ぐ舞台を見て、ハッとした。


 巨大な鳥籠に入れられた、雪のごとく白い肌の女が……同じく白い肌の少女を抱きかかえている。二人共、髪は青みを帯びた銀だった。


 間違いなく、エーリの血縁だ。


「それでは、本日の目玉! 異種の母と娘です!」


 わっと会場が湧いて、次々と値段を告げる声が飛び交った。


 呆然としている場合ではない。


 私は剣をそっと抜き放ち、ゆっくりと舞台に進んだ。


 しかしその時、私は異常に気付いた。


 舞台上の母親が、急に青ざめ騒ぎ出したのだ。客達も、何事かといぶかしんだようで一旦競りが止まる。


 悲痛な声と、嗚咽で――私は気付いた。


 エーリの妹が……亡くなってしまったのではないかと。


 当然、予想されることだった。一カ月も山から離れてしまったのだ。


 隣のエーリを見やると、愕然とした顔で口を開け――叫んだ。


 私は咄嗟に、耳を抑えた。高音の叫び声は、耳をつんざきそうだった。そう感じたのは、私だけではないらしく周りの客達も耳を抑えて呻いている。


「エーリ……! 止めろ……!」


 おそらく異種の、不思議な力とやらだろう。これではエーリが異種と気付かれてしまう。


 しかもエーリは、開けた口から昏々と血を流していた。


 ――この行為は、エーリにとって凄まじい負担なのだ。


 気付いた私は、血を流しそうなほどの耳の痛みを堪えてエーリを揺さぶった。


 ようやく、エーリは声を止める。


「エーリ……」


「ごめん、なさい」


 そしてエーリは我に返ったらしく、周りの視線に気付いたようだ。


 じりじりと、客達が私達を取り囲む。


「退け。その喉、かっ切るぞ」


 私が剣を一人の喉に当てたが、彼は慌てる様子もなかった。


 それはそうだろう。こっちの方が、何倍も不利だ。


 その時、先ほどエーリが発したものと同じような声が響いた。


 空をつんざくような、高い声。だが、それは私には効かなかった。エーリも、同様だ。


 私達は、取り囲んでいた貴族達が頭や耳を抑えて倒れる光景に戸惑った。そして開けた視界で、鳥籠の中の女性が口から血を流していることに気付いた。


 私はエーリの腕を引き、舞台へと走った。


 舞台の司会者と思しき男も倒れており、この時、平然としていたのは私達だけだった。


「助けに来た! その娘は――」


 私は鳥籠の南京錠を壊そうと剣で叩きながら、改めて娘の方を見た。


「もう、だめです。この子は死んでしまった……」


 涙を流し、エーリの母親は嘆いた。


「くそっ!」


 悪態を吐いたと同時に、鍵がようやく壊れてくれた。


 娘を抱いて鳥籠から出て来る母親に手を貸し、私はまじまじと彼女を見た。


 口から流れる血は、まだ止まっていない。


「あなたは、大丈夫か?」


「……大丈夫、ではないわね。あの声は強力だけど、命を縮めるから。エーリ……あなたはもう二度と、使っちゃだめよ」


 母親に諭され、エーリはこくりと頷いた。


「あなたがまだ、子供で良かった。作用する力が少ない分、削られるものも少ないわ」


 そこで私は気付いた。


「まさか、あなたはさっきので……。いや、待ってくれ。話している暇はない。彼らが倒れている内に、行こう!」


 私は母親から娘の亡骸を受け取り、舞台から飛び降りて先頭を走った。その後ろを、エーリと彼に手を引かれた母親が続く。


 どうか、私達が出るまで誰も目覚めないでくれ――。


 だが祈りは空しく、私達が会場の真ん中に来たところで一斉に皆が起き上がった。


 そうして、エーリの母はまたあの声を発した。


 また倒れる人々の中、エーリの母はどくどくと血を吐く。


「ジュールさん。お母さんを運んであげて! 僕がミシアを運ぶから!」


 エーリの言うことに従って、私はミシアという名前だと今知った少女をエーリに渡し、代わりに母親を抱きかかえた。大人の体重とは思えないぐらい、軽かった。


「ごめんなさいね……」


「気にしないでくれ。行くぞ!」


 私は檄を飛ばしてもう一度走り出した。今度は馬車に乗り込むまで、誰も追って来なかった。




 一刻も早くリディスに帰りたいところだったが、異種とばれては列車には乗れない。


 私はエーリと母親と妹を、一旦宿屋に隠した。そして近くの店で適当に服などを買う。


 母親にフード付きのローブを着て、その髪と顔を隠すように告げた。


 シャリアと名乗ったエーリの母親は、私の言うことに文句ひとつ言わずに従ってくれた。


「医者に見せるわけにもいかないしな……。辛抱出来るか?」


「大丈夫。リディスに帰れば――この身は、癒されるでしょう。故郷の自然が一番、効きますから」


「わかった。じゃあ、行こう」


「うん。ミシアは、僕が運ぶね」


 エーリは先ほど買った毛布で妹の体を包み込み、「間に合わなくてごめんね」と囁き――抱き上げた。

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