第五話

中に入ると部屋は明るく、ただ広い。そしてすぐにお目当てのそれを視認できた。

トラ・・・動物界脊椎動物門脊椎動物亜門哺乳網食肉目ネコ科ヒョウ族に属する。見た目は全く同じだ。一つ気になるのはこの距離であの大きさ。遠近感がリアル再現ではないのか、リアル再現ならどのくらいの大きさになるのか。ゆっくりと近づく。半分ほど来たところでトラに動きがあった。戦闘態勢に入ったようだ。そして、残念な事に遠近感はリアル再現だったようだ。この距離で戦闘態勢から考えられるのは…突進からの派生攻撃。考え得るパターンをすべて読み切る。突進からの右前足フック。想像していた中で一番ポピュラーなものが選択されたようだ。

攻撃をよける回避はなるべく少ない動きが必要だ。しかしでかい!前足の大きさをから当たり判定を判断する必要がある。反応よりも予測する。大きく避けるのは簡単だが良い攻撃をするためには敵に張り付いている必要がある。攻撃のタイミングを計り一撃与える。「クリティカル!」のエフェクトが現れる。

敵のHPバーの減少は微々たるものだった。減ったかどうかも分からなかった。一人で挑戦する代物ではない。はっきりと分かった。フィールドにいるモンスターよりも多彩な攻撃パターンがある。相手の恰好からある程度想定は出来ている。

攻撃の仕方をある程度理解出来ていればこちらも動きやすく攻撃に移りやすい。「クリティカル精度」も8割を超えている。

覆いかぶさるように突っ込んできたら、腹に潜り込み切りつけながら前進。尻尾を振ってくる体制に入ったら振り切ってくるまで待ち、軸足に突っ込む。攻撃が成功して「クリティカル」が出ようが心の中に驕りもなく、逸る気持ちもない。


一時間以上戦闘をしている。それでも「トラ」のHPバーは半分以上削ってきた。瀕死に近づき攻撃パターンが変わったり、ステータスが上がったりも想定していた。だが今回は無かったようだ。また、遠距離攻撃もあり得るかと考えていたが「1ステージ」という事もあるのだろうか…最初から最後まで変わることなく終焉へ向かっている。結局、攻撃パターンは数十種類あった。中には初期装備で紙装甲・非力という事もあり、ヒヤヒヤした瞬間もあった。多分ダメージを受けたらほとんど一撃だろう。「本当に良くできたゲーム」という良くも悪くも称賛する気持ちが大きかった。そして――。


第一ステージのボスを倒すことができた。ここからが醍醐味である。

103分。今回掛った時間だ。さすがに疲労はある。息を整えドロップボックスを開く。中には3種類の品があった。一つはアイテム。基本的にこのゲームはモンスターからのドロップは装備や道具の素材になっている。素材袋というアイテムで今回のトラから得られる素材をいくつか入手できた。二つ目は情報らしい。テロップが流れる。

「装備アイテムには潜在能力と付与能力があり、潜在能力は条件を満たすことで発生し、プレイヤーの活動や能力によって変わる。付与能力は装備の合成でアップする。」

個人の能力を上げる事が出来る仕様を教えてもらった。売れる情報として百音に伝えておこう。

三つ目を開くとぼんやりと人型をしたキャラが浮かび上がった。

「開始1日目にしてボス攻略は早すぎっす。まだこの部屋も完成してないっすよ…。おまけにソロ狩りなんて予期してないじゃないですか。運営チームも思わず出てきてしまったっす」

どうやら今製作者側の人物らしい。

「ゲームコンセプトは自由らしいが、どこまで自由なんだ?」

「全てっす。ちなみに三つ目の褒章を聞けばわかると思うっす。三つ目の褒章はこのゲームにルールを加えられるっす。」

全身に鳥肌が立った。と同時に頭の中でカリキュレートが始まる。起こりうること、メリットデメリット。

「小さなもので言えば店売りの初級ポーションの値段から、街に入る時に税金をかけたり。なりたけらば王様にだってなれるっす。」

「このゲームの目的は何だ?」

「人間観察。これ以上は言えません。さて、ルールを決めてください。」

権力を持つ気など全くない。ボスを倒すたびにこの報酬だとしたら本当に王様にでも慣れてしまいそうだ。自分がならなくてもこの情報が出回れば、ボスを倒せる能力は権力を持ちたがるプレイヤーにとって必須であり、自分の手元に置いておきたい存在であろう、そんなプレイヤーに自分を利用させたくない。

今回のルールは「個人情報の隠匿」にした。レベルやステータスを他人が確認できる方法を無くす。強さを隠せる。

「運営チームの介入は今回のようにあるのか?」

「いいえ。今回だけ特別っす。あまりにも早いクリアだったので出てきてしまいましたが今後は無いと考えてください。それでは今後もお楽しみくださいっす」


クリアした先のドアから次のステージに進む。

ドアを開けると木々が生茂る。熱帯雨林のようだ。先に進むか考えたが、まずはチームへの報告をしよう。一旦戻り一楓達と合流する。

パーティーに戻り、第二ステージに進もうとするが、どうやら一度ボスを倒さないと次には進めないらしい。洋館の入り口が二つに増えているが、それが見えるのは一度ボスを倒したプレイヤーのみだ。パーティーを組んでから分かったことだが、ボス挑戦にはソロ、パーティー、クランと挑戦方法がある。それは今後試すとして、先ほど得た情報を整理する。

「ということで、今伝えた情報が今回得た新情報。まだ、周りに話さないほうが良い話だと思うのだが、皆はどう思う?」

「ボスを倒さないと次にいけない点から、少なくともルールを決めるという報酬は一番最初に倒したパーティーに与えられるのだろう。この情報は永遠に隠した方が良いと思う。もしかしたらボス討伐以外でもルールを作れる可能性はあるけど‥。」百音が言った。

「今回は全て内密にしておくべきでは?次のステージに進む際に私達と他のプレイヤーでの情報にどのくらいの差が出来るのかを理解したうえで色々決めていければ良いのではないでしょうか」と、十希が続けた。相変わらず十希は手を動かしながら話している。

「しばらくは皆一緒に行動し、ステージを進める。ステージがいくつあるか分からないが出来る限り権力を一点に集めない為にも我々がルールの効果を弱くしていこう。とりあえずこれから数日は第二ステージの探索、鍵を集めてボスを連続で狩る。ついでに装備も整えよう。」

最後に素材袋の中身を十希に鑑定してもらいながら一つ一つ確認をした。虎の素材で防具や武器を作ることが可能だ。だが、表立ってこの装備をしてしまうと、色々と詮索されるので、人目につかない場所で使うことにした。

今回作れたのは虎柄のジャケットと短剣が3本。短剣といっても包丁ほどの長さの本当に短い剣だ。武器によっては両手に武器を持てるようだが、両手に武器を持つことのメリットは攻撃速度が若干上がる程度だった。戦い方は個人ごとなので、色々使われ方は生まれてくるだろう。

ジャケットは今までの布のジャケットを加工したものだが、防御力の面で相当上がった。加工、製造と十希には頑張ってもらった。新しい物を作ると相当経験値が溜まったようだ。

鍵は残り2本あり、メンバー全員を含めて2度挑戦した。

経験値はボス攻略の時にボスの部屋にいないと入らない仕様であり、メンバーで等分される。

思った通り、素材袋と攻略情報は3度とも手に入ったが、ルールを作るという仕様は最初の一度きりのようだった。

各々が装備を整え、この日は各自自由時間となった。

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