第1話
私の部屋には死神が現れる。そいつは黒いぼろきれで頭の先からつま先までをすっぽりと覆っている。顔を見ることはできない。もし直視に堪えないような恐ろしい顔だったら、という恐怖が彼の顔をうかがい知る機会をなくしている。足音が聞こえないので、もしかしたら足が無いのかもしれない。
彼を死神たらしめているのは、鈍く光る大鎌だ。彼はきっと「その時」が来れば、そいつで私を葬るのだろう。
ほとんどの人なら死神と出会った時点で、絶望するかもしれない。
しかし、既に世の中に絶望している私にとって、彼との出会いは歓迎するべきものだった。
私は俗にいう「不登校」だ。自分にとって思いもよらないような理由で、学校というコミュニティからはじき出された。今となってはその理由など、どうでもいい。ただ、毎日を無為に消費していくだけだ。夕方に起きて、朝日とともに眠る。
そんなつまらないけど平和な日々に突然現れたのが、死神だった。
「お前からは死のにおいがする。俺が殺してやろうか?」
なぜか耳障りのよい声だった。
「殺してくれても、かまわないよ」
もうどうだっていいと思っていたのだ。
死神は少し返事を詰まらせた。もしかしたら、私の言葉が意外だったからかもしれない。なんだか人間じみていて、おかしかった。
「笑うな、人間」
次は私が返事に詰まる番だった。笑ったのなんて、いつぶりだろう。思い出せないほど、遠い過去だ。
「もう、どうでもいいんだよ。はやくその鎌で私を殺してくださいな、死神さん」
死神は鎌を天井すれすれまで振りかぶった。死ぬ、そう思って目をつぶるが、痛みはまったく感じない。死神の鎌で死ぬのは痛くないのかもしれない。
ゆっくりと目を開けると、鎌の先が私の喉元のほんの少し手前で漂っていた。少しでも動くとたちまち死んでしまうだろうと考えていると、鎌が視界から消えた。
「殺してやるよ、俺がその気になったらな」
これが、私と死神との出会いだった。
六畳半の死神 折戸理央 @orito_rio
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