「付き合ったら何したい?」

 きょうは、「スペシャルランチ」のせいで、だいぶ。司馬くんはやっと食べ終わり、席を立つと、クラスメイトの視線を一斉にあつめてしまいます。


 教室の窓際の一角には掃除用具を入れるロッカーのようなものがありました。この中にガムテープが入っているのは、おそらく二年C組ぐらいのものではないでしょうか。しかも「民」が私財をなげうってストックは十個ほどあります。


「民」は不潔極まりないくせに、いつも綺麗でありたいという相反した感情を持っていました。(サニタリー面にうるさい)。そこで掃除は、『宝塚音楽学校』方式を、「司馬くん」に採用されました。


 司馬くんは、二十センチ大にちぎったガムテープを指に巻きつけて、『墓石』から『赤ちゃん』になって、教室じゅうを「ハイハイ」して徘徊するのでした。


 女衆は椅子に片足をつっかけて坐ったり、あぐらを掻いたり、「あつい、あつい」と言ってプリーツスカートをまくるものですから、司馬くんはこの頃には殆んどのパンツに見飽きてしまいました。


 ガムテープには髪の毛に混じって、「ちぢれたモノ」がよく貼り付きます。


「手伝おーか?」


 足元に這ってきた司馬くんを見つけて、水無月くんは言いました。


 司馬くんは、遠慮ぎみに首を横に振りました。


 なるたけ「民」の邪魔にならないように空いた席から回っていくのですが、VIP席の方々は、もはや存在ごと床に深く根を下ろしてあられるので、他の「女衆」のようにどけてくれるといった概念はないようです。


「『チョコ』どうする?」とノッコの声がします。


 どうやら明日の『バレンタインデー』の話をしているようでした。


「もしさ。付き合ったら何したい?」


 さとみ様は、頭の後ろに腕をくんでおっしゃられました。


 一人顔を赤くしたのは千奈美ちゃんでした。椅子の下に足をひっこめます。


 一方、さとみ様の足にこつんと「頭」をぶっつければ、股をおひらきになられて司馬くんはそのあいだをもぐっていくのでした。


 スカートは、「すだれ」のように司馬くんの顔にかかり、言い尽くせないオーデコロンの甘い匂いがするのでした。


「下校を……一緒に帰る」とめがねちゃんは言いました。


「だ、だよね……そっか……下校のほうか」


 慌てて笑顔をつくろう千奈美ちゃんです。いったい何を想像していたのでしょうか。


「千奈美ってきょねん水無月にあげてたよね?」とノッコ。


「そうだっけ」と頭の後ろでくんだ腕をほどいて、さとみ様はおっしゃられました。「うりゃ! 巾着の刑!」


――さとみ様は、時々、『巾着の刑』と称した男子にとっては「ご褒美」としか言いようのないことを司馬くんにやってくれるのでした。


「ちょちょ、さとみ!」とほっぺを赤くさせて注意する千奈美ちゃんです。


「ことしも水無月にやんの?」とノッコ。こちらは平然としたものです。


「にゃははは」


 さとみ様のスカートの中で、司馬くんはもだえています。


 唇を尖らせた千奈美ちゃんは、


「み、みんなあげてたから……たぶん」と言いました。「め、めがねちゃんは?」


「あたし、司馬くん」


 なぬ!? って顔のまま千奈美ちゃんは固まりました。


 やっと解放された司馬くんは、新鮮な酸素を求めるようにめがねちゃんの方に這っていきます。


「なんで梨月なの?」とノッコ。


「『義理』、チョコ」


「なーんだ。だよね……」


 千奈美ちゃんの固まった表情は溶解して、「よかったあ」という文字が顔に浮かびあがってきました。


「千奈美ちゃんは? 司馬くんに」


 めがねちゃんは足をひっこめました。足元に来た司馬くんに気を使ったのでした。


「あ、あたしわあ……」


「うちらはクラス全員にやるけど」とノッコ。「ねえ、さとみ」


 一度、さとみ様がそうなさるように、ノッコが足をおひらきになってあられた時に、司馬くんはあいだに顔をつっこんで思いっ切り蹴られました。以来、ノッコは掃除中には椅子で「あぐら」を掻く習慣にしたのでした。


「司馬!」


 その点、さとみ様はすこぶる「寛容」でいらっしゃいまして、むしろ司馬くんをお使いになられるのでした。


 さとみ様にからだを「ポン」と蹴られた場合には、『あついから靴下脱がせて』をご所望です。司馬くんは、捧げ持つように片足ずつ運動靴を脱がせてあげてそうするのでした。


「じゃあ……あたしもやろっかなー」


 千奈美ちゃんは、誰に言うわけでもなくつぶやきました。これを聞くと、めがねちゃんは席を立って「スタスタ」歩いて行きます。


 ノッコが呼び止めました。


「どこ行くのー?」


「トイレ」


「あ、あたしも行くー」


 千奈美ちゃんは、になって「スタスタ」追いかけました。


「――わかりやすいね」


「うん」とさとみ様は返事をなさいました。「は一種の『』よ。にゃはは!」


 そして、『』がここにもう一人。机の下からようやく司馬くんが顔をだしました。


 の小春ちゃんの軽蔑な眼差し。司馬くんは、いつもここで「現実」にかえるのでした。





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