超絶ギャル!「さとみ」様
さて、お昼休みです。
司馬くんの席は殆んど「国境線上」にありますから、目の前を数多くの「民」が行き来します。「シルクロード」に出れば、「民」は「旅人」と名を変えて、トイレに行ったり売店に行ったり、それこそ隣の教室や
金属的な騒ぎを他人事に聞きながら、司馬くんはお弁当をひろげました。
『俵』のかたちをしたおむすびには海苔で帯がしてあります。
めずらしかったので、この日はじめて司馬くんは嬉しくなりました。唾の溢れかえった口許は笑っていたかもしれません。幸い、司馬くんが笑ってはいけない「法律」は施行されていませんでした。
机の端に「ポン」、といちごミルクの200ml紙パックが置かれたのは、司馬くんが、おむすびに箸を向けようとした時でした。
どうも雲行きがあやしいのです。実際、司馬くんのお弁当のうえには黒い影が薄っすらとできていました。
さとみ様は、何かの「モニュメント」のように腕ぐみをしてお立ちになられてあられました。
「すごくね」
ノッコと千奈美ちゃんとめがねちゃんに、意見をお求めになられました。
「だね」
盟友お三方は、さとみ様と一緒になってスマホで司馬くんのお弁当を手際よく激写なされました。
「『いいね』20つかなかったら顔出しな」
さとみ様は、そのようにおおせになられました。というか、さとみ様の思いつきでこうして写真を撮られてから、司馬くんは
「おいしそうだね」とさとみ様がおっしゃられました。
司馬くんは、さとみ様に対するお言葉を殆んど「ゼロ」に近く持たなかったので顔を赤くさせてそれを返事のかわりにしました。
「一個ちょうだい」とさとみ様はおっしゃられました。
「わあーい、たべたーい、たべたーい」とぴょんぴょん飛び跳ねて千奈美ちゃんは手を叩きました。
やっとの思いで、司馬くんはうなずきました。首がひどく錆びついていて、あとで潤滑油をささなきゃな、と司馬くんは思ったかもしれません。
「あたしもー」とノッコと千奈美ちゃんは、ソプラノボイスでおハモリになっておむすびを奪っていきました。
「じゃあ、あたしもか」
めがねちゃんは、あまり嬉しくなさそうに言いました。
「プリンセス」とその「ロイヤルファミリー」が手をつけたお弁当である。さとみ様の独立国家は、一応の資本論が展開されていたものですから、司馬くんのお弁当は熱狂的マジョリティな「女衆」によってすぐに囲まれてしまいました。
六つあった残りのおむすびは奪われ、「ずるいよ」、の誰かの一言でひとつが二等分にされて十二個に分裂しました。
ウインナーとフライドエッグとごぼう炒めと毎回入っている名の知れぬ煮物が箸でつままれていき、司馬くんのお弁当には、「たくあん」一枚だけが取り残されました。
熱狂的マジョリティの「女衆」がぜんぶ
「なんだ。もうねえじゃん」とごちつつ、最後の一枚を奪取していきました。
司馬くんは途端にすることがなくなってしまい、スマホを見ました。さとみ様のあのお言葉が気になったからでした。
――うわあ……なんと「雑然」とした「タイトル」なのでしょうか。見てください。
『墓石の弁当』
さとみ様のインスタグラムには、さっそく司馬くんのお弁当が「うp」されていました。
そもそもネット住民に、『墓石』で通じるのでしょうか、とても疑問です。せめて「ハッシュタグ」を使ってください、司馬くんに代わってお願いします。
案の定、『いいね』、は「ゼロ」でした。
さとみ様が顔出しさえすれば、『いいね』、なんぞゆうに二千はいくだろうに……。
司馬くんがスマホをスクロールしていくと、マニキュアを塗った『人差し指から小指まで』が「うp」されています。
切断されたかのようなその不気味な『指写真』は更新頻度が高く、日に三度更新されつづけていて、コンテンツは『墓石の弁当』と合わせて殆んどこの二つしかありません。
ごく稀に、『かわいいですね』とコメントがつくのですが、我が学園プリンセスのさとみ様は、『うるせえ』と返信なされてしまいます。……一体全体何の為にインスタをやってあられるのでしょうか。ぼくにはまるでわかりません。
ぼくは、あんまりだと思いました。だって、あの優しい司馬くんの「マム」が早起きしてつくってくれたお弁当が、『いいね』、「ゼロ」であっていいはずはない、と。すると、司馬くんは、『いいね』、をポチっていました。
「お!」と窓際のVIP席から声があがりました。さとみ様のようです。「ウケるー」
唐突に司馬くんは、さとみ様と目が合ってしまいました。そして顔をそらした司馬くんのところへと、さとみ様は「スタスタ」来られました。
「校章とネクタイとって」とさとみ様はおっしゃられました。「「ぼやぼや」しない。あしが付くでしょ」
でも、司馬くんは、とても「ぼやぼや」しました。
するとさとみ様は、司馬くんのネクタイを「ぐいぐい」ひっ張られました。司馬くんはひどく揺れました。枝葉のようなさとみ様のその腕のどこに、あんな強い力があるのでしょう。
『新妻との甘い一時』、そう司馬くんが記憶の改ざんをするにはちょっと無理があるでしょうか。――はい。おそらく無理があるでしょうね。だって、なかなか外れてくれないネクタイにイラつかれたさとみ様の「唇」というのが、「シド・ヴィシャス」のようになっていましたから。
「よし、と」
さとみ様の指導のもと、司馬くんはあるポーズを取らされました。
直立不動、寝ぐせ、空の弁当をよく見えるように前に向けて、さとみ様に写真を撮られました。
満足したさとみ様は、「スタスタ」戻って行かれました。
『完食すましたー!(^^)!』
こうやってマスメディアによる報道が真実を歪めていくことをぼくは知りました。
と、司馬くんの席に、またさとみ様がやって来られました。
――ほんと何なんですか……? さすがにぼくはげんなりしていました。でも――、
「あげる」
空になった司馬くんのお弁当に、タコさんウインナーが入れられたのです。
司馬くんの見上げたさとみ様は、窓から差し込む陽光を背にしていて神々しく輝いてあられました。しかし、やはり司馬くんは、さとみ様に対するお言葉を殆んど「ゼロ」に近く持たなかった為に、顔を赤くさせてそれを返事とするしかありませんでした。
すると、どうでしょうか。ノッコや千奈美ちゃんがやって来られて、司馬くんのお弁当に、フライドポテトとうさちゃん林檎をお入れくださいました。
「じゃあ、あたしもか」とめがねちゃんは言って、あまり嬉しくなさそうに、プチトマトをお弁当に投げて去っていかれました。
こうした一連を見た「女衆」はどよめきました。
『墓石』の司馬くんのところへ次から次へと「お供え物」が運ばれてきます。
――餃子、酢豚、焼き鮭、ポテトサラダ、フランクフルト、唐揚げ、ミートボール、キャベツの切れ端、レタスの残骸、エビフライのしっぽ、梅干しの種、カニカマ、煮干と胡桃の入ったアルミケース、四分割されたハンバーグ、何かの煮汁、供える惣菜がない者や、あるいはお供えを惜しむ者は白飯を司馬くんのお弁当にほうり込み、またある者は、司馬くんにだけ聞こえる舌打ちと一緒に、食べかけの菓子パンを袋ごと「ポイ」していきました。
最後には、ちびの小春ちゃんがやって来て、山盛りとなった白飯に福神漬けをふりかけていきました。「あたし、返したからね」
VIP席で、さとみ様が手を叩いて「爆笑」してあられます。
さとみ様は、「立て」と司馬くんに「指」でおおせになられました。
司馬くんは、手にしたばかりの『スペシャルランチ』を胸に持って、さとみ様に再び記念撮影をされるのでした。
『モテキ!墓石』
さとみ様は、「現役JK」、「超絶ギャル」、「学園カリスマ」、「あたし動物的な香りに二度見されました」、「世界8位」、「キャラ弁」、「モテキ」、「おひとり様ご来店」、「二度見されるほどの存在の軽さ」、「ワンランク上のぼっちはスペシャルランチを食べれるー」、「竜宮城に迷い込んだぼっち」、「ぼっちを尾行してみた」、「のちの〇〇である」、「ぼっちがかわいいお年頃」、「不良少年の詩は真っ赤なスプレーで書きましょう」、「墓石」、「イエスキリストに会ってみた」、「カリスマこえてんじゃん」、「ドン・キホーテの逃亡」、「リア充撲滅を撲滅する秘密結社会員ナンバー8というのは嘘で実は9」、「ひきこもりに優しい左利きのお姉さん」、「もうだめぽ」、「明日はバレンタインデー」、「トライしてみてあんがい抱けるよ」、「ってうっそー」、「areyounuts?」、「うぇい」、といった「ハッシュタグ」をご乱用になられて「うp」されてあられました。
三分後、『いいね』、が三つ付いています。
コメントに、『誰やねん』と「瀬戸内寂聴」のアイコンがツッコんであられました。「投稿主様」が返信してあられます。『うるせえ』、(うわあ……なな、なんとバチ当たりな)。
ぼくは、もう意味がわかりませんでした。
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