召喚先でレアジョブの命名士になったけど上役がチート脳筋です~魔槍「Uターン」の巻~

海原くらら

俺が「命名」したもの

「少年んんん! いるかなあああああ!?」


 おたけびとともに、俺の部屋のドアは叩き破られた。

 弾け飛んだカギのかけらが部屋の壁にぶちあたって跳ね返り、俺の足元まで転がってきて止まった。

 お前も短い人生、いやカギ生だったな。


「おお、いたな少年! 今日はこんなものが召喚されたぞおおお!」


 俺の上役、シックスパック王子殿下が大股で俺の部屋に入ってくる。

 華美な装飾がほどこされた上質の服に身を包んでいるが、見上げるほどの巨体で、ピッチピチの服の上に浮き出るムッキムキの筋肉。王族の威厳より物理的な圧力感のほうが強く、近寄られるだけで体感温度が5度は上がる暑苦しさだ。

 その殿下が手にしていた金属棒っぽいなにかが、俺の前に突き出された。


「さあ、見てくれ少年! これはお前が知っているものかな!?」

「見ます、見ますので声を押さえてください殿下」


 俺の机の上に、殿下が持っていた金属棒が置かれる。


 俺は日本に住んでた学生だけど、ジョブやスキルが存在し悪魔と戦争をしているこの世界に魔法で召喚された。

 だが、俺のジョブはレアで詳細がわかっていない「命名士」だった。

 少なくとも戦闘には役に立たないようなので、戦いには出されない代わりに知識を問われたり、こうして異世界から召喚されたものを見せられたりしている。

 まあ、今の境遇にはそこそこ満足している。戦争に行かされるよりマシだし。


 さて、今回の金属棒だけど。

 俺の腕より太い金属棒は3メートルぐらいの長さがあって、そのはじっこには黄色いひし形の金属板がつけられている。板の表面には黒い矢印が印刷されていて、向きは下から上に伸びたあと、180度回ってまた下に戻る感じ。 

 これそのものではなくても、これによく似たやつは知ってる。召喚される前には、日本の道路のあちこちに立っていたやつだ。

 間近で見たのは初めてだけど、こうして見るとけっこう大きいんだな。


「これは、Uターンの標識ですね」


 俺が答えると、王子殿下はあごに手をあてて首をかしげる。


「ほほう? また聞きなれない言葉が出てきたな。「ゆうたあん」とは、どういう意味なのだろうか」

「ターンは、回るとか向きを変えるとか、そういう意味ですね。Uは、この矢印の形をした文字です」

「ふーむ?」

「組み合わせると、このUの字を描くように来た道を引き返せ、という意味になります」

「ふむふむ。それは誰に対して向けられるものなのだ?」

「えーと、その道を進もうとするもの、主に自動車に向けてです。この先は行き止まりという道に置かれたりしますね」

「確か「じどうしゃ」とは、人を乗せて進む馬のいない馬車のようなものだったな?」

「ええまあ、そんな感じです」

「なるほど。その言葉にそんな意味が……」


 王子殿下はしばらく考えた後、なにかを思いついたように手を叩いた。


「なるほど、理解した! つまりこれは、進もうとする軍勢を引き返させる魔法の武器だな!」

「えっ!?」

「少年が前に話していたであろう。「じどうしゃ」とは軍馬よりも速く力ある乗り物であると! それを引き返させるだけの力が込められておるとは、偉大な魔法の武器ではないか!」

「いやそもそも武器ではなくてですね」

「少年の世界では「じどうしゃ」とは何万台も走っているのだったな! それだけの数をこれひとつで迎え撃つとは心躍るではないか!」

「聞いちゃいねえ!」


 興奮状態の王子殿下は、その力強すぎる両手で俺の手と交通標識をつかみ、握り合わせる。


「殿下ちょっと痛いですって!」

「さしずめ、これの名前は魔槍「ゆうたあん」であるな!」

「いや、魔槍Uターンって、いくらなんでもそんな名前は」


 俺がその名前を口にした瞬間、交通標識が淡く光り出した。

 ああ、ついちゃったよ名前。


「おお、見よこの光を! この魔槍も名前が付けられて喜んでおる!」


 王子殿下はニッコニコの笑みで交通標識をつかみ、ぶんぶんと振り回している。

 風切り音がうるさい。


「では、さっそく試し切りをしてこよう! ちょっと戦場まで行ってくるぞ!」


 そう言って王子殿下は向きを変えると、カギの壊れた扉に向けて加速した。


「待っておれよ悪魔どもおおおおお!」


 王子殿下は廊下に出たころにはトップスピードに達し、ドップラー効果の利いた声を残して走り去ってゆく。

 残された俺は、改めて自分の腕を見た。


 俺のジョブ「命名士」の能力のひとつ、「命名」。

 なにかに俺が手で触れ、それに異世界の言葉(つまりは地球の言葉)の名前をつけ、俺の口でその名前を呼ぶことによって「命名」がなされる。

 命名されたものは、その名にふさわしくなるような方向の強化がされる。さらに、俺が名前の意味をはっきり認識しているほど強化の度合いが強くなる。

 だからおそらく、俺が名前をつけちゃった「魔槍Uターン」も、ある程度は王子殿下の期待通りの効果を出してくれるだろう。


 問題は王子殿下なんだよな。根はいい人なんだけど、前から筋力にまかせた力技に走りがちで、俺が来てから輪をかけて暴走しやすくなったって家臣の人たちから心配されてる。

 で、王子殿下が変わった原因ってたぶん俺なんだよ。召喚された直後で意識があいまいだったとき、目の前にあった王子殿下の服の上からわかる6つに割れた腹筋にさわって「なんだよこのシックスパック……。チートだろ……」ってつぶやいちゃったんだ。

 ちょっと責任感じちゃってるんだけど、どうしたらいいんだろうな俺……。

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