第10話 後日談

 

 処刑の日から、はや一ヶ月が経った。


 結論から言うと、魔王様への死刑判決は無効が宣言された。裁判をするかどうか自体からやり直しになり、不起訴になる方向で話が進んでいるらしい。ニュースのたびに株価指数が乱高下していたが、さすがに最近は落ち着いてきた。


 またプロレスだったか、なんて巷じゃ言われてる。真相を知らなかったら、私もそう思ってたと思う。


 連日、列強種――天界上層部と竜族のナンバー2と魔界のトップ――が会談したそうだが、内容は公表されず。ただ、記者仲間から聞いた話だと、魔王様は天使側から相当に有利な条件を引き出したらしい。天使が譲歩するなんてほとんど聞かない話だが、半神のジークフリートが魔王様とつるんでいるなら、あり得るとは思う。

 まあ、噂だ。真偽は知らない。調べるつもりもない。

 なにせ相手は神話クラス。動向を監視しようなんて真似、やろうとすれば死ぬよりも恐ろしい目にあうのが目に見えているわけで。

 むかつく奴が処刑されるって話にでもならない限り、私は首を突っ込むつもりはない。

 怖いし。わりに合わないし。


 ああ、そうそう。

 偽ジークフリートの正体について。


 人間だったらしい。


 といっても、普通の人間じゃない。勇者と呼ばれる特別な個体。

 魔族や天使のみならず、人間にもごくまれに魔力を扱う才能に長けた奴が産まれてくる。その中でも特に才能に恵まれた者がいて、ごくごくまれに魔王を討伐するべく突っかかってくることがあるらしい。

 人間ごとき、普通なら魔王どころか幹部連中にすら勝てるわけがないんだけども。

 だってさ、生身で核弾頭ICBMの直撃食らって生きてられるかって話ですよ。それが瞬殺されないための最低ラインですよ。いやでも、たまに、本当にたまに、生きてる奴もいるらしいけど。

 私ごときには遠すぎてわけが分からん世界だ。



 魔王曰く、勇者は警戒に値するらしい。

 そこそこ強い、という事が問題ではなく、天使がバックについているからだ。

 天使の支援は、それはもうえげつない。

 聖剣などの強力な武器の貸与。無尽蔵の資金提供。神話クラスによる鍛え方の指導レベルアップ、法律的な支援。あいつら、テロ集団とかゲリラ部隊を養成するノウハウはそろってるんで、いたれりつくせり。天使のことを、魔王様が“クソども”って忌み嫌うのもちょっとは理解できる。


 天使に鍛えられた勇者は、人間にして人間を超越する。


 つまりね、人間の勇者って、天使たちにとっては邪魔な魔王を暗殺するためのってわけ。


 魔王を殺した奴は、次の魔王になるって縛りがあるから。天使は直接、魔王と戦闘するのを避けざるを得ないから。人間をそそのかして暗殺させようとしたわけ。

 で、今回、からめ手で魔王様を殺そうとして、すんでのところで失敗したわけ。

 熾天使セラフィムの連中、ありゃジークフリートが偽物とわかった上でだまされたふりしてたんですわ。

 そりゃ怒るよね、本物のジークフリートさん。召喚に応じてすっ飛んでくるのも当然だよね。自分の偽物が国家レベルの好き勝手をしてるんですもの。

 熾天使側は、目論見がバレたんだから平謝りするしかないよね。あそこで開き直ったら竜族と全面戦争でしたよ。



 さて。こっからは私の話。



 図らずも魔王様および偽物のジークフリートとやりとりしていた私、事件の参考人としてしばらくホテル暮らし。わりと快適なんだけど、快適すぎて逆に居心地が悪い。宿泊費や生活費は魔王様が払ってくれるそうなんだけど、もしも後から費用を請求されたらどうしようなんて不安になったり。だってさ、調度といい、食事といい、ホテルマンの応対といい、超一流ですぜこのホテル。

 ちょっと調べたら、私の半年分の収入が一泊で飛ぶようなお値段でした。


 いやさあ。フリーランスの記者って薄給なんですよ。

 特に私みたいな、採算度外視で危険な場所に行く変態にはね。まあその分、ヤバイ生物のインタビューとか危険区域のレポート記事の配信でそれなりに読者はついてるけども。船の燃料費とかメンテナンス費とか、ほとんど使ってない賃貸住宅の家賃とか、その他もろもろの経費でいつもカツカツだったりする。


 そういや偽ジークにぶっ壊された私の宇宙船、きちんと元通り直してもらえるらしい。神クラスになると物体の時間を巻き戻せるんだとか。便利ですね。

 愛着ある船だし、普段はそこで寝泊まりしてるんで、とても助かる。ついでにこの際だから痛んだ箇所全部レストアして新品同然にしてくれるらしい。超助かる。本物のジークフリートさんいい奴だ。猫だし。できたらモフりたいな。


 今は情報端末を起動して、とりとめもなく日記を書いていたところ。


 コン、コン、とノック二回――なお二回はトイレのノック回数だという風説はマナー講師が捏造した嘘マナーだってさ――の後に、


「いいかね?」


 魔王様の声がした。


「け、化粧させてください。三分で用意しますからっ」


 すっぴんで国家元首に会う度胸はない。ついでに言うと個室をいいことに下着だけで作業してた。あかん。

 スーツを着る時間はないので、近くにあったジーパンとキャミソールをつけて。化粧の方は、清潔感が出せる程度にクリームをつけて拭いてファンデーションを塗ってルージュを引いて眉を書いて……ああ、髪を整えるのを忘れるところだった。


「遅くなりましたっ、どうぞ」

「失礼」


 仮面をつけた、筋肉粒々のスーツ男。ちなみに中身の精神は女性という、わけわからん属性を持った魔王様が入ってくる。

 後ろに、お綺麗な女性たちが二名いた。一人は黒髪ポニーテールで凛とした顔立ち。イメージ的には女剣士。もう一人は金髪でサイドテールがドリルみたいにくりんくりんしてる。イメージ的には魔法に長けた悪役令嬢さん。


「後ろの方は?」

「秘書、兼、護衛役だ。ま、いないものと考えてくれていい」

「は、はあ」


 よくよく見れば後ろの超べっぴんさんたち、昔見たことがある。肉眼ではなく、ニュースの動画でだ。魔界には、魔王の直属に四天王と呼ばれる最高幹部がいる。彼女たちは、そのうちの二人だ。確か魔王様の側室でもあるはずだ。


「一連の件、ようやく区切りがついてな。改めて礼を述べたい。ありがとう」

「恐縮です。何もしてませんけど」


 実際のところ、本当に何かしたわけでもない。

 言われるがままに調べ物をして、報告した。それだけだ。できたことなど何もない。


「それは違う。けいがいなければ、おそらく私は死んでいた」

「言いすぎでしょう」


 この件、私は始め、自分の浅ましい欲求を満たすために、記者の肩書を利用して他人のプライバシーに踏み込んだだけで。中盤は何となく同情の念にほだされたから。後半の動機は私怨と複雑骨折した性癖を満たすためだった。ああ、あの偽ジークフリートの泣き顔、録画しとけばよかったなあ……。

 ええい、こんな時までトリップするんじゃない、私。変態ナメクジめ。

 最初から最後まですべて、魔王様が自分で解決した話だ。


「もしも卿が来なかったら、私は京四郎とコンタクトを取れなかった。部下を動かせば、その部下 は間違いなく天使の手で暗殺されていた」

「あれって、意味があったんですか?」


 あかん。相手は国家元首だぞ。

 もう少し、敬語の使い方とか工夫できたろうに。


「うむ。私が死ぬと聞いた時の京四郎の反応が知りたかった、というのが半分。もう半分は、知恵を借りたかった」

「知恵……?」


 そういえば。

 京四郎にインタビューして、魔王の正体が凄絶な人生を送った元人間だと聞かされて。その後。魔王様のもとに帰った途端に、胸のあたりをぐりぐりされたっけ。


『私宛てのメッセージが忍ばせてあった』とかなんとか。


「あいつはな、未来予知ができるのさ」

「え」


 未来予知……? マジで?


「あいつ固有の能力だ。私にも使えぬ」


 すげえ。

 強いとか、魔力がどうとかいう次元の話じゃない。未来とは究極の情報だ。

 それを知るというのは、神の領域だ。魔王はおろか、熾天使セラフィムにだっておそらくできない。


「卿が逃げずに戻ってきたおかげで、こたびの件の大まかなあらましを知ることができた。その後もだ。卿に主犯を調べてもらうという体裁を経て、クソどもに疑われない形で、処刑の前日にを手に入れられた。

 分かるかね? 

 証拠が揃ったのだよ。

 異世界にいる、本物のジークフリートへ訴えるための証拠が。私の証言だけでは、あの半神は動かん。偽物がいること、そいつが竜族の副当主を名乗り、私を殺害しようとしていること。それらの確たる証拠が必要だった。それが卿の働きで手にすることができたのだ。私を常時監視していたクソどもに邪魔されることなく」


 つまり――。


 私は、魔王の手のひらの上で転がされていたらしい。


 感心した。

 純粋に凄いと思った。

 軟禁され、鎖で四肢を拘束されて部下とのコンタクトもとれない状況で、処刑が十日前に迫っていて、相手は実力差が歴然とした半神と天使たちという状況で。

 偶然に来た、私というイレギュラーを活かして、形勢の不利を覆した。


「あとは、時間を稼げばよかった。異世界にいるジークフリートの居場所を特定し、状況を説明し、証拠を提示し、こちらの世界へ召喚するための時間をな。

 探知魔法。異世界と空間を繋ぐ魔法。遠隔地との交信をする魔法。召喚魔法。

 枯渇した魔力をやりくりする必要はあったが、弱った私でも不可能ではなかった」


 す。

 すさまじい……。


 どうやったら、とっさにそんな行動ができるのか。

 綿密に調べ、計画を立てて、何か月も前から検討していたならわかる。けれども魔王は、手に入った情報をわずかな時間で分析し、彼我ひがの実力差から何が最善手かを判断して、即座に実行に移した。


 今回はたまたま、それが私を利用するという形になっただけだ。


「再び言おう。ナターシャ・トワ殿。卿がいなければ、私は死んでいた。礼を言う」

「ど、どうも」


 頬が熱い。たぶん、赤くなっていると思う。面映おもはゆい。

 こうして、純粋な感謝を他人から貰ったのは、いつ以来だろうか。

 記者という私の職業は、大義名分を掲げながら他人のプライバシーをあさるクソみたいな商売で。しかも私の性癖は、下衆さが突き抜けているわけで。


 ……。


 ひょっとしたら、産まれて初めてかもしれない。

 他人から頼られ、期待に応え、認められて。感謝までされたのは。


「こちらこそ、なんというか……。その、最初から最後までクズでして、はい」


 いやもう、本当に。私ってば、自分の性癖のまま動いた記憶しかない。


「それが良いのだよ。ついては一つ、頼みがある。無理ならば断わってくれて構わない」

「あ、はい。なんなりと」

「魔界で働く気はないか?」

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