第3話 取材三日目(処刑の八日前)、魔王の正体

 

 魔王に取材をするために、聞き込みをすることになった。


 今の時代、星間移動といえば星船から星船が基本なのだが、天界中枢部から魔界の植民惑星に移動するとなるとボディチェックがハンパない。

 まあ、警備の厳重さは魔王が処刑される直前ということもあるだろう。

 国境のないジャーナリストの身分証がなければ、検疫やら身体検査でタイムオーバーになっていたところだ。

 ともあれ。

 私は今、京四郎なる人間に会うために辺境の星に来ている。


「お前、人間じゃねえな」


 ようやく探り当てた男の、第一声がそれだった。

 なぜわかった。


さかき京四郎さんで?」


 誰何すいかすると、男の警戒心がいやました。長身の男だ。筋肉量もすごい。魔王と比べても遜色ないくらいにでかい。

 私を見る眼光に、敵意がある。

 腰に差した刀を、今すぐ抜きそうな気配だった。


「あやしい者ではありません。取材に伺いました」

「取材? 俺に? 俺は見ての通りただのおっさんだぞ」


 嘘をつくな。

 きっと、この男、刀で超伝導ソレノイド・相転移砲クエンチガンを斬れる側の人間だ。

 両脚で立っている、その姿勢だけで何らかの武術を修めているのがわかる。

 何より、私をひと目で人間でないと看過した。

 つまり、人間でない者とのつきあいがあるということだ。人間以外の知的生命体がいる、そういう概念を持った者だということだ。


「デスマ……」


 言いかけて、私は黙った。


「――」


 男が、能面になっている。

 しゃべり続けたら、殺される気がした。


「誰の差し金だ?」


 怖い。後ろを向いて逃げだしたい。

 ビビったのは、もちろん理由があった。

 簡単な理由だ。

 この男、私よりも強い。それがはっきりと分かったからだ。

 普通の人間だって、目の前にヒグマがいたら刺激しないように逃げる方法を考えるだろう。今の私の心境がそれだ。

 この男、榊京四郎とは何者なのか。

 魔王の知己であることからただの人間ではないのは分かっていたが、生物学的にも人間でないのかもしれない。

 彼に関して改めて調べると、天界深部の図書館に資料があった。かなりの部分が黒塗りだったが。


 名字がさかき、名が京四郎。


 榊、の文字は親から引き継いだものではなく、神崎かんざき恵那えなより与えられて名乗ったものらしい。意味は、人間と神の境界線だとか。


 京四郎は、先代の魔王、グランベルドの世から生きている。

 となると、最低でも一億年も昔から生き続けているということになる。

 このからくりは単純で、宇宙船に長く乗っていたためにウラシマ効果で見かけ上の寿命が長くなったからだろう。


「ベルゼビュート陛下より紹介されました。シュザンナからの紹介と言えば応じるはずだ、と」

「シュザンナ……?」


 魔王の言いつけ通りに名前を出すと、京四郎がけげんな顔をした。

 私の頬に当たるチリチリとした殺意の痛みが、少しだけ和らいでいる。

 シュザンナ。

 響きからして女性の名前だろう。京四郎にとって特別な相手なのだろうか。恋人とか。

 しかし。

 魔王は何故、シュザンナからの紹介と言えと言ったのか。そこが分からない。


「誰だお前。所属は」

「あ、ああ、すみません。申し遅れてました。国境のないジャーナリストの者です」

「名前と種族は」

「ナターシャです。ナターシャ・トワ。国籍も定住地もありません。名刺を出してもよろしいでしょうか」

「ああ、見せてくれ」

「よろしくお願いします」


 差し出すと、京四郎は名刺の表と裏を幾度となくチェックした。


「根無し草か。ふうん……」


 京四郎は思案をする。私は黙って返事を待つ。

 待たされたのは数秒だった。


「入れ」


 男は戸板を開き、家の中に入りながらそう言った。



 ***



 客間らしい場所に通された。

 畳の間だ。椅子はない。上座と下座に一つずつ、座布団がある。部屋の中心にはいろりがあって、ごつい鎖につり下げられた茶釜が薪の炎にくべられていた。

 木と草の香りがした。


「座れ」


 言われたとおりに座る。

 ほどなくして金髪で着物を着た少女の小間使いが来て、緑茶に、あずきたっぷりのきんつばを出し、下がっていった。


「あいつは元気にしてるのか?」

「あいつ?」

「お前がベルゼビュートと言った奴のことだ」


 何だろう、このまわりくどい言い回しは。


「十日後、ええと、今からですと八日後に処刑をひかえています」

「……」


 正直に答えると、京四郎はなんともいえない顔をした。


「陛下とはどのようなご関係で?」

「表現しづらい。俺の話が記事にされて、不特定多数の奴らにおもしろおかしく消費されるとなるとなおさらだ」

「でしたら、この会話は記事にはしません。約束します」


 嘘ではなかった。

 私の性癖は、大物の悪党が死を前にしてどんな気持ちを抱くか知りたいというものであって、ジャーナリズムだとかの建前はこの際どうでもいい。


『私の話を聞きたいのなら、デスマーチについて調べてこい』


 そう言われたからここに来た。私は、魔王からの宿題をこなしたいだけだ。こなして、魔王への取材を続けたいだけだ。

 魔王へ、死ぬ前の気持ちってどんな感じなのですかと聞きたい。

 処刑直前のベルゼビュートの顔を、声を、感情の色を見たい。たくさんの人間を殺しまくっているクズ魔王様の処刑。どんなありさまになるのか、実に興味深い。

 死ぬ前に悟りきって諦めるのか、うろたえてぶざまに取り乱すのか。あれこれ妄想しただけでゾクゾクしてくる。


「気に食わねえツラしてやがる」


 なんじゃこいつ。


「ブスですみません」

「そういうこっちゃねえ。あいつが死ぬのが心底楽しいってツラしてやがる」


 ごめんなさい。

 あってます。

 はい、申し訳ありません。

 あってます。

 愛しの魔王様が死ぬときの顔を是非ともこの目で見たいです。死ぬ寸前のお気持ちを何が何でも聞きたいです。


「魔王が人類にしてきた仕打ちを考えれば、死んで喜ぶのも当然かと思いますが」

「すると何か。おめえ、こんな辺境くんだりまで来て俺に喧嘩を売りにきたのか」

「取材です」

「なら死んで喜ぶのが当然ってどういう意味だ。おい。あいつについて何も知らんくせに」


 知ってますよ。

 魔王がたくさんの人間を殺しまくっていることくらいは。


「知りません。知らないので教えていただきたい」


 首に、冷たいものが触れた。

 京四郎が抜刀し、刃の腹が私の首に触れていた。


「脅して黙らせるのがあなたのやり方ですか」

「見ず知らずの奴が来た。そいつは俺の親友がもうすぐ死ぬという。さらには、俺の親友が死ぬのを心底から喜んでいる。俺は不愉快だ。どこかおかしいところがあるか?」


 だからといって、刀を使って脅すのはおかしい。


「すみません。軽率でした」


 謝ったのは、脅されたからではない。京四郎の言い分もうなずけるところがあると思ったからだ。


「何が軽率だと認識してる? 言え。返答次第ではこのまま殺す」


 チクリとした。首筋に触れた剣の腹の角度が変わり、切っ先が少しだけ私の皮膚に触れているらしい。


「魔王がどんな存在であれ、魔王を親友だと思う人間の前でその死を冒涜するのは非礼にあたると、そう思いました」

「不愉快だ」


 首筋にある刃の冷たい感覚が離れる。京四郎の刀が鞘に収まっていた。抜刀もそうだったが、納刀の瞬間が見えなかった。

 頬がかゆい。

 冷や汗が吹きだして、頬からあごへと流れたからだ。


「てめえがあいつのことを何も知らんまま笑うのが不愉快だ」

「魔王について、何か教えてくださるので?」

「条件がある。誰にも喋るな。記事にもするな」

「すみません。ベルゼビュート陛下には話すと思います。それ以外には口外しないということなら約束できます」

「魂に誓って契約できるか?」

「誓いましょう」

「契約を破った場合、命で償うことになっても?」

「かまいません」


 そう、答えた瞬間。

 心臓に、何かがチクリと刺さった感じがした。

 驚いて、私は胸元を見た。

 目に見える刃物は刺さっていない。しかし違和感は残っている。


「契約を締結した」


 おごそかに、京四郎が言う。


「約束をたがえれば、心臓が破れてお前は死ぬ」

「ま」


 マジか。

 さすがは、魔王の知己というべきか。

 術式が見えなかった。無詠唱呪文?

 高位の魔族でも、こうまで短時間で、かつ鮮やかに、命を奪うレベルの呪術をかけられる奴はそういない。


「ちょっと、失礼」


 動転した気を落ち着けるため、茶を飲む。少し苦い。


「取材を続けてもよろしいでしょうか」

「ああ」

「ベルゼビュート陛下とはどのような関係で?」


 問いにはすぐに答えず、京四郎は茶をすすった。私は黙ってきんつばを口にした。甘くて美味しい。


「かつては戦友だった。戦闘担当の俺と、頭脳担当のあいつ。当時の人類では最強のコンビだった」

「当時の、人類?」


 どういうことだろう。

 その言い方だと、まるで魔王が人間だったように聞こえるが。


「グランベルドが死ぬまではな。あいつは人間だった」


 唐突に、先代魔王の名前が出てきた。

 魔界関係者のくせに、死ぬ、という不敬な口振りに違和感がある。陛下という尊称をつけず、名前を呼び捨てにする理由はなぜだろうか?


「何があったのですか?」

「グランベルドが死んだ直後、あいつは魔王に変態して俺の身体を奪い取った」

「はい?」


 話が怪しくなってきた。


「それは、性的な……?」

「アホか」

「いやその、すみません」

「今の俺のこの身体は、あいつが作ったレプリカだ。本物の俺の身体はあいつがどこかに封印してる」

「は、はあ。クローン培養をして脳移植したとか?」


 話を合わせるために、適当に言ったのだが。


「ま、概念的にはそれに近い」


 別の意味で、怪しい話になってきた。

 現在の魔王ベルゼビュートからの紹介でなければ、私は苦笑して席を立っていただろう。


「ベルゼビュート陛下は、なぜそんなことを……?」

「それだよ」

「どれです?」

「その、陛下って称号だ。お前、魔王になるにはどうしたらいいか知ってるか?」


 魔王に、なる?


「なる、とは?」

「魔王は、なるもんだろ」

「……?」


 わからん。

 魔王は、神崎恵那が認定する。

 なりたいからなるというものではない。


「魔王とは」

「うん」

「一つの時代につき一名、主神である神崎恵那が定めるものと存じていますが」

「ちょっと違う。半分はあってる。魔王は神が認定する。そこはあってる」

「残り半分の違いは?」

「認定基準がある。基準は、現役の魔王を殺すことだ。神崎恵那の役割は、魔王が死んだか死んでないか、それと誰が殺したのかをジャッジするだけだ」

「えーと、つまり。魔王を殺した者が、次の魔王になると?」

「そうだ」


 私は、魔界史をしばらく頭の中に思い浮かべ、京四郎の言葉と自分が知る史実とを吟味し。


「……なるほど」


 いろいろと腑に落ちた。

 納得できる。説明が付くのだ。

 十二使徒――最上位の天使たちが、魔王との直接戦闘を避ける理由が。

 彼女たちは、自分の手で魔王を殺したくないのだ。

 魔王を殺せば、殺した彼女が次の魔王になってしまう。それはすなわち、主神である神崎恵那の信徒でなくなることを意味する。魔王は神と対立する存在だからだ。

 信仰から外れた天使は、堕天使の烙印を押される。この上もない不名誉だ。

 天使であるならば絶対に避けたいことだろう。


「俺たちは先代の魔王、グランベルドの殺害に成功した。二度と復活できんようにきっちり殺した。そこでだ」

「ベルゼビュート陛下に、身体を奪われた?」

「そうだ」

「何のために?」

「俺を救うためだ」

「すくう……?」

「もしもあの時、あいつがああしてなかったら、俺が次の魔王になっていた」

「……」

「あいつは俺の身代わりになったんだ。女の身体を捨てて、俺の遺伝子をコピーして男になって。俺とすり替わることで魔王になった」


 ほら話、と断じることははばかられた。

 これは、神話だ。

 神話の御代を生きた者の貴重な体験談だ。


「俺は人間としての余生を、あいつは魔王としての治世を始めた。それからあいつとは会ってない」


 京四郎の話を、頭で組み立てて。

 私は、腑に落ちないことを聞いてみた。


「あなた方は先代の魔王と戦った。当時の頭脳担当のシュザンナさん――それが、現魔王のベルゼビュート陛下である、と」

「そうだ」

「そして貴方は、戦闘を担当していた」

「ああ」

「さすがに、その、魔王と戦えるようには、とても」


 言いづらいことだが、言わざるを得ない。

 目の前の男が強いのは分かる。私よりかは、はるかに強い。

 けれども、魔王――素手の一撃で惑星破壊できる生物――と、戦えるほどの器とは思えない。


「当時の俺は、人間じゃなかったからな」

「とすると、魔族か何かで?」

「ロボットだ」

「ロボ……?」

「俺は試験管で培養されて、産まれた直後に身体から脳と脊髄を取り外されてな。兵器の制御ユニットとして組み込まれた」

「……」

「シュザンナは、その兵器の最後のパイロットだ」


 そこから続いた彼の話は――。

 この世にある地獄だった。



 ***



 とても、おぞましかった。

 おぞましい話を聞かされた。

 これまで、いろんな星で取材を重ねてきた。

 虐殺、兵糧責め、バイオハザード、巨大災害。

 凄惨な現場はそれなりにみてきた。悲劇、惨劇への反応は、記者をやれば鍛えられるし、滅多なことでは動じなくなってくる。

 そんな私ですら、聞かされた話は耳を塞ぎたくなるものだった。

 人間の業とは、かくもおぞましいものらしい。


 デスマーチ、のこともあるが、その前の話だ。

 魔王ベルゼビュートと呼ばれし者の、あまりに哀しい過去の話だ。


 現魔王ベルゼビュート。転生前の名を、シュザンナ。

 彼――いや、彼女は、産まれたときから戦わされた。

 生後一時間の赤子の、零歳児の前にあったのは、無限の闇が広がる戦場だった。

 悪魔ディアボロ。

 殺戮兵器の名前だ。

 それは魔王グランベルドに対し、当時の人類が唯一持っていた対抗手段だった。

 彼女は、その最後のパイロットだった。


 彼女に与えられた選択肢は、二つだけだった。

 殺されるか、殺すか。

 自分が殺されるか、自分以外の全てを殺しつくすか。


「”それでも、京四郎よりはマシだろう”と、あいつは言ったよ」


 榊京四郎が、苦く笑う。


「”お前は選べなかったんだからな”だとさ。馬鹿め」


 その笑いは自嘲なのだと、鈍い私でもわかった。

 京四郎の生い立ちは、彼女よりもさらにひどいものだった。

 産まれた直後に、身体をはぎ取られたのだから。

 彼は脳と脊椎を摘出されて、ディアボロの制御ユニットとして改造されたのだから。

 彼には、戦うこと以外に何もできなかった。


 勇者が進むデス・マーチ


 自分以外のすべてを生け贄にして、産まれながらに殺された勇者たちが進み続ける。

 止まれば、代わりの誰かが殺される。


 なるほど、理解できた。


『貴方はもうすぐ死ぬわけですが、どういう気分ですか?』と、問いかけた時の、魔王の答えの真意を。


『呼吸をする時の気持ちを聞くようなものだ』という、魔王の答えの意味を。


 彼女は何度も死んできた。

 同じ数だけ、生き返ってきた。


 悪魔ディアボロの切り札、デスマーチ。

 それは、誰にも制御できない禁断の呪文。

 人間に扱える代物ではないし、天使や竜、魔王の手にも余るだろう。神ですら、現状維持以外の何もなしえていないのだ。


 その詳細は、ここには記さない。約束のこともあるが、それ以上に知らなければよかったという気持ちの方が強い。可能ならば忘れたい。京四郎の口から聞いたことを。

 デスマーチがもたらす地獄のことを。


 ともあれ、分かったことがある。

 京四郎、そしてそのパートナーたる現魔王、ベルゼビュートは、かつて宇宙にいる生きとし生ける者を殺し尽くした。

 主神の神崎恵那を除く、全ての生物を。


 あと数日で、神が魔王を処刑する。

 天使、魔族から距離を置いて中立のはずの竜族が、死刑執行に荷担するという。

 それは、魔王が邪魔だからとかいうレベルの話ではない。

 ベルゼビュートが死ぬか、全宇宙が死ぬか。

 そういう話だ。

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