第4話 取材六日目(処刑の五日前)、モチベーション
どうにも。
やる気が失せてきている。モチベーションがわいてこない。
どうしたものか。
いや、理由はわかっているのだ。
怖いから、とか。身の危険があるから、とか。そんなありきたりの理由だったのならどれほどよかったことだろう。
やる気が薄れているのは、別の理由からだ。
すなわち、
私の性欲が、
私が好きなのは、横暴で邪悪な権力者が好き勝手やらかしたあげくに処刑される時の無念の顔であり、因果応報に際してぶざまにわめく遺言だ。
”あなたは今から(あなたが殺した人たちみたいに)死にますけどどんな気持ちですか?”と、すっきりはっきり清々しい顔で聞いてみたい。
しかし、今回のケースはどうなんだろう?
産まれてすぐに、脳みそを摘出されて兵器の制御ユニットにされた男、
産まれてすぐに、兵器に適応するよう肉体改造された少女、シュザンナ。
彼らは、好き好んで人殺しをしたわけではない。
私利私欲のためでもない。
ただ、そうしなければ死んでいた。
全人類を殺さなければ、彼らが生きる方法はなかった。
はた迷惑な話だが、自己中心的だと断罪するほどに私は偉くはない。
彼らの場合、デスマーチの力のために仮に自殺しても生き返ってしまうし、犠牲者の数は変わらなかっただろう。つまりは彼らが生き残るということは決定していたし、当時の人類は彼らがデスマーチを手にした時から詰んでいたのだ。
気乗りしない。
呪いによって産まれ、友を守るため犠牲になった哀しい女。
そんな者の死に様なんぞ、見たくもないし聞きたくもなかった。
それでもこうして取材を続けるのは、
誰にも言えぬ、記録にも残さぬ話ではあるが、結末は見届けるべきだと思った。真実を、天使たちが記す歴史に塗りつぶされないために。
「約束通り、京四郎に会ってきたようだな」
思索するうちに、私は魔王の面前に来ていたらしい。
断ち切られた思考の糸を横に置いて、私は笑ってみせた。たぶんその笑顔は、すぐに作り笑いと
「お分かりですか?」
「見れば分かる」
チクリと、胸が痛んだ。心が痛んだわけではない。精神的な理由ではない。物理的に痛い。なんか刺さってる気がするし、刺さったものがぐりぐりと動いている気がする。
あれ、これって本当にどっか怪我してません?
「あ、ひ?」
変な声が出る。痛い。
「ひ、は?」
涙が出てきた。痛い。マジで痛い。
魔王が、右手の指先をこちらに向けていた。
人形遣いが、からくり糸を繰るような指使いだ。あるいは影法師が影絵を作るときのような。
「あいだだだだだだ」
痛い。いろんな意味で。
国家元首を相手にするための一張羅、つまりスーツが破損している。ボタンがはじけてる。これ、セミオーダーでけっこう高いのに。
あと胸が痛い。どれくらい痛いかというと、ぜんそくの発作で咳をしすぎて肋骨が折れて響いた時くらいの。痛みの段階がレベル十まであるとすると、レベル五くらいの。
我慢できるけどかなりしんどい痛みだ。
「落ち着け、あと五秒で済む。三、二、一」
「あっ」
痛みが引いた。
胸元がゆるんでいるので手でおさえる。まさかとは思うが、私を性的に襲うつもりは……ないな。
「突然ですまんな」
魔王が、パチンと指を鳴らした。
私の服が再生した。ボタンも破れた布も元通り。まるで手品だ。
「なにをされたので?」
「おまえ、京四郎から何かされただろう?」
聞いているのはこちらなのだが。
「は、はあ。はい。確かに」
そう思いつつも、心当たりがあったのでうなずく。私が取材で聞き知ったことを口外しないよう、彼は私に呪いをかけていた。
「
「はあ、なるほど」
回りくどい真似を、と思ったが。
魔王は処刑を間近に控えた虜囚なのだからそのくらいの偽装は当然のことだろう。知らない間にメッセンジャーにされたのは不愉快だが、それはそれとして。
「本当に宿題をやってくるとは思ってなかった。なかなか見かけに反して根性がある奴だな。私の部下になって魔界で働いてみる気はないか?」
「あのう。どうしてでしょうか?」
礼に失するとは思いつつ、私は返事を保留して疑問を口にした。
「うん? 有能な者を部下にしたいというのはおかしいかね」
魔王ほどの天上人の口から有能、と言われてとても背中のあたりがこそばゆい。私は単なる変態なんですが。
「いえ。そうではなく。分からないのです。どうして魔王様は、人間を養殖して刈り取るようなことをされているのですか?」
魔王が人間だったころの半生を知った今の私には、どうしても分からなかった。
人類の守護者として魔王と戦った者が。
誰よりも魔族を憎み、誰よりも魔族を殺してきた者が。
魔王になったというだけの理由で、人間の命を軽んじておもちゃにし、魔族を優遇するようになるものだろうか。
「いろいろと試した結果さ」
人体実験をしてきたってことか。
「今のやり方は、
やっぱり。
こいつは駄目だ。
凄惨な過去を聞いて同情した私が馬鹿だった。
魔王は人間を食い物にするクズだ。殺されてしかるべき奴だ。
「わけがわかりません。悲劇が少ない? ゼロにする方法があるでしょう。人間を食うのをやめればいいだけではないですか」
「私も昔はそう思っていた。まあ、それができんから魔族なんぞやっとるわけだが。言っておくが、私は人間を食わんし食うつもりもない。私の側近もそうだ。しかし大多数の魔族はそうではない。どうしてだろうか? 考えたことはあるか?」
魔族が人間を食う、その理由を考えたことはあるか?
考えたことなんてない。けれども、問われてみれば答えはすぐに思いついた。
「他の物を食べられないから?」
「そう。どうしてだと思う?」
「いや、そこまでは分かりませんが」
「進化だよ。魔族はとある生物が進化した成れの果てだ」
いい加減、クイズにつきあうのもうんざりしてきたんだが。
「数万年ほど“とある生物”が人間を食うのを繰り返すうちに、人間だけしか食えないような進化をしてしまった。それは私がそう仕向けたわけではない。自然淘汰の結果そうなってしまったのだ」
「ならばその、人間を好んで食べる生物を駆逐すればいいのでは」
「うん。やったよ。魔王になってから何度もな。ちなみにその“とある生物”の名前は、“
「……」
意味が分からない。
魔王の言葉は耳に入るが、理解できない。私の脳が理解を
魔王の声は耳を通して頭の中に入っていったが、その情報をそしゃくして意味を脳にインプットするのを、私の感情が全力で拒絶していた。
「人間に時間を与え、生物の頂点として
魔王は、私にかまわず
「……」
「食うまではいかずとも、食い物にするという状態はよくあるだろう? 奴隷制の話とか。同じ人間なのに、人間扱いされず動物として酷使されるような仕組みとか。あるいは、小銭欲しさに親が子を売り飛ばす話とか」
「……」
魔王が、小さく息を吐いた。
「殺したよ。魔族も、人間を食い物にする“魔族になりかけ”の人間も全部。魔王の力を使えば簡単だった。殺して、殺して、殺した。何万年も、何十万年も。ある星で殺して、別の星で殺して、目につく魔族は全部殺した。私にはそれができた。だが、無駄だった。どうしても産まれてくるんだ。人間を食い物にする人間が」
「……」
「それでは、人間を残らず殺すか? それも意味がない。だいたい二百万年くらいの時間があれば、猿から進化して人間が産まれるのだ。人間が暮らせる環境の惑星が五千個あるとしたら、平均して四百年に一度絶滅させねばならん話になる。それでもやるのか? 殺すのか? 私と京四郎が先代魔王を殺した際、とばっちりで宇宙に存在する人類の全てを絶滅させたように」
「……」
「疲れたよ。うんざりした。さりとて、人間を食う連中をそのままのさばらせておくわけにはいかん」
「……」
「次に私は、魔王として魔族を従えた。法を作った。人間を不要に虐待せぬように戒めた。その代償に、食料としての人間を定期的に供給することを約束した。それが今の私の統治だ」
それでも、魔王は人殺しだ。
頭の中の私が、怒れと言っている。怒りを絶やすなと。
「ごめんなさい」
けれども、口をついたのは真逆の言葉だった。
「謝られる筋合いはないな。何をどう取りつくろおうが、私は人殺しだ」
「それでも、すみません」
私の考え方は間違ってない。魔王はクズだ。
普通の感覚なら、絶対に私の方が正しい。魔王は人間をおもちゃにするクズだ。
けれども、生物としての尺度が、我々とは違う。
私たちはせいぜい千年くらいの期間で物事を考えるが、魔王は数千万年以上生きる。猿から人類へ進化し、人類から魔族へ進化するのを、魔王はつまびらかに見てきた。防ごうとしてきた。
そうして試行錯誤した結果が、今のやり方だという。
違う、といいたい。
間違っている。もっといいやり方があると。
ではそれは、具体的にはどういうやり方なのか?
反論とは、きちんとした根拠に基づくものでなければならない。
その根拠が、今の私にはない。
ならば、これまで魔王に抱いていた私の怒りは、魔王は人間を虐げる悪逆非道なる存在であるというレッテルは、筋違いな逆ギレということになる。
「別に構わんさ。他人に嫌われるのは慣れている」
魔王は、私の葛藤を見透かしていたのだろう。興味がないとばかりに話を区切った。
「ときに、
「ありがたい申し出なのですが、その、すみません」
不思議だが、魔王様はすこぶる上機嫌だ。
処刑されるまであと数日だというのに私をスカウトするとは、生き残る算段があるからだろうか。
「ふうん。残念だな。まあいい。それで。初めの取材内容は……ええと、なんだったかな?」
「もう、いいのです」
「うん?」
「私は、陛下が死を前にして、何を感じどんな言葉を残すかを知りたいと思っていました。ですが、取材を通して分かったのです。陛下は私が考えていたような悪しき権力者、邪悪な独裁者とは違っていました。罪のない方の生を、おとしめるような質問はしたくはありません」
「まてまて」
魔王が首を傾げる。
「何をどう
「殺さざるを得なかったからと伺っています」
「京四郎からか。それとも今の話か。そうだな。卿がそう感じたのならそうなんだろう。まあ、いい。卿と論争するつもりはない。しかしな」
仮面をつけた魔王の唇が、笑う形につり上がった。
「私は宿題を出した。卿はそれをこなした。なのに褒美を受け取らない、では収まりが悪い。何か望みはないのか」
妙な流れになってきた。
魔王ほどの者から、望みを叶えてくれると言われるとは。
欲しいものはいろいろある。大家から
「できれば」
「うん」
「生きていただきたいです。人が、筋違いな汚名を背負わされて死ぬのは見るに耐えない」
「そいつは難しい話だ」
く、く、く、と魔王が口を閉じながら笑う。
「いや、失礼」
短い謝罪とともに、笑いが収められた。
「なかなかどうして。記者というのは他人のプライベートを嗅ぎ回ってはおもしろおかしく脚色して消費するクズばかりと思っていたんだが。意外に面白い奴もいるんだな。すまなかった。見くびっていたよ」
言葉だけを文字起こししたのなら、謝罪の形をとった当てこすりとしか見えないだろう。けれどもこの時、私は魔王の言葉に率直な謝罪の意を感じていた。
まあ、なんだ。
国家元首に頭を下げられることは、この先の生涯で二度とないと思う。
いやな気分ではなかった。というより、この時点で私は彼?のことを好きになっていた気がする。
「私の処刑まで、あと何日ある?」
「五日……四日と十三時間です」
時計を見ながら言った。
「四日。その間にできる範囲でいい。誰が私を殺したがっているのか調べてくれ。容疑者は主神の
「そのメンバーを容疑者に選んだ理由は?」
「今の宇宙で、他に私を殺せる奴はいない」
素手で惑星破壊できる生物は、スケールが違う。
「分かりました。できる限りやってみます」
「頼む。相手が相手だけに身の安全は保障できん。わりにあわないと思ったらすぐに手を引いてくれ。かようにくだらぬことで死なれてしまっては寝覚めが悪い」
魔王の処刑は、くだらないことではないと思うのだが。
「はい、気をつけます」
「ああ、それと。取材には何かにつけ金がかかるだろう」
心を読まれた……わけではなく、
現行の魔王たるベルゼビュート陛下は、他人をただ働きさせるのを嫌う。ただより高いものはないからだ。
「私が私的に
どうしよう。
私、今、すごくやる気になってきてる。
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