ピアノ
進路に向けて、本格的に考えなくてはならない。
たぶん、他の人よりもずっと早く。
高校二年生になって、少し経つ。
他の人はざっくりと「大学に行きたい」とか、「専門学校に行きたい」とか決めるのだろう。
私は決まっていた。
「音楽大学に入りたい。」と。
将来は演奏家になりたい、というざっくりとした希望があった。
特に母は習い事には熱心で、ピアノを弾く私をよくアドバイスしたりしてくれた。
母の喜ぶ顔が、私は見たかった。
中学生の時にはピアノコンクールに挑戦して、入賞すると、さらに喜んでくれた。
だから私はこれからもピアノを弾くんだ、と思っていた。
「違うでしょ。そこはフォルテ。はい、じゃあここからもう一度弾いてみて。」
「はい。」
そう、今も。コンクール前の厳しいレッスンが、待ち受けていた。
「そんな弾き方じゃだめよ。やり直し。」
こんな日々が続くから、私はたまにわからなくなる。
私はピアノが好きなのか。
私は音楽が好きなのか。
どうして音楽に優劣をつけるのか。
バッハやモーツァルトは好きだけど、私はたまにわからなくなる。
和音がいくら綺麗でも、私は綺麗な心でピアノが弾けていない気がする。
だからぶつかり合うくらいがいい。
そう思っていた。
「城之内ってなんかピアノに表情が出るんだな。」
ある時に言われた。
音楽室で過ごしていたクラスメイトに。
「大丈夫か。」
「え?」
「凄い顔で弾いてたけど。まあ確かにすました顔で弾く曲でもないだろうけどさ。」
「そんな・・・・そんなことないよ」
「そうか?」
「そうだよ!」
私は、ピアノに表情が出るんだ。
そんな事考えたことも無かった。
いつもレッスンでは楽譜通りに弾くことが大切で、間違えない事が大切で、音を鳴らしていくことが大切で、感情のことを考えたことなんて無かった。
「なあ、俺もなんか弾いていい?」
彼は言った。
そして、ピアノに指をおいた。
息を吸って、ピアノを弾き始めた彼の音色は、穏やかで優雅で滑らかだった。
ドビュッシーのアラベスク第1番。
流れるようなメロディは波のように美しかった。
ひとつひとつの音が均等によく鳴っていて、丁寧だった。
「城之内、どうした?」
声をかけられて我に返ると、私は涙を流していた。
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