第14話 釈然としない。

小野田義一郎殺害については、すべて知られている小野田の口封じである。

『そんなことに、なぜ部下で

 教え子の桜井常吉君を。』

『いや、彼はハルシオンを処

 方させただけです。

 事件とは関係ありません。』

なるほどと勘太郎は頷いた。

自分だけでは、少し不足したのだろう。

『それにしても、なぜ薩摩示

 現流に、これほど幕末の関

 係者が集まったんでしょう

 ねぇ。

 場所柄と、捜査に浮かぶ人

 達から、幕末の人間関係が

 、何か鍵になると考えてた

 んですけどねぇ。』

永倉は、不思議そうな顔をした。

『ご存知なかったんですね。

 田中新吉さんは、幕末四大

 人切りの田中新兵衛の子孫。

 あなたは、新撰組の永倉新

 八の子孫。』

そこまでは、永倉新吉も知っている。

『小野田さんは、白虎隊二番

 隊隊長の安達義一郎の子孫。

 桜井常吉君は、赤報隊の桜

 井常五郎の子孫です。』

さすがの永倉も吹き出して笑うしかなかった。

薩摩と新撰組に会津と赤報隊とは、官軍と幕府軍が入り乱れてしまっている。

『何か、節操のない一団にな

 ってしまいましたね。』

そう言って永倉は笑った。

『おいおい・・・

 君達のグループやないか。』

永倉の自白自供によって、幕末は、さほど大きな意味はなかったことがわかった。

幕末の軍人と歴史上の剣豪を手繰ることで、解決に向かったので意味がなかったとは言えない。

しかし、その意味を犯人が知らなかったという。

あくまでも偶然の解決。

勘太郎の報告により、本間は鹿児島県警察に田中新吉の身柄拘束を依頼した。

鹿児島県警察の取調で、田中は簡単に自供した。

10代後半だった永倉を、田中の剣道道場に誘ったことでお家騒動のシナリオを思いついた。

10年以上もかけて、永倉を洗脳してきた。

田中にとって永倉が新撰組の上役の命令は絶対という意識を植え付けられていたことが幸いした。

元々、洗脳されやすい教育を受けていた。

田中の取調が鹿児島県警察によって進み出したと同時に京都府警察から、護送のために5人の刑事が鹿児島県に向かった。

木田は、護送班のリーダーを小林に命じた。

小林が率いる護送班、鹿児島県に到着して1晩を鹿児島市内で過ごすことになったが、全員宿舎になったホテルから1歩も出ようとしない。

翌日の護送は、殺人事件の首謀者なのだ。

緊張で、眠れない夜になった。

田中を連れて帰還した護送班の疲れぶりを見た木田と勘太郎は、苦笑いした。

『お前らなぁ。

 犯人といっしょの時だけ

 緊張する。

 んな程度のことが・・。

 とにかくお疲れさん。』

と笑いながら労う木田と勘太郎。

本間は、ニコニコ微笑んでいるだけ。

一方、永倉は、まだ田中をかばい続けている。

実行犯は、たしかに永倉で間違いないだろう。

物的証拠や状況証拠も揃っている。

しかし、永倉では、動機が弱過ぎる。

本人の自白自供はあっても、裁判で否認されかねない。

いろいろ捜査した結果、師弟関係による命令系統が浮かんできたのだが、単なる命令で、侍と呼んで良いような永倉が、殺人まで犯すものだろうか。

取調室に入った田中新吉。

勘太郎に1枚の書類を提出したいと申し出た。

本間と木田も同室の上で、勘太郎が、その書類を受け取った。

師弟契約書と銘打たれていた。

薩摩示現流への入門と師弟関係の制約と、師匠の命令は絶対とする制約が記載されている。

『これを振りかざして、私が

 永倉を陥れたんです。』

田中の供述を聞いた永倉新吉は。

『違う。

 俺が勝手な私利私欲でやっ

 たことです。

 師匠は、関係ありません。』

絶叫したが、さすがに誰も聞かなくなっていた。

『永倉君・・・

 田中にも武士の意地がある。

 薩摩武士の魂がある。

 最後に、彼の潔さを認めて

 やれへんのか。』

勘太郎に諭されて、永倉は、ようやく落ち着いた。

『刑事さんに、武士の魂を言

 われるやなんて。

 刑事さんも武道を。』

永倉は、最後の質問のつもりだった。

『柳生新影流の真鍋です。

 真鍋勘太郎。』

勘太郎の返答をすべて聞かずに、永倉が号泣した。

『えっ・・・

 真鍋先生だったんですか。

 良かった。

 先生のような方に逮捕して

 いただけて。』

勘太郎に逮捕されたことを喜んでいる。

刑事と犯人という正反対の立場でなければ。

と、本間と木田が、項垂れる勘太郎の肩をポンポンと叩いて取調室を出た。

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京都グルメ探訪殺人事件 近衛源二郎 @Tanukioyaji

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