第13話 落としの勘太郎

こうなると、永倉新吉としても、観念せざるを得ない。

最近の勘太郎、静かに責める。

証拠と状況を突き詰め、犯人の言い逃れる術を奪ってしまうやり方になった。

本間と木田は、この方が犯人にとっては恐ろしいと思う。

逃げ道も、退路も、もちろん前進もすべて奪ってしまう。

反論も何も出来なくなった犯人は、うなだれて泣くしか出来なくなる。

人間にとって、精神的に責め続けられる恐ろしさははかりしれない。

『まったく、最近の勘太郎、

 理路整然の落としが益々。

 凄味が増して来とるなぁ。』

本間はため息をついた。

本間と木田の後ろを小林が歩いていた。

『俺、勘太郎先輩のような刑

 事になりたいです。』

『無理言うな。

 あいつは、今や超一流の

 落とし屋やで。

 取調室の可視化が進んでる

 さかいに、あのやり方が、

 主流になるんやろうが。

 お前の目標は、勘太郎か。

 ええところに目をつけた。』

木田が。小林をほめた。

だが、だからと言って、勘太郎の真似をさせる気にはなれない。

夕方、木田は勘太郎に剣道の稽古相手をさせていた。

剣道場には、腕に覚えのある剣士が集まってきた。

剣道3段の小林も見守っている。

自分では、到底木田の稽古相手にはなれない。

それを、勘太郎が、という変な自負があった。

木田と勘太郎が対峙したとたん、剣道場が凍りついた。

『真鍋って、あんな凄い剣士

 やったんか。

 隠してやがったな。』

皆、仰天している。

小林は、腰を抜かしていた。

『勘太郎先輩って・・・

 俺、本気で憧れます。』

『アホ言え・・・

 あいつ、もう化け物のレベ

 ルやで。

 お前が、なんぼ頑張っても

 追い付けるかなぁ。』

木田は、小林が勘太郎に憧れるのは理解できるが、勘太郎を追い掛け過ぎると挫折するのではないかと心配している。

さてさて、観念したとたん、留置場に戻された永倉は、翌日に備えて、話し方を考えている。

取調室の可視化は、捜査官には、不当捜査だの自白自供の強要だのの証拠になるようになったが、犯人にとっても、下手なことは言えなくなった。

ましてや、相手は勘太郎である。

何を話しても、見透かされているような気がする。

『永倉さん・・・

 なぜ、あなたが薩摩示

 現流を。

 元々は、馬庭念流で、イン

 ターハイでは、ベストエイ

 トの実力やったとか。』

この男、どこまで調べてると永倉は思った。

『おっしゃる通りです。

 ただ、たまたま合格した大

 学が、鹿児島大学の薬学

 部で、下宿の近所の道場で

 田中先生に誘われました。』

なるほど、剣道に飢えていた永倉は、田中新吉の誘いに乗ったのであろう。

それで、元々実力のある永倉が、メキメキ腕を上げて田中道場の師範代になったという経緯だろう。

『で、東郷元春さん殺害は

 なぜ。』

勘太郎は、単刀直入に出た。

永倉も日本の剣士なら、もう潔く話してくれると思った。

『元春先生が亡くなれば、高

 春先生が示現流総帥になれ

 ます。

 そしたら、ご家老の田中先

 生が師範代になれて、僕も

 師範になれます。』

永倉も潔く話したとは言え、私利私欲丸出しの動機。

勘太郎は、少しひっかかった。

永倉は、けっこう潔いと思っている。

それほどまでに私利私欲が強いとは、思えない。

ただ、それはそれとして、次に現場のなぜを確認することにした。

『元春先生と小野田さんが、

 同志社大学やったからという

 ただそれだけでした。』

東郷元春と小野田義一郎の出身校が、同志社大学だったために、創始者新島譲と妻の八重の近くに眠らせたという。

そんな心遣いができる永倉が自分の意志で、たいして大きくもない薩摩示現流師範になるために殺人を犯すだろうか。

師範と言っても、流派第4位である。

それほど大きな利権はない。

なぜなら、現在でも流派第5位にいる永倉にとっては、ほんの少し、門弟が増える程度のことでしかない。

殺人という大きな罪を犯して、逮捕されてはもとも子もない。

そこまでのリスクを考えないほどのメリットはないはずである。

それでも、永倉は東郷元春と小野田義一郎の2人を殺害した。

医療従事者という、人の命を守る立場にいる永倉が、である。

勘太郎は、そこに少しひっかかったのである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る