第12話 鍵は幕末に

勘太郎は、京都に帰ってからも、こんがらがった考えを解きほぐそうと喘いでいる。

若王子という場所は、犯人にとって、何か意味はあったのであろうか。

新島譲と八重夫妻の墓はある。

幕末や維新という明治初期に活躍はしたが。

軍人でも剣客でもない。

どうやら事件の関係者は、幕末維新の軍人と剣客の関係者が集まっている。

どうやらその辺りの師弟関係や主従関係に鍵があることは間違いなさそうだ。

『桜井も、幕末の軍人です。

 赤報隊の別動隊の隊長。

 桜井常五郎の子孫。』

勘太郎の相談を受けた本間は刑事が、困った時によくやる手法を木田に命じた。

事件の糸を最初から手繰るために、木田と勘太郎は佐武と共に若王子の溜め池に向かった。

困った時は、現場からだ。

刑事達は『現場100回と言っている。』

今回の事件、まだ3回目の現場である。

今回は、木田と勘太郎も鑑識の作業服を着ている。

もちろんゴムの長靴に履き替えた。

京都市立第三錦林小学校の横の消防署に、鑑識車を停めさせてもらった。

琵琶湖疎水若王子溜め池の鉄扉の前に軽ワゴン車が駐車していた。

青と黄色のツートンカラーで黄色の部分に赤文字で店名が、字の中が、白く抜かれている。

かなり派手な車である。

木田と勘太郎の胸には、まさかという思いがあった。

その思いが的中した。

その軽ワゴン車の店名は、小野田キーロックとあった。

木田と勘太郎の頭には同じことが浮かんだ。

手間が省ける・・・。

軽ワゴン車の陰に、鍵を掛けようとしている男がいた。

『小野田義一郎さんですか。』

勘太郎が呼びかけた。

ビクっと驚いて振り向いた男は、小野田義一郎ではなかった。

木田が、溜め池を覗いて。

『勘太郎・・・

 そいつ、逃がすな。』

言われなくても、既に地面に押さえつけている。

『サブちゃん・・・

 警部に応援依頼してくれ。

 死体遺棄事件発生。

 容疑者確保中や。』

佐武が、慌てて本間に電話。

数分後に、サイレンの音が聞こえて、川端署のパトカーが数台集まって来た。

軽ワゴン車が出られないよう、パトカーで取り囲んで、制服警察官が、男に手錠を掛けて、パトカーの後部座席に押し込んだ。

『離してくれ。

 俺は、犯人やない。』

男は、叫んでいる。

『みんな、そう言うんだよね。』

木田と勘太郎が嘲笑う。

『京都府警察捜査1課凶行犯

 係係長木田警部補です。

 あなたのお名前は。』

『小野田義一郎。』

男は嘘をついた。

『おかしいなぁ。

 小野田義一郎さんの写真と

 えらい違うんやけど。』

男が顔色を変えた。

『署の方で、詳しく聞かせても

 らいましょうか。』

木田の静かな口調が、かえって厳しさを物語っている。

勘太郎と佐武が、溜め池に浮かぶ死体を引き揚げた。 

『このご遺体。

 小野田義一郎さんです。』

こうなると、男は暴れる気力もなくなる。

『こいつら、なんで小野田を

 知っとるねん。

 どうやって誤魔化した

 ろう。』

さしずめ、男の頭の中ではこんな考えが巡っている。

しかし、そうは問屋が卸さない。

木田が取調室で、男の話しを聞いてみた。

話すわけはない。

木田にしてみれば、わかっていながらの時間稼ぎにすぎない。

その間、勘太郎が東郷高春にFAXを送って確認を依頼。

いつもながら、解答を得るまでに5分とかからなかった。

勘太郎・・・

取調室に入って。

『黙秘、お疲れさんです。

 永倉新吉さん。』

言い当てられた男、ドギマギして、驚いた表情で勘太郎を見た。

『薩摩硫黄島の西郷俊彦さん

 とは剣道の稽古して頂いた

 こともある仲でして。

 先程、東郷高春先生に、あ

 なたの写真見てもらいま

 した。

 残念ですけど、誤魔化しは

 無理でした。

 で、小野田義一郎さんのご

 遺体をなんであそこに。』

棄てるためなのだが。

『前に、元春先生のご遺体を

 棄てた時に、道順とか鍵の

 置場所とか見てて。

 他に知らんから。』

永倉は死体遺棄で逃げきるつもりになっているようだった。

殺人犯人と死体遺棄犯人では、禁固刑になっても、年数が大きく違う。

たしかに、永倉の考え方は間違いではないのだが。

木田と勘太郎は、そこまで甘くはない。

『東郷元春さんの時は、ビール飲ませてハルシオンで深く眠らせて、余呉湖に突き落として、今回の小野田義一郎さんには、単刀直入に青酸カリですか。

お薬に詳しい人の犯行丸出しですよね。』

永倉は、また黙ってしまった。

この2人、どこまで知っているのか、まったく得体がしれない。

『申し遅れましたが。

 こちら、北辰一刀流の木田

 先生。

 私は、柳生新陰流の真鍋と

 言います。

 薩摩示現流の幹部の皆

 さんとは、昵懇にしてもろ

 てます。』

その話しは、永倉も耳にしていた。

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