第9話 幕末人切りの影

旅先での友人との語らいにビールを飲んだとしても、なんの不思議もない。

ところが、そこにハルシオンというベンゾジアゼピン系睡眠導入薬が入っていた。

昔、悪い男が女の子を騙して、暴行するために使った手法。

『錠剤を増やして、気絶させ

 たか。

 下手したら、それで死んで

 しまうやないか。

 薬に詳しい奴が仲間にいる

 のんか。』

本間の疑問は当然だった。

しばしば睡眠薬自殺に使われる薬剤である。

アルコールで効き目が倍増倍速する。

ビールを飲んで、この薬は、1歩間違えば即死しかねない。

即死させてしまっては、証拠の隠蔽のために用意したシナリオが計画倒れになる。

あっという間に犯人がバレてしまう。

したがって、眠らせて湖に突き落としても目が覚めないという。微妙な量を飲ませなければならなかった。

しかも、本人や同行の者達にわからないように。

本当に、そんなことが可能なのかは、検証が必要。

今は、防犯カメラ映像から東郷元春をボートに乗せた人物の特定が急務である。

東郷元春は、ボートに乗るまでは、意識があったという事実が写っている。

そうすると、睡眠薬の量の調節は益々微妙になっていく。

かなりのプロがいたとしか思えない。

京都に戻った勘太郎は、防犯カメラの映像から東郷元春とボートに乗り込む人物が写っている場面をプリントして高春にファックスした。

勘太郎の考えでは、高春とて仕事もあれば、用事もある。

返事は、半日くらいと考えていた。

ところが、1分も経たないうちに、捜査1課の電話が鳴った。

『永倉英一です。

 田中新吉の付け人の。

 つまり、私の家老の付け人

 いうことになります。

 松前藩の永倉新八という武

 士の子孫ということです。』

勘太郎は、あまりの矛盾に絶句した。

『いかがなさいました、真鍋

 先生。』

東郷高春にしてみれば、しごく当たり前のこと。

薩摩武士が、そんなことを気にするはずはない。

『永倉新八とは、新撰組の何

 番でしたか、小隊を率いる

 隊長ですよ。

 沖田総司らと並び称さ

 れる。

 それが、幕末4大人切りの

 子孫の付け人とはまた、え

 らい皮肉な。』

勘太郎の言葉に、高春も失笑するしかなかった。

『それから真鍋先生・・・

 永倉英一は、薬剤師ですよ。

 大学病院に勤務する薬学の

 博士号を持つ、薬学博士。』

高春にとっては笑っていられる状況ではない。

自身の傘下の人間によって、元春が殺された可能性が極めて高いような気がする。

勘太郎は、このことを本間と木田に報告中。

そんな中、鑑識の佐武が呼びに来た。

『勘太郎・・・

 申し訳ない。

 付き合うてくれへんか。

 念のためやけど。

 レンタカーの貨物車の荷

 台に、人間の髪の毛みたい

 なもんが付着してるて、通

 報があった。』

通常の使用では考えられない量だとレンタカー業者は言っているとのこと。

いつも振り回している佐武の頼み。

勘太郎は、本間と木田に了解を得て同行することにした。

京都中央レンタカーという。地元の小さな業者。

車の清掃をして、気がついた。

『ここです。

 ネジが1本緩みかけている

 んですが。

 それに、人間の髪の毛が。』

佐武が見ると、たしかに人間の髪の毛に見える。

かなりの量が絡みついている。

『普通に、こんだけ抜けたら

 、痛いで。』

勘太郎に見せた。

佐武と勘太郎は、顔を見合せた。

どうやら同じことを考えたようだ。

『社長・・・

 この車、しばらくお預かり

 できませんか。』

勘太郎が社長に頼むと、社長は、1も2もなく了解してくれた。

『あと、最後にこの車を借り

 たお客さんのわかる限りの

 ことを。』

これも、社長は快諾してくれた。

『もし、変な事件に巻き込ま

 れてたら、教えて下さい。

 そんな車をお客さんに貸し

 出しできませんので。』

勘太郎と佐武は、なるほどと思いながら、社長に深々とお辞儀をして、車を京都府警察本部の鑑識課に持ち帰った。

佐武は、持ち帰った髪の毛を急いで鑑定。

勘太郎は、最後に借りた客の書類を見つめている。

小野田義一郎とある。

『本籍地は、福島県の人か。

 関係なさそうやな。』

その時、佐武が慌てて飛び込んできた。

『勘太郎、えらいこっちゃ。

 あの髪の毛。東郷元春さん

 のやった。

 あの車、東郷さんの遺体を

 運んだ車や。』

とんでもない証拠物件が、いきなり出てしまった。

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