第8話 九州大帰し

昔、本能寺の変直後の豊臣秀吉による中国大帰しではない上に、はるかに遠い。

九州鹿児島からの大帰し。

『東寺の五重の塔を見て、

 帰ってきたぁ。

 と思うようになると年寄

 りか。』

本間がしみじみと言った。

『木田・・・

 お前、そろそろ昇進試験受

 けろ。

 お前が受かったら、すぐに

 俺のイスを譲って、俺は隠

 居や。』

『何を弱気な。

 俺は、まだまだ勘太郎とア

 ホやってる方が良いです。』

木田は、なんだかんだ言ってはいるが、ようは、本間が好きなだけで、まだまだ、いっしょに仕事していたいだけなのだ。

それは、勘太郎も同じこと。

ただ、勘太郎の場合、木田に対しても、同じような思いがある。

そんな3人だからこそ、全国的に知られる名トリオになったのだと本間は思っている。

勘太郎は、新大阪を出た時に、レストラン余呉湖に連絡して、明朝の訪問を頼んでいた。

京都府警察本部では、予定よりはるかに早く、本間達が帰ってきたので、大騒ぎになっている。

『流石にプロのプランです

 ねぇ。

 鹿児島市中心部から5時間で

 帰ってきましたよ。』

勘太郎は、驚きを隠せない。

飛行機で、3時間くらいとは言うのだが、現地で空港までの時間と空港での待ち時間と空港からの時間を足せば、新幹線の方が速い。

ということで、京都府警察本部捜査1課が大騒ぎになった。

とはいえ、3人は翌朝に備えて、すぐに帰宅。

翌朝、午前6時、京都府警察本部の捜査車両駐車場では、既に、日産スカイラインGTRの覆面パトカーが暖機運転。

『京都東から高速で木ノ本ま

 で、フルスロットルや。』

本間ははしゃぐが。

『警部・・・

 なんぼなんでも、そら無理

 ですわ。

 この車でフルスロットルは、

 鈴鹿サーキットでしか踏ん

 だことありません。

 ヤバすぎます。』

勘太郎のGTR覆面は、フルスロットルでは、時速200キロを軽々と越える化け物。

いかに高速道路とはいえ、一般道路では、危険過ぎる。

とは言うものの、そこは勘太郎。

一般の車を右に左に避けながら、超高速で木ノ本インターを目指す。

途中、米原ジャンクションを通過して北陸道に入っての、しばらく続く直線では、サイレンを鳴らしながら、時速150キロを越えている。

もちろん、滋賀県警察長浜署には、本間が連絡をしていたので、ことさら騒ぎにはならなかった。

『しかし、ヤバい車やなぁ。

 これやったら、ど素人が運

 転するフェラーリやランボ

 ルギーニやポルシェにも対

 抗できひんか。』

本間は、真面目に、そう思った。

『いや。かなりのプロでも勝

 てますよ。

 こっちは、勘太郎です

 から。』

そう、勘太郎はA級ライセンスを持つレーサーなのだ。

『一般車は、何をするかわか

 りませんよね。

 そやから、何があっても避

 けられる余力は残して

 ます。』

勘太郎。軽く後ろの木田を見る余裕。

そんなスピードで走っているにも関わらず、ドリンクホルダーのコーヒーが、紙コップのフチでクルリと回って溢れない。

木田は、それを見ながら。

『右に左にうろちょろしてる

 のに、ほとんど揺れへん。

 神業やで。

 警部、もうすぐですよ。

 起きて下さい。』

本間にいたっては、ウトウトしている。

木ノ本インターで高速道路を下りた勘太郎は、目の前の国道8号線を渡って北に向かう。

少しだけ田舎の住宅街を走ると、湖北総合病院の方角に向いたのち、余呉湖方面に走り出した。

京都から約150キロ余り、出発してから2時間経っていない。

勘太郎達3人は、そのままレストラン余呉湖を訪問。

女将に面会して、数分後には女将が言うボート乗り場の防犯カメラの映像を見ていた。

朝。早かったので、女将が気を使って、熱いコーヒーとトーストとゆで玉子を差し入れてくれた。

いわゆるモーニングセットである。

勘太郎には、熱いコーヒーが何よりありがたかった。

木田には、関西特有の厚切りトーストにたっぷりのバターが響いたようだ。

本間は、ゆで玉子が大好物である。

そうこうするうちに、防犯カメラ映像のコピーが完了。

東郷元春が、ボートに乗り込むところもバッチリ写っている。

3人は、女将に重ねてお礼して余呉湖を後にした。

帰りは急ぐ必要ないのだが、木ノ本から高速道路に入った。

途中、名神高速に入ってからだが、彦根インターを通過してすぐに、勘太郎が多賀サービスエリアに覆面を入れた。

萌に、糸切り餅をお土産に買って、梨田に電話。

『梨田先生・・・

 東郷さんの、胃の内容物鑑定

 お願いしたいんです。』

そこは梨田。やることに卒がない。

『できてるよ・・・

 何が知りたい。』

『ハイ・・・

 ベンゾジアゼピン系向精神薬の有無。』

梨田にも、勘太郎の考えはわかった。

『なるほど・・・

 有ったよ・・・

 トリアゾラム。

 ビールも出たで。』

勘太郎、携帯電話を落としそうになりながら、万歳と小声だが、本間と木田は、聞いていた。

カップのコーヒーを買って、覆面に戻って、ゆっくりスタートして、3人の捜査会議が始まった。

『梨田先生に確認しました。

 東郷元春さん、お昼にビー

 ル飲んではりました。

 トリアゾラムが出ました。』

木田は、手を叩いた。

『殺人の手口はわかったな。』

『トリアゾラムというと。

 ハルシオンか。

 なるほど。

 アルコールと睡眠薬で、爆

 睡さして、余呉湖にドボン

 てか。』

成分名で報告しても本間にはピンとこなかったようだ。

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