第6話 実は達人

木刀で、木の馬みたいな台に打ち込んでいく子供達の気合いの凄まじさを興味深く見ていた木田が、転がった木刀を拾って。

『君達、こんな重い木刀で。

 毎日打ち込んでいるんで

 すか。』

『そうですよ。

 おじさんもやってみなよ。

 良いですよね先生。』

勘太郎が話しを聞いていた男性が、先生だった。

木田が木刀を構えると、先生が気づいた。

『あの方。

 木田先生ですか。

 昨年の日本選手権大会優

 勝の。』

勘太郎に質問したので。

『さすが、よくご存知ですね。

 その通りです。

 私の上司なんですよ。』

勘太郎が答えると同時に。

『みんな、よく見ておけ。

 この方は、木田先生。

 昨年の剣道日本選手権大会

 の優勝者。

 つまり、日本一の剣道の先

 生だ。

 しっかり勉強させて頂きな

 さい。』

木田の構えを見て

『そうか。

 木田先生は、北辰一刀流で

 すか。

 みんな、よく見ておけ。

 鹿児島では、めったに見ら

 れない。

 北辰一刀流の達人の太刀裁き

 一撃必殺との違い。』

木田の打ち込みは、凄まじいどころではない。

目にも止まらない早業であるにも関わらず、その気合いと威力は、木馬を見ればわかる。

先生と呼ばれた男性。

西郷俊彦。

東郷元春の一番弟子として、薩摩硫黄島の東郷道場を引き継いでいる。

『西郷先生・・・

 一手、ご教授お願いし

 ます。』

木田から申し込んだ。

『いやいや、私などでは、太

 刀打ちできるとは思えませ

 んが。

 私程度でしたら、こちらの

 木田先生の部下の方で、ま

 ずは腕試しからお願いでき

 ましたら幸いです。』

木田と比べると、いかにもひ弱そうに見える勘太郎ならば、なんとか太刀打ちできそうに思えた。

木田は、勘太郎の剣術を見たことがなかった。

木田だけではなく、本間も見たことがない。

それどころではなく、妻の萌ですら勘太郎が剣道など聞いたこともないという。

勘太郎。門下生の1人が持っていた竹刀を借りた。

『おい、勘太郎・・・

 お前、木刀に竹刀で立ち向

 かうつもりか。』

『いやいや、僕は、木刀の扱

 い方をわかりません。

 でしたら、慣れている竹刀

 の方が、まだマシと思い

 ますが。』

本間と木田は納得したが、萌は気が気ではない。

西郷に対して、お辞儀をして、剣道の蹲踞したまでは、勘太郎に何の変化もなかった。

しかし、勘太郎が正眼に構えると、西郷が震え出した。

横で本間と木田が目を剥いている。

『お人が悪い。

 真鍋先生ですよね。

 柳生新影流で柳生十兵衛の

 再来と言われる。』

『勘太郎・・・

 次から、俺の稽古には、付

 き合ってもらうで。

 今の日本で俺と、しっかり

 打ち合えるのはお前くらい

 しかおらへんやろう。』

木田は、驚きを隠せない。

萌と梨田と佐武がきょとんとしている。

『警部・・・

 どういうことですか。

 勘太郎の奴、凄いんで

 すか。』

長い付き合いの佐武ですら知らなかった。

『凄いなんてレベルじゃな

 いぞ。

 あれは、江戸幕府徳川将軍

 家の指南役。

 柳生新影流の達人しか出せ

 へんオーラや。

 少し前に、柳生十兵衛の再

 来とまで言われる天才少年

 剣士が現れたと話題になっ

 たことがある。

 それが、あいつやった

 んか。』

本間はうなずいている。

自分の部下の能力に信頼と自信が増してくる。

『冗談やないで勘太郎。

 なんでお前ばっかり、

 何もかも。』

佐武にしてみれば、勘太郎が何もかも手に入れているように思えた。

『だってそうでしょう警部。

 銃を持たせたら、オリンピ

 ックの射撃競技のメダリ

 スト。

 車に乗せたら、A級ライセ

 ンス。

 高島萌が嫁さんで。

 おまけに柳生新影流ですか。

 贅沢過ぎますでしょう。』

示現流の若い門下生達が、萌を見て騒ぎ出した。

少し前から芸能活動を始めていた萌は、かなり人気が上がっている。

そんな萌が薩摩硫黄島などという田舎に来た。

若い門下生が騒ぎ出したのも無理は、ない。

『あの~・・・

 高島萌さんですよね・・・

 サインとかお願いしても良

 いですか。』

萌が快くサインを書いて握手してしていると、島民の長い行列ができてしまった。

『萌さん・・・

 いつかのグラビアで、結婚

 されてて。旦那さんが

 刑事さんって書いてあった

 んですけどひょっとし

 たら。』

女性剣士が、萌に質問しながら、勘太郎をチラ見した。

『そうですよ・・・

 真鍋勘太郎。

 私のダーリンです。』

『なるほど、あきません。

 イケメンな上に、あの技で

 すか。

 男が惚れますね。

 並みの男では、足元にも及

 びませんね。』

島の女性達は、佐武と同じ意見らしい。

そんな喧騒の中、西郷俊彦が勘太郎に近づいた。

『真鍋先生・・・

 情報とまで言えるかわかり

 ませんが。

 写真の方々、東郷元春先生

 と先生の隣から次春先生・

 高春先生・宗春先生です。

 皆さん名字は東郷で、4人

 従兄弟になります。

 4人さん、それぞれに悪徳

 家老がついて、跡目争いし

 てはりました。

 皆さん、この島のお生まれ

 ですけど、元春先生以外は

 鹿児島市に移らはりま

 した。

 私がお話しできるのは、こ

 の程度のことですが、参考

 くらいにはなりますでしょ

 うか。』

参考どころではない。

『とんでもないです。

 めちゃくちゃ大きな手がか

 りになります。

 ありがとうございます。』

本間と木田と勘太郎が深々と頭を下げた。

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