不遇召喚師と異世界の少女達～呼び出したのは、各世界の重要キャラ！？～

144話【初陣２】

◇初陣２◇

　その日の夕食は、全く喉（のど）を通らなかった。

　レミーユを始め、【従騎士（じゅうきし）】には気を遣われ、【聖騎士】の先輩たちには愛想（あいそう）をつかされた。

　勿論（もちろん）それはエミリアの思い込みであり、本来は心配されているのだが。

　そんな事、エミリアには気付けるわけもなく。

　特に、周りの騎士たちの視線（しせん）が、嫌に痛い。

　陰口（かげぐち）を言われている気がするのだ。「あのガキは駄目（だめ）だ」「役立たず」「【聖騎士】のくせに」「運だけでのし上がったんだろう」「まぐれに決まってる」。

　中には耳を塞（ふさ）ぎたくなるような言葉の刃が、エミリアの心を切り刻（きざ）んでいった。

「……」

　野菜を刺したままのフォークを、皿にカツンと置き。

　「はぁ……」と小さなため息。

　その様子を見るレミーユとリエレーネは、「うん」と頷（うなず）き合って。

「エミリア様！部屋に戻りましょうっ！」

「そうですよ、少し休んだ方がいいです」

　そんな気遣いの言葉だったが。

「……いい。私、何もしてないし……」

「あっ……」

「……」

　これはもう、何を言っても駄目（だめ）なパターンだ。

　二人はババッと振り返り、肩を組んで。

(どーすんの！？エミリア様沈（しず）んじゃってるよ！？)

(そ、そんなこと言われても……私だって、どうしたらいいか……)

(幼馴染でしょ！？何とかしてぇぇぇ！)

(無茶言わないで！！)

　小声でのやり取りだが、エミリアは聞こえていたかのように。

「いいよ、気を遣わなくても……自分でも分かってるから」

「あ！いや……そんなつもりでなくて……えっと……リエレーネぇ！」

「だから、私に投げないでよ……！」

　そんな空気を読まず、エミリアの隣でコーヒーを飲んでいたノエルディアは、徐（おもむろ）に立ち上がり。

「エミリア。気分じゃなくても食べときなさいよ……いつ後続が来るか、分からないんだからね」

　あっさりとそれだけ言って「行くわよリエレーネ」と。

　しかしピタッ――と立ち止まり。

「あ。レミーユも来てくれない？手伝って貰いたい事があるから」

「え、え、でも……」

　エミリアとノエルディア、両方に視線（しせん）を彷徨（さまよ）わせるレミーユだったが。

「いいからいいから。エミリア、レミーユ借りるからね……それと、ちゃんと食べなさいよ？貴重（きちょう）な食料なんだから」

「……はい」

　ノエルディアはリエレーネとレミーユを連れて、持ち場に戻って行った。

　残されたエミリアは言いつけを守り、ものすごい勢（いきお）いで食事を胃の中に押し込んで、席を立つ。

「……ごちそうさまでした」

◇

　自室に戻ると、何故（なぜ）かそこにオルドリン・スファイリーズがいた。

「オルドリンさん……？」

「ああ、やっと来た……お邪魔してるわよ？」

　他人の部屋だからと立って待っていたらしい淑女（しゅくじょ）は、両手に何やら果物（くだもの）が乗った皿を持っていた。それは置いておけばいいのでは？

「ど、どうしたんですか？」

　エミリアは多少慌てながらも、直ぐに椅子（いす）をオルドリンに用意する。

　オルドリンは「ありがとう」と優しげに言ってくれて、それだけで怒られる（・・・・）話ではないと直感した。

　椅子（いす）に着席して、オルドリンは果物（くだもの）の乗った皿の片方をエミリアに差し出す。

「……ありがとうございま……す……？」

　皿に乗った果物（くだもの）は、何とも言い難（がた）い無残（むざん）な切り方をされていた。

　この果物（くだもの）も【ルウタール王国】のものなのだろうが、こうもぐちゃぐちゃになるだろうか。

　料理の苦手な自分ですら、もう少しまともに切れると思ったエミリアだったが。

「ご、ごめんなさいね……不格好（ぶかっこう）で、私……料理苦手なのよ……」

「え」

　この果物（くだもの）。名は【レレンジ】と言う柑橘系（かんきつけい）の果物（くだもの）なのだが、本来その実は固く、皿の上に乗っているようなぐちゃぐちゃにはならない。

　どうすればこのような姿になるのかと聞かれれば、答えはこうだ。

「剣で切るのって、難（むずか）しいのね……」

「――ぷふっ……！！」

　真顔で言うオルドリンに、エミリアは思わず吹（ふ）き出した。

　そんなエミリアを笑顔で見るオルドリン。

　戦場の時のような緊迫（きんぱく）した怖さは一切なく、心の底から優しいお姉さんと言った感じだ。

「ほらほら、形は悪いけど味は美味しいから！食べて食べて？」

「は、はい……」

　エミリアは促（うなが）されるままに一口。口内に広がる酸味（さんみ）と甘みが、エミリアの疲れを癒（いや）してくれる。噛（か）むと解（ほぐ）れる実の一粒一粒が、潰（つぶ）れる度にジューシーな果汁（かじゅう）を口の中に溢れさせた。

　控（ひか）えめに言えば、めっちゃ美味（うま）い。

「……お、美味（おい）しい～」

「でしょう？疲れも吹き飛ぶわよね……はむ」

　オルドリンもそう言いながら食べる。頬（ほほ）に手を当てて「う～ん！！」と、こちらもエミリアに負けじと美味（おい）しそうに食べた。

　夢中で食べた二人は、空になった皿を置くと。

「はぁ～美味（おい）しかったです……ありがとうございました、オルドリンさん」

「いえいえ、私が食べたかったからよ……一人で食べるには、ちょっと多いからね」

　そうは言ってくれるが、オルドリンがここに来た本当の目的はエミリアの事だろう。

　優しい眼差（まなざ）しは、まるで妹を見守るように暖（あたた）かく、本当に心配をしてくれている事が伝（つた）わる。

　それが伝（つた）わるからこそ、余計（よけい）にエミリアは自分が情けなくなってしまう。

　しかしオルドリンは、そんなエミリアの考えを見透（みす）かすように。

「怖いでしょう。戦争は……」

「――！！……はい。怖かった……です」

　綺麗な姿勢（しせい）で座りながら、オルドリンは灰色がかった白髪をサラサラと撫（な）でながら言う。

「誰だって戦いは好きじゃないわ……中には物好きもいるけれど、生死のかかった状態でやり取りをするのだもの、気分がおかしくなったりしても不思議（ふしぎ）じゃない。そのベクトルが傾（かたむ）くのが、高揚（こうよう）なのか……嫌悪（けんお）なのか、少なくとも……嫌悪（けんお）を抱（いだ）く人の方が多いはずよ？」

「それでも……私は戦えませんでした。あの必死なルウタール兵に気圧（けお）されて、ノエル先輩（せんぱい）が矢を射（い）ってくれなければ……どうなっていたかもわかりません」

「……それはそうよ」

「――え？」

　オルドリンは、それは当然でしょ？と笑う。

「エミリアだけじゃないわ。戦場では、ほぼ必ず命が失われる……それが誰かなんて、誰にも分かりはしないもの。でもね、私たちも……敵国の兵士たちも、皆何かを背負って戦っている。それは忘れちゃ駄目（だめ）よ？」

「はい……分かっては、いるつもりなんですけど……」

「そうよね。理屈じゃないわよね……それが普通よ。私たちは、もうどこか麻痺（まひ）してしまっているから……それが正しい考えだと、思えなくなっているのかもしれないわね……だからこそ、その思いを忘れないで？」

「思いを？」

「そう。殺したくない……殺されたくない……誰だって持つ事が出来る感情を、薄（うす）れさせては駄目（だめ）……まだ正常な考えを持てるからこそ、覚えておいて欲しいの」

　悲しそうに、オルドリンは言う。

　きっと、自分にはもうその答えを出せないのだろう。

「私はもう、何百人と言うルウタール人をこの手にかけたわ……初めは、毎晩殺した人の顔が夢に出て来た……でも、今はもうまったく思い出せない。慣れたなんて言ったら薄情（はくじょう）だけど、きっと精神が摩耗（まもう）して、おかしくなってしまっているんだと思うわ」

　自嘲（じちょう）気味に笑う。その笑顔は、とても悲しいものだ。

　それでも、とオルドリンエミリアの目を見て。

「私は国の為に戦ってる……王都の家族の為、友人の為……それ以外にも色々。守りたいものは沢山あるわ」

「それは、はい。私もです……私も、そう思ってここまで来ましたから……」

　それでも、そんな思いを持っていたとしても、自分があそこまで何も出来ないんだとは思えなかった。戦争とは言え、自分が槍を突き刺して命を奪うという事が、どうしても考えられなかったのだ。