143話【初陣1】



初陣ういじん1◇


 時刻は一時いっとき(一時間)を過ぎた。

 【聖騎士】五名、聖王国騎士が総勢そうぜい五十名が、すでに配置についている。

 その中で、一番後方にいるのがエミリアだ。

 エミリアを護衛ごえいするように、数人の騎士もいる。


 他の【聖騎士】四名は最前線に配置はいちされており、五つの部隊が用意された。

 第一部隊であるヘイズの歩兵隊ほへいたい、第二、第三部隊のロット、オルドリンの騎兵隊きへいたい、第四部隊のノエルディアが指揮する弓兵隊ゆみへいたいが、砦を守るように展開していた。

 第五部隊のエミリアの槍兵隊やりへいたいが、後方待機だ。


「……そろそろだな。来るぞぉ!角笛つのぶえを鳴らせぇぇぇ!」


 ヘイズの大きな声に応え、戦闘の始まりを告げる音が高らかと、国境の空にひびいた。





 まだ日は高く、熱帯ねったい特有とくゆうの張り付くような暑さと湿気しっけが、肌にまとわりつく。


「……」


 緊張感をにじませ、エミリアは戦闘を観察かんさつする。

 右に左にと視線しせんを動かして、先輩せんぱいたちの戦いを目に焼き付ける。

 その光景こうけいには当然、死者・・うつる。


「……」


 そむけてはいけないと、エミリアは命を落としていくルウタールの兵士たちから目をらさない。

 戦力差は圧倒的あっとうてきであり、【聖騎士】の四人は誰一人として傷を負っていない。

 まず、装備そうびが違う。

 【リフベイン聖王国】の装備はアイアンが多い。剣も軽鎧も、一部シルバーが使われているが、基本的な素材はアイアンだ。

 それに比べて、【ルウタール王国】の兵士たちの装備は、貧弱ひんじゃくの一言だった。

 蛮族ばんぞくと言ってしまえばそれまでだが、基本装備は木とレザーだ。

 武器ですら木槍や石斧と、うわさ通りの武力の無さだと思った。


もろい……」


 ぼそりとつぶいたその言葉に、背後の騎士が。


「そうでしょう。あれで何度も進攻してくるんですから、兵士たちもかわいそうですよ……」


 エミリアの護衛騎士の一人が、やる気も無さそうに言う。

 こちらは緊張しっぱなしだと言うのに、いい気なものだと感じたが、何も言わないでおいた。

 そんなエミリアの内心に気付く訳もなく、騎士はペラペラと。


「あの国では、鉱石こうせきほとん採掘さいくつ出来ませんからね。だから装備の大半は木や革装備でしょう?」


「……」


「正直、戦い甲斐がいがないですよ……」


 騎士の一言一言に、エミリアは目端めはしをヒクヒクさせて我慢がまんする。

 エミリアは別に、強敵と戦いたいわけではない。

 この騎士の言葉は、何一つエミリアにはひびかない。


「これなら、野盗や強盗ごうとうをとっちめてるほうがまだ――」


「――少しだまって!!……ください。集中したいので……」


 振り向かないまま、エミリアはさけんだ。

 年下とは言えこっちは上司だ。そのくらいの権利を主張したっていいだろう。

 しかし背後にいる騎士は、「さーせん」と悪びれないどころか、エミリアに聞こえるように舌打ちをして一歩後退した。


「……」

(居るんだ。何処どこにでもこういう人は……私は……守りたいだけなのにっ!)


 まるで戦いをのぞんでいるかのような騎士の言葉は、エミリアの考えとは正反対。

 大勢いる騎士の中の、たった一人の考えだと言うのは分かる。

 それでも、自分まで同じ考えだと思われるのは嫌だった。


「……集中……集中……!」


 戦いは続いている。

 今は丁度ちょうど、一人の兵士が騎兵隊きへいたいあみを抜け、ノエルディアの前に向かっていくところだった。


「……!」

(ノエル先輩せんぱい、見てないっ!)


 ノエルディアはその兵士を見ていなかった。

 他の兵に気を取られているのか、その様子を敵兵士も気付き、いきおい良くダッシュして、弓兵のあいだを抜けてゆく。

 すると、ノエルディアはそのタイミングで。


「……エミリアっ!一人行ったわよっ!!」


 と、さも気付いていたかのようにさけんだ。

 ノエルディアも他の先輩せんぱいたちも、あえて一人だけ・・・・を逃したのだ。

 エミリアに――たせるために。


 エミリアは、前に出ようとする護衛の騎士たちを制す。

 他の騎士もあの騎士も、それに素直にしたがうが、やはりどことなく態度たいどが悪い。

 こちらに来る。つまりは、とりでに向かって来ているのだ。

 それは許されない。絶対に阻止そしする――戦って。

 そして、言葉よりも先に、エミリアはあしみ出していた。 


 敵兵士は石斧いしおのを振りかぶって、最後の壁となったエミリアを狙う。


「――どけぇぇぇ!!」


 死に物狂いで、エミリアを殺しにかかってきている。


「……集中……!!」


 エミリアは腰を低く落とし、槍をかまえ待ち受ける。


「うおおぉぉぉっ!」


 ブンッ!!と振り下ろされた石斧いしおのは。


「……ふっ!」

(遅いっ)


 身をひるがえすだけで、簡単にけれてしまう。

 けざまに、槍を振るう。

 ザシュッ――!と大腿部だいたいぶかれた兵士は、悲鳴を上げて転倒した。


「――ぐがぁぁぁぁっ!!ぐっ……くそぉぉっ!!」


 それでも石斧いしおのにぎる手は離さず、エミリアをにらみつけて憎悪ぞうおの念を送る。

 エミリアも負けじと。


「投降しなさいっ!武器を捨てて、大人しくすれば――」


 命は助かると、投降を呼びかけるエミリア。

 足を負傷した兵士の傷口からは、炎がらめいでいる。

 そんな怪我にもめげずに、兵士は立ち上がろうとする。


「あなた、そんな怪我けがでっ!」


だまれぇぇ!このっ……」


 兵士は無理矢理起き上がり、炎が吹き出る太腿ふとももを押さえつけると。


「お前たちのような、持っている者たちには分からないだろう……俺たちの国の悲惨ひさんさをっ!!」


 石斧いしおのを振りかぶって、兵士はそれを投げた。

 エミリアに向かって投げられたそれを、エミリアは軽くはじき飛ばす、が。


「――いないっ!?」


 ほんの少し目線をらされた。その瞬間だけで、兵士の姿がなくなっていた。

 しかし、護衛の騎士たちの誰かの声で。


「――下です!【聖騎士】エミリア!!」


 下を向く。そこには、今にもエミリアに飛びかかろうとする兵士の姿があった。


「――ひっ……」


 必死の形相ぎょうそう。死に物狂いの特攻に、エミリアは気圧けおされた。

 気圧けおされてしまった。命がかかる戦場で。

 しかし、視線しせんの先の兵士の頭に。


 スタァンッ――!!と、矢が突き刺さった。

 どさりと、一瞬で事切れた兵士。どくどくと流れる流血におどろきながらも、エミリアは見る。


「――エミリア。気にするんじゃないわよ」


 矢をったのはノエルディアだ。

 どうやら、エミリアの様子をずっと見ていてくれていたらしい。


「ノエル……先輩せんぱい


 ノエルディアはそれだけ言うと、また前線に戻っていく。

 残されたエミリアは、無力さと情けなさ、自分の覚悟の甘さを痛感し。

 そして、背後にいたあの騎士の「だから言っただろ?ただのガキだって」という小言を、痛いくらいに受けた。




 戦場は、静かになりつつあった。

 エミリアはその様子を、負けないほど静かに見守っていた。

 そして隣で。


「……ほい、飲みな?」


「……ありがとう、ございます」


 先に休憩に入ったノエルディアが、革水筒を渡してくれる。

 受け取り、しかし飲まずにだらりと腕を降ろす。


「……初陣ういじんはこんなもんでしょ。かなかっただけマシだって。あの口の悪い騎士も、初めはいてたわよ?」


「……聞いてたんですね……」


 エミリアが誰かに小言や悪口を言われるのは、ノエルディアも通って来た道だ。

 王都全域までは知られていない【聖騎士】の活動だが、城では別だ。

 全騎士のあこがれである【聖騎士】だ。当然やっかみや陰口だってある。

 それを思えば、あの騎士も【聖騎士】を目指していたのだろう。

 それが、学生の身でいきなり【聖騎士】に成り、ぐに戦場に出された小娘の護衛騎士だ。


「あ、あはは……とにかく、ああいうのは気にしなくていいって事よ。あ、ほら……終わったみたいよ、皆戻ってくる」


「……です……ね」


 オルドリンにロット、ヘイズも無傷で戻って来た。

 見たところ、大きな怪我けがを負った負傷者ふしょうしゃもいないようだ。


 そうして、エミリアの初陣ういじん一旦いったんまくを下ろす。

 しかしその日の夜。【ルウタール王国】はまたも進攻を行ってくる。

 そしてそれが、【聖騎士】エミリア・ロヴァルトの、真の初陣ういじんとなるのだった。

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