不遇召喚師と異世界の少女達～呼び出したのは、各世界の重要キャラ！？～

135話【すべては彼の為に】

◇すべては彼の為に◇

　エドガーの隣で、岩料が入った木箱を両手で持つローザ。

　ローザはフィルヴィーネの所から離れて、何か閃（ひらめ）いたらしいエドガーの手伝いをしていた。

　しかし表情（ひょうじょう）は優（すぐ）れず、その手に込められた力が向く先は自分の手のひらの痛みだけだった。

(確かに、私はエドガーには触れられない……あの日、眠っているエドガーに触れようとしたけれど……不思議（ふしぎ）な力に弾（はじ）かれた……)

　【リフベイン城】にて“精霊”となったローザは、炎の鳥フェニックスに忠告（ちゅうこく）を受けていた。それが、この結果だ。

　ローザは、同じ《石》の所持者である異世界人たちと、“契約者”であるエミリアにしか触れられない。

　それをフェニックスから聞いた時、一切の後悔（こうかい）も無かった。

　あの時はただ、自分が進みだせる喜びと、親友を助けたいと言う一心だけで行動していた。

　実感は、訪（おとず）れた時に初めて心に刺さる。

　人に言われても、知識として知っていても、実際に体験してみると、思いの外（ほか）ダメージを受けた。

　もう、頭を撫（な）でてあげることも出来ない。

　手に触れる事も、身体に触れる事も、髪にすら触れられない。

　手を伸ばせば、直（す）ぐに届く距離（きょり）にいるのに。

　そして、先程フィルヴィーネとの会話で思い出した。

　エドガーに触れようとする直前の事を。

　ローザは、ある女性と握手（あくしゅ）をしている。

　魔力を乗せた、渾身（こんしん）の握手（あくしゅ）を。

(あの女……《石》の所持者なのね……だから、私は触れられた……騙（だま）された、人のよさそうな顔をして……！！)

　込み上がってくる怒りが、今にも爆発しそうだった。

　ローザがあの女、ドロシーに怒りを向けていると、準備をしていたエドガーが。

「よしっ！！こんな感じでいいな！」

「……終わったの？」

「うん。“召喚”を始めよう」

「……了解よ」

　近付かない様に。けれども不自然にならない様に。

　ローザはエドガーよりも先に、魔法陣を描く中央に向かった。

「……」

　その様子を、フィルヴィーネは見続けていた。

(先程のロザリームの顔……あやつ……何かに気付いたか？今怪しむと言えば、ガブリエルと宿の客だが……話していた内容が“精霊”の契約についてだった事を考えれば、客は関係ない……と、なると……)

「……はぁ……」

　ため息を吐（つ）き、選択肢（せんたくし）のない答えに辟易（へきえき）する。

(覚悟するしかないぞ、ガブリエル……古（いにしえ）の時代も……“神”に牙をむいたのは“精霊”だったのだ……今後、お前の尻に火をつけるぞ？あの鳥は……)

　近い未来に起こるであろう小さな戦争を想像して、“魔王”はやれやれと、もう一度ため息を吐（つ）いたのだった。

◇

「……！――！？……？」

　後ろを振り向いて、ゾクリとした背筋を触る。

　栗色の髪がぴょこんと跳（は）ねて、戸惑（とまど）いに動揺したのが分かる。

「ドロシーさん？」

　隣にいたメイリンが、不思議（ふしぎ）そうに首を捻ってこちらを気にする。

　ナイフを持ったまま。

「――い、いえ……何でもありません」

(今の悪寒（おかん）は……なんて不気味な……)

　ドロシーは、背筋に感じた殺意にも似た悪寒（おかん）に身を震わせながらも、何事も無かったように作業に戻る。

　今現在、二人は夜の食事の支度（したく）をしていた。

「それならいいですけど……体調不良でしたら、休憩してくださいね？」

「……ありがとうございます。メイリンさん……」

　心優しい笑顔に、ついほっこりするドロシーだったが。内心は。

「……」

(嫌な予感（よかん）しかしないですね……まさかニイフ様が、あの《石》に何かしましたか？……)

　ドロシーの中で、一番の危惧（きぐ）は“魔王”フィルヴィーネだった。

　しかし、むしろ心配されているとは思いもせず、不気味な不安を抱えながらも、宿の仕事を真面目にこなす“天使”だった。

◇

　【召喚の間】で、エドワード・レオマリスは中央で魔法陣を描く。

　それを見守りながら、ローザは強く思う。

(例（たと）えあの女が敵であろうと、そうでなかろうとも……油断（ゆだん）だけはしない。旅人を装（よそお）って来たらしいけれど、よくもまぁサクラやサクヤを騙（だま）せたものね……)

　ローザの中で煮（に）えたぎるドロシーへの怒りの中には、関心も含（ふく）まれていた。

　同じ異世界人である黒髪の少女二人を、ローザは信頼している。

　その二人を欺（あざむ）き、《石》を隠して敵の懐（ふところ）に入り込んでいるのだとしたら、大した度胸（どきょう）だ。

「……」

「……聞いてる？」

「――え。あ……何？」

　どうやら、エドガーに呼ばれていたらしい。

「いや……魔法陣、描き終わったからさ、“魔道具”を並べようと思って……」

「そう、じゃあそうしましょう」

　スタスタと、置いてあった触媒（しょくばい）の“魔道具”が入れられた木箱を持つ。

「……」

　そんなローザを、ジッと見るエドガー。

　しかし、一人頭（かぶり）を振るい、何か自分に言い聞かせるように頷（うなず）く。

　そしてその様子を見たフィルヴィーネも、魔法陣の前に来た。

「……ふむ。いい魔法陣だ……」

「ありがとうございます。物体だし、簡易（かんい）な方がいいとも思ったんですけど……いつもの癖（くせ）で、つい」

　【異世界召喚】の時のような、大掛かりなものになってしまった。

「けれどエドガー。キミがしようとしているのは、異世界から槍を“召喚”しようと言うのでしょう？そんなピンポイントな事が、そんな簡単にできるの？」

　木箱を置き直したローザが言う。

　エドガーは。

「……可能性は充分にあると思うんだ。“魔道具”も揃（そろ）っているし、イメージ（・・・・）も出来てる」

「金属は一つしかないのよ？パーツを“召喚”して組み上げた方が、的確（てきかく）ではないの？」

　【アルヴァリウム・インゴット】は一つしかない。

　貴重なうえに、メルティナが身を削ってまで用意した最上級の“魔道具”だ。

　失敗は許（ゆる）されない。

「……ロザリーム。お前、何を弱気になっているのだ？」

「――は、はぁ！？」

　フィルヴィーネの一言に、ローザの拳が強く握（にぎ）られる。

　指の隙間（すきま）から、炎が揺（ゆ）らめいていた。

「……エドガーが出来ると言うのだ。信じるほかあるまい？一番目に“召喚”された其方（そなた）がそのような態度では、エドガーも自信を持てなくなる……そうだろう？」

　フィルヴィーネがエドガーを見ると、居た堪（たま）れなさそうな顔をして苦笑いするエドガー。

　その表情（ひょうじょう）に、ローザもグッと歯嚙（はが）み、エドガーと目が合う。

「……それは、そうだけれど……失敗は出来ないでしょうっ！？戦争が近付いてきていて、そこにエミリアが向かったのよ！？……急いで事を仕損（しそん）じれば、傷付くのはエドガーとエミリアだわ！！」

　エドガーの事。エミリアの事。そして自分の事。

　どれも後回しには出来ない事柄（ことがら）だ。

　だからこそ、事を成せるようにしっかりと考えて、慎重（しんちょう）に、確実に成功させなければならない。

「ふん。だがしかし……そこに、エドガーの【召喚師】としての成長はあるのか……？」

「――成……長？」

　ローザはフィルヴィーネの言葉に、顔をキョトンとさせて一歩後退（こうたい）した。

　そんな事は、言われなくても望（のぞ）んでいる。

　ローザにとって、エドガーはこの世界の始まりであり、全てだ。

　成長を望（のぞ）まない理由（わけ）など無いし、強く、賢（かしこ）くなってくれる事を願っている。

「……ロザリーム」

「――う、五月蠅（うるさ）いわねっ！！そのロザリームってやめてよ！私は……ローザ・シャルよ！そう生きるって決めたんだからっ！もう、ロザリーム・シャル・ブラストリアは死んだ！！いい！？もう二度とロザリームって呼ばないで！」

　腕を振り回して、フィルヴィーネに当たり散らす。

　顔を赤くして、涙目になりそうになりながら。

　もっともらしい事を突き付けられて、感情が漏（も）れ出て来た。

　しかし、ローザだって分かっている。【異世界召喚】が、エドガーが一番成長を重ねる事が出来る、唯一の手段だという事を。

「……ロ、ローザ？」

「……はぁ、はぁ……分かってる。同じ事を何度も重ねるより、一度で上手くいければ……それが一番手っ取り早いって……」

　理屈（りくつ）ではそうだ。失敗のリスクがある以上、成功率の高い方が望（のぞ）ましい。

「ならば信じればいい」

「――信じているに決まってるじゃない！私がエドガーを信じてないみたいに言わないで！！この引きこもり“魔王”！！」

「――グッ……い、言うではないか……ローザ（・・・）、久々に精神にダメージが入ったぞ……」

　口端（くちはし）をヒクヒクとさせて、フィルヴィーネは大きく一歩前に出た。

　ゴツっ！！――と、ローザの額（ひたい）に自分の額（ひたい）をぶつけて。

「ならば、エドガーの“召喚”……共に見届けようではないか。どちらの方が正しかったかどうかをなぁ……！」

「バカ言うんじゃないわよ！それじゃあ私が不利じゃないっ！！」

「……ローザ、それって……」

　それは、ローザも本心では信じているという事だ。

　エドガーが“召喚”を成功させるのだと。

　エドガーの驚（おどろ）くような声に、ローザは。

「……見ててあげるから、一発で成功させなさい……いいわね、エドガー」

　顔を赤くさせて、ローザは壁に寄りかかる。

　プイっと可愛らしく逸（そ）らして、もうエドガーを見ようともしなかった。