124話【緑は迷い、されど進む】



◇緑は迷い、されど進む◇


 心が痛むだなんて、機械であった頃では考えもおよばなかったでしょう。

 彼の言葉の端々はしばしに感じる、彼女への絶対の心服しんぷく

 ワタシに対して、彼はこんな表情かおを見せた事があっただろうか。


 普段言葉にしなくても、彼の彼女に対する信頼と、ワタシや他の少女たちに寄せるものでは、どこか違うものを感じてしまう。

 彼は優しい人間だ。優しすぎる程、彼は他人にばかり気を遣う。

 その結果自分にいばらが刺さっていようとも、彼はいとわない。


 今も、大切な幼馴染の為に奮闘ふんとうし。“召喚”をする為に全力をくしている。そんな彼に、ワタシは突き放すような言葉を投げた。

 それでも彼は、こうして夜間にワタシのもとをおとずれてきた。

 心配し、食事を持って、ボディまでいてくれて。小さないたずらはされましたが。


 こんなワタシに、そこまで心を向ける意味があるだろうか。

 役にも立てないワタシに、心配される価値などあるのでしょうか。

 先程までそう考えていた自分を今、ワタシは殴り飛ばしてやりたい気分です。


 ここまでしてくれた彼。その隣に並べる彼女に。

 ワタシは嫉妬しっとしていたのでしょう。

 機械として存在していた頃は、胸が痛むと言う苦しい気持ちも、嫉妬しっとなどというみにくい言葉も、知る事など無かったのでしょう。


 でも――彼は、分けへだてなく接してくれる。

 ワタシにも、他の少女たちにも、均等きんとうに感情を向けてくれる。

 それは、“召喚”したと言う責任もあるのでしょう。

 少女たちを“不遇”にさせないと言う思いもあるはずです。

 ですが、ワタシたちだって、彼におんを感じているのです。


 ワタシは、もともと彼を危険に感じていました。

 異世界と言う場所に事故・・のように呼ばれたワタシは、思えば、彼の意志いしで“召喚”された訳ではない。

 そんなワタシに対して、彼が責任をう事はないはずです。

 邪険じゃけんにされる事はあったとしても、ここまで優しさをワタシに向けてくれる事が、嬉しいし――けれど、辛い。


 何も返せないと思っていた。

 何の役にも立てていない事に、苛立いらだちといきどおりを。

 他の少女たちに、嫉妬しっと羨望せんぼうを。

 何より、そんな自分に嫌悪けんおいだいた。


 機械の身体では有りない感情を手に入れて、異世界人――人間として生きていく事を決めたはずのワタシが、彼の言葉を受けて出来ること。

 エミリアの為に、マスターの為に、ワタシは進まなければならない。


 今から、ワタシは《石》を外す。

 ワタシの本体である【禁呪の緑石カース・エメラルド】。

 システムであるワタシは、《石》を機械のパーツとして組み込んだ瞬間、芽生めばえた。

 【機動兵装ランデルング】である機体に搭載とうさいされた【M・E・Lメル】。

 ワタシと同型の機体は多くあれど、【禁呪の緑石カース・エメラルド】はオンリー。

 ワタシのように意思をしめし、軍に反旗はんきひるがえした異分子は存在しない。


 当時のマスターであるティーナ・アヴルスベイブを生かすため、ワタシは軍と戦い。

 逃走の時間をかせいだのち、強制的に自爆させられた。

 しかし、目覚めた場所は異空間であり、しかも人間の身体を持っていた。

 背には本体である《石》、【禁呪の緑石カース・エメラルド】が。

 ならば、ワタシの意志は何処どこにあるのだろうか。

 《石》を外した時――ワタシの心は何処どこへいくのでしょうか……





 ローザに対する嫉妬しっと

 サクラやサクヤ、フィルヴィーネに対する羨望せんぼうを胸に秘め。

 メルティナは進む。


 悩み、迷い、苦しみ。

 そんな人間として、メルティナ・アヴルスベイブは。


「……ローザがうらましいです」


「――え?」


 エドガーのローザに対する気持ちは、あこがれのそれに近いだろう。

 同じ異世界人だとしても、メルティナに対するものとは大きく違うと、メルティナ本人は思っている。

 うらやましい。それはメルティナの本音だ。

 エドガーから向けられる、そんな愛情にも近い感情を、自分も受けたかった。

 だが、それは自分から手に入れる事も出来るのだと思った。


「ワタシは、他の異世界人たちがうらやましいのです……先程マスターが言った言葉。ローザに言われた言葉ですが……」


「うん」


「同じような言葉をワタシが言ったと聞いて……何故なぜワタシが初めではないのかと、思ってしまいました……そんな事を言ったとしても意味など無いのに。思っても、仕方が無いのに。でも同時に、嬉しくもあったのです」


 メルティナは胸に手を当てて、ひとみを閉じる。


「同じような意見を持った。似たようなことをマスターに言えた……それは、まだ並べる・・・と言う事でもあります……」


 エドガーは真剣な顔で聞き入っている。

 かすかに光る、【禁呪の緑石カース・エメラルド】を見ながら。


「ローザは、試練しれんを乗り越えたのでしょう。ここに帰って来た時、まるで人の変わったようなローザに会いました……以前は他人にあまり目を向けてはいない様に見えた彼女が、ワタシを気にかけてくれた。その後は少しうるさかったですが……それでも三人が話す雑音こえが……心地よかったのです」


 ローザが帰って来たその夜。

 メルティナの部屋で行われた深夜の女子会を、メルティナはBGMにして眠っていたらしい。


「ワタシも、その輪に入れるでしょうか……ワタシも、貴方マスターに思って頂けるひとに……なれるでしょうか」


 願望がんぼうであり、人として当然の感情を今、メルティナはいだいていた。

 エドガーに対する思い、他の異世界人に対する思い。それは、人としての前進だ。


「……メルティナ、そんな事を考えていたんだね……」


 エドガーは、自分がそんな感情をいだいてもらえる男だとは思ってはいなかった。

 だが、自分に向けられる少女たちからの思いに気付かないほどの鈍感どんかんでもない。


「嬉しいよ。正直さ……火が出る程、多分顔が赤いかもしれない……」


 エドガーは下を向き、メルティナに見せない様に隠す。

 身内贔屓びいきになるが、異世界からの客人は皆美女だ。

 そんな女性に好意を寄せられて、嬉しくない訳はない。

 今だって、本当は火が出る程ずかしい。

 そんな女性の素肌すはだが目の前にあるのだ。自制心じせいしんを最大限に発動させなければ、精神的に死んでしまう。


「あれ……なんだ……?急にずかしく……あはは……その、メルティナ……」


 急にメルティナにそんな事を言われて、折角せっかく覚悟を決めた自制心じせいしん崩壊ほうかいしそうになる。


(……あらためて見ると、メ、メルティナって、凄く綺麗だよな。白くてスベスベ(触った感想)な肌。人形のように均衡きんこうのとれた身体に……って!!何考えて……はっ!?)


 いろいろ考えていたら、メルティナと目が合った。

 ボッ――と、一気に羞恥しゅうちが加速する。


「あ、いや……」

(やば……言おうとした事、全部飛んだぁぁ!!)


(……答えては、くれないのですね……)


 嬉しかったのは事実。恥ずかしいのも事実。

 だが、答えられるのだろうか。今のメルティナの問いに。


「マスター。《石》の外し方……説明します」


「え、あ……」

(良かった……――!!――違う!ダメだ!そんな顔をさせたいんじゃない!)


 メルティナの方から話をらそうとして、エドガーは内心で安心しかけた。

 しかし、エドガーは顔を上げた瞬間見てしまう。メルティナの泣きそうな顔を。


「――違う!メルティナっ!」


「え……」


 ガバッと、エドガーは肩をつかんで振り向かせる。

 涙目のメルティナは、寸でで涙を指でぬぐった。

 そして、真剣な顔のエドガーを見上げる。


「……違うよメルティナ。僕は……」


 男として、逃げてはいけないと、本能的にさとる。

 悲しい顔をさせてはいけないと、エドガーは言葉を振りしぼる。

 それはまぎれもない本心であり、揺れ動く優柔不断ゆうじゅうふだんな少年の、青春と呼べるものだろう。


「メルティナ。僕は、ローザもサクヤもサクラも、メルティナもフィルヴィーネさんも……エミリアやリザだって大切に思ってる。皆素敵な女性ひとで、どうこうしたいとか、そう言った事も考えなくはない……って違う!言いたいのはそう言う事じゃなくて……」


 混乱気味かつ顔の赤いのエドガーだが、少し暴走した発言が出た事に、自分でツッコんでいる。

 しかしそのおかげか、冷静になれたようで、ベッドにへたりと座り込んでし笑う。


「あはは……ごめんメルティナ、変なこと言って、でも聞いてくれるかい?」


 たはは、とまるでエミリアのように笑う。

 それでもその笑顔には、何かをうったえる強い意思があった。

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