120話【縮こまった背中1】



ちぢこまった背中1◇


 部屋で一人、服を脱ぐ。

 ぐっしょりと汗でれていたシャツは、張り付いて気持ち悪かった。

 時間が少しち、冷えたボディを両手でさすり、エドガーを待つ。


 髪をたばねアップにし、なんとなくのずかしさで薄手うすでの毛布を羽織はおった。

 すると、キィ――と開く扉。

 エドガーが来たようだ。


「ごめんね、遅くなっちゃったかな?」


「……ノー。そんなことはありません」

(またあやまる……)


 エドガーが持ってきたのは、お湯を張ったおけと、まさかのトレー。

 先程持って来た物だったが、戻るさいにまた持って行ってしまっていたのだ。

 ずかしそうにトレーをテーブルに置くと、温められたスープのいい香りが、メルティナの鼻腔びこうをくすぐった。


「今朝から何も食べてないって聞いたからさ。温めて来たよ……残り物で悪いんだけどね」


 サクラから聞いた、メルティナの状態。

 今日一日、サクラは付きっきりでメルティナを見ていてくれた。

 だから、食事を取っていない事も知っているし、もし違うと言おうとしても、【真実の天秤ライブラ】で一発だ。

 しかし、能力を使うまでも無く。


 くぅぅぅ――と、虫が鳴った。

 当然、メルティナの腹の虫だ。


「……」


 顔を赤くして、メルティナはうつむく。

 それがなんだか嬉しそうに、エドガーは「ははは」と笑って。


「それじゃ、身体をいたら食べようか。自分でけるかい?」


「イ、イエス……」


 ずかしそうに、メルティナは用意したタオルをエドガーに渡す。

 エドガーはタオルを湯張ゆはりしたおけに入れ、ぎゅっとしぼるのだった。




「「……」」


 タオルをしぼり、したたる湯の音。

 渡されたタオルで静かに身体をく、メルティナの吐息といき

 エドガーはメルティナに背を向けて、その時を待った。


 数回タオルをらして、メルティナは身体をいたが、やがて。


「マスター」


 ビクッと、エドガーは背中で反応した。


「――あ、終わったかい?」


 背中を向けたまま、タオルを受け取ろうと手を差し出す。

 しかしメルティナは。


「ノ、ノー……その、マスターに、お願いしたいことが」


「お願い?……いいよ、何でも言って?」


 エドガーは、次の瞬間後悔こうかいすることになる。

 安請やすうけ合いするものではないと。誰か呼べよと。


「……では――背中を、いていただけますか?」


「……え?」


 その願いに、エドガーは背中を向けたまま固まった。

 背筋はピンと伸び、ブリキのようにカチカチになって。




「――ど、どうかな?」


「ん……イエス。気持ちいいです、マスター」


「そ、そっか……それはよかった……」


 ベッドに腰掛けて、後ろを向くメルティナの背を、あたたかいタオルででる。

 絶妙な力加減で、痛くもなく弱くもない。簡単に言えば上手い手つきだった。

 と、いうのは言いようで、本当はエドガーがひよって力を入れられていないだけだったりする。


「「……」」


 ふきふきと、メルティナの白い素肌すはだいていく。

 そして、その背中に存在する――《石》を、ひとみうつす。


「……」


 その《石》、【禁呪の緑石カース・エメラルド】は、機械の基盤きばんの上に装着そうちゃくされている。

 装着そうちゃくと言うよりは、設置せっちに近いかもしれない。

 更には、《石》を固定している器具だが。エドガーの住むこの世界では再現できない仕組みであり。

 エドガーには、見てもさっぱり理解できていない。

 ただ分かるのは、その《石》が、ひどく弱々しく光を放っている、ということだ。


「マスター?」


「――あ、いや……その、さ」


「……イエス」


 エドガーは、もうメルティナがうその強がりは言わないと感じ、問う。


不調ふちょう原因げんいん……話せる、かな?」


「……」


 その理由を、エドガーは薄々うすうすだがさとっている。

 自分自身がまねいてしまった結果だ。

 しかし、何故なぜそうなってしまったのかは、メルティナにしか分からない事だ。

 言わなくても分かる事がある。しかし、言ってもらわなければ分らぬ事がある。

 《紋章》によってうそは見抜けても、本音を聞き出すことは出来ないのだから。


「きっかけは、先日……あのドロシーと言う方を見かけたときでした」


 その言葉にエドガーは、(やはり)。と心内で納得する。


「一瞬でしたが、機器にノイズがしょうじ……ワタシはマスターに近付くのをやめました」


「……」


「その後、宿にて彼女を再確認した時……《石》に違和感を覚えたのです」


「違和感?」


「イエス。ワタシは彼女を知っている……そんな感覚です。ですが、記憶にも記録にも存在しない……ワタシのデータに、そのような事態はありません……」


 メルティナは、自分の世界の最新機器に絶対の自信を持っている。

 ほこりある最先端さいせんたん技術で造られた自分だからこそ、自分に搭載とうさいされた機器には、自信をのぞかせられる。

 しかし、それが今らいでいる。


「――ですが……ワタシはそんな自分自身が、信じられないのです……」


「メルティナ……」


 気持ちはエドガーにも理解出来る。

 エドガーも自分の“召喚”を信じられない時があった。

 一日分の体力と魔力を消費して、部品一つを呼び出すエドガーの“召喚”。

 それは、途方とほうもなく手間と時間のかかるものだった。

 【異世界召喚】と言う亜種あしゅを手に入れなければ、エドガーはいまだに自分を信じられないかもしれない。

 だが、今は違う。


 エドガーは、ローザに出逢い。

 サクヤ、サクラに出逢い。

 メルティナに出逢いフィルヴィーネに出逢った。

 たったそれだけだが、今エドガーは【召喚師】でよかったと思っている。

 代々受けがれてきたその力は、きっと皆と出逢う為にあったのだと、思う事が出来たのだから。

 だから、だからエドガーには言える。メルティナに言ってあげられる。


「……」


 自分が信じられないとうつむき、言葉を途切とぎれさせたメルティナに、エドガーは優しく声を掛ける。

 肩に手を置き、安心させるように、ゆっくりと。


「メルティナ。今朝、話した事を覚えているかい?」


「……イ、イエス。エミリアの事……でしょうか」


「うん」


 今朝。エドガーがサクラにメルティナの事を任せる前、エドガーはエミリアが戦争に行ったことを話した。

 仲のいいメルティナには、体調が悪いとは言え絶対に言わなければならないと感じたからだが。

 メルティナは、その事を聞いても動じなかった。

 本来なら、文字通り飛んで行ってでも駆け付けたいと言いそうなところ、メルティナは「イエス。了解しました」と軽く返事をしただけで了承りょうしょうしたのだ。


「エミリアの事、心配?」


「と、当然です!」


 振り返ろうとして力をめるが、エドガーが更に力を入れて防ぐ。

 上半身は身体をくために裸なのだ。エドガーの自制の勝利。

 メルティナは振り向くことをあきらめて、うつむいたままに、大切に思うエミリアの事を話し始めた。

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