119話【虚無の国】



虚無の国せいおうこく


 【王都リドチュア】を出て西、【カラッソ大森林】。

 何もなく、ただむなしく広がる木々と山。

 多少の野生動物と植物しょくぶつ、西方面にのみ伸びた馬車の車輪跡しゃりんあと

 う人間など誰一人としていないこの森に、数台の【魔導車まどうしゃ】が停車ていしゃしていた。


 黒銀くろがねの翼をしたマークをほどこした、鉄の車体。

 動物など必要としない、強力な馬力。四輪駆動よんりんくどうの、帝国の新技術。

 その【魔導車まどうしゃ】は、皇女こうじょエリウスを追う新設騎士団、【黒銀翼こくぎんよく騎士団】の騎士たちが使用する、魔力によって走る大型の“魔道具”だ。


 一回り大きい【魔導車まどうしゃ】から降り、【カラッソ大森林】を見渡す少年。

 バルク・チューニ。黒騎士たちの団長だ。

 バルクは、手に持った小さな測定器そくていきちゅうかざし、数秒待つ。

 しばしち、ピピピ――と鳴った測定器そくていきを、バルクが確認すると。


「……やっぱり、王都へ近付くほど、魔力がうすくなっていきやがるな……」


 【黒銀翼こくぎんよく騎士団】が、皇女こうじょエリウスの保護ほごと言う、名目上めいもくじょう捕縛命令ほばくめいれいを受けて、ノンストップで進行を続けていたが。

 【カラッソ大森林】に入り数日、ついに【王都リドチュア】を目前にした黒騎士たちは、観察かんさつと言う名の休憩をしていた。


「――団長ぉ~」


「……あ?」


 小さな声でバルクを呼ぶのは、団員の一人ウォイスだ。

 【魔導車まどうしゃ】から顔だけ出して、したり顔してバルクを呼んでいる。

 バルクは糸目を更に細くして、嫌そうな顔をして戻る。


「どした?」


 ウォイスはちょいちょいと手招きし、指を自分の座る隣、助手席に向ける。

 そこでは、副団長のノーマが眠りこけていた。

 シートを倒し、外側に向いて。

 ウォイスはノーマのスカートを指差して、「見ろ見ろ」とにやける。


「……お前……」


 眠るノーマのスカートは、シートベルトでめくれて下着が見えていた。

 それをウォイスは、わざわざ見ろと呼び出したのだ。

 団長は仕事をしていると言うのに。


「……ほら見ろよ……黒いぞ~」


「お前、マジで死ぬぞ?」


「バレなきゃいいんだよぉ……へっへっへ……眼福がんぷく眼福がんぷく


 バルクは「付き合ってらんねぇ」とため息をいて、もう一度測定器そくていきを確認する。

 魔力の数値はドンドン低下していっており、0~1を行ったり来たりしていた。


「……こりゃ、人員が足りねぇかもな……」


 その意味は。

 この数値0~1。つまりは、ほぼ魔力がない状態だ。

 【魔導車まどうしゃ】は魔力を使用する。

 専用せんようの魔力タンクがあるものの、それも数が限られており。今いるメンバーは選抜せんばつされた騎士たちだ。

 魔力タンクが無くなれば、残るは自分たちの魔力のみ。

 皇女こうじょエリウスをらえられたとして、帰りの分の魔力を残す事が出来るだろうか。

 エリウスは、騎士団の数人を倒している。

 戦うことになれば、おそらく無傷では済まない筈だ。


 休憩を終え、【王都リドチュア】に潜入するにしても、これではメンバーの厳選げんせんが強いられる。


「……まさか、ここまで魔力が枯渇こかつしているなんてな……ラインハルト陛下へいかは、なんだか知っているような素振そぶりだったが……」


 帝国の新皇帝しんこうていラインハルト・オリバー・レダニエス。

 彼もまた、18歳の若者だ。任務にんむ積極的せっきょくてきな妹姫エリウスと違い、聖王国にも来たことはないはずだ。

 しかし、彼の知識量はおどろくほどに豊富ほうふであり、バルクたち【黒銀翼こくぎんよく騎士団】が命を受けたさいも、聖王国の特徴とくちょうを助言してくれたのだ。


「……――げっ!!ち、違うんだ……ノーマちゃん……ち、ちがっ」


「……」


 どうやら起きたであろう副団長ノーマ・グレスト。

 聞こえてくるウォイスの弁明べんめいを、バルクは完全に無視して。

 思考しこうするは、【王都リドチュア】侵入しんにゅう作戦だ。


「――私の下着をぬすみ見たわね、ウォイスぅぅぅ……」


「ち、違うんだ!――ふんぎゃあああぁぁぁぁぁぁ!!」


 ノーマの怒りを、ウォイスはどこで受けたのだろうか。

 そんな事考える事もなく、バルクは。


「うるっせーんだよ!!お前らぁぁっ!!」


 黒騎士たちは、もうぐエリウスを探しに王都へ入る。

 それは、また一つ、戦いの幕開けであった。





 ドサッッ――!!


「――うぐっ……」


 ベッドから落ちて、メルティナ・アヴルスベイブは目を覚ます。

 時刻じこくは真夜中、もう誰もが寝静ねしずまった時間だろう。


「……ワタシは」


 自分の身体を触ると、ぐっしょりとれた不快感ふかいかんに顔をしかめる。


「ボディをきましょう……」


 何とか立ち上がり、自室を出る。

 すると。


「――え!?」

「――うわ!?」


 入口で、丁度部屋に入ろうとしたらしいエドガーと鉢合はちあわせた。


「マ、マスター……?」


「メルティナ……平気かい?」


 エドガーは、トレーを持っていた。

 乗せられているのは、軽食と飲み物。それと明かりの小さな【明光石めいこうせき】だった。


「ワタシは平気です……マスターは、このような時間に……何を?」


 本当は気付いている。エドガーがメルティナを心配して、様子を見に来てくれたのだと。

 しかし、昼間のように。メルティナは突き放すような噓を・・


「……メルティナ。もういいよ……」


「――何が、でしょう?」


 エドガーは何も言わず、右手を見せる。

 それは、《紋章》だった。


「……それは」


 【真実の天秤ライブラ】。

 エドガーの能力であり、ローザとフィルヴィーネの契約効果による【接続能力リンクスキル】だ。

 右手甲に光るその天秤てんびんの《紋章》は、緑色の球体が皿に乗り、下に沈んでいた。

 それは、うそ見破みやぶる能力。

 異世界人限定だが、エドガーと契約した異世界人のあいだうそ看破かんぱするものだ。


「もう、分かってるから……そんなこと、言わなくていい……」


「……ワタシは、そんなつもり……」


「「……」」


 無言。真夜中の宿の廊下ろうかで、二人。

 先に言葉をはっしたのはエドガーだ。


「とにかく、部屋に行こう。そんな汗じゃ、風邪かぜをひいちゃうからね……」


「ノ、ノー……ワタシは」


「うん。だから待ってて……お湯を持ってくるよ。悪いけど、タオルを用意しておいて?ごめんね?」


 スタスタと、エドガーはメルティナに有無うむも言わさず、一階に向かった。

 メルティナは、エドガーの背を見ながら。


「……どうして、『悪いけど』なんて言えるのですか……?マスター、悪いのは……ワタシなのに……『ごめんね』とあやまるのですか……」


 エドガーの人を思いやる優しさと、そのぬくもりに、メルティナは泣き出してしまいそうだった。

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