118話【呪印《カースド・エンブレム》】

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呪印カースド・エンブレム


 ノインが口にしたその名を、リューネが今度は口にした。


「……【呪印カースド・エンブレム】……?」


 リューネとレディルはベッドに腰掛け、そしてオルディアは椅子いすに座った。

 エリウスは立ったままだが、そんなエリウスに声を掛けてよい雰囲気ふんいきではないとさとり、レディルがリューネを座らせたのだった。

 そしてリューネが小さく口にした疑問ぎもんに、ノインはうなずいて答える。


「うん……【呪印カースド・エンブレム】。名前はちょっと物騒ぶっそうだけど、簡単に言えば《紋章》だよ。実害じつがいは無いから安心していいよ」


 安心していいと言うノインの言葉に、レディルはエリウスの腹に浮かびあがるすみれ色の《紋章》をまじまじと見る。


「――へぇ、魔力のかたまりだなこりゃ……凝縮ぎょうしゅくされたこの魔力の量、こりゃ……《石》のものか?」


 バシッ――!!


「――痛ってぇ!!何すんだよっ!?」


 突然エリウスにはたかれて、両手で頭頂部とうちょうぶを押さえる。


「乙女の素肌すはだをまじまじと見てるんじゃないわよ……」


 【魔道具設計の家系アイテムメーカー】としての好奇心こうきしんまさったレディルだったが、普通にセクハラだ。

 それでもその《紋章》を見る事を止めず、観察を続ける。


「――レディルの言ってる事は正しいよ」


 二人を見ながら補足ほそくするノインだが。半笑いだった。


「この《紋章》はさ、“契約者”の証なんだよ」


「「“契約者”?」」


 リューネとレディルが、ハミングして言う。

 二人は顔を見合わせて、嫌そうにらす。

 そしてエリウスは、それは知っていると取れるように。


「――そういう意味だったのね」


 しかしノインは、その意味を深く知っているのか。

 慎重しんちょうに、けれどもきびしめにエリウスに問いただす。


「その【呪印カースド・エンブレム】は、本来“契約者”と“契約主”……二人・・がいて成立するものだよ。シャル……何の“契約者”になったの?」


 「何の」と言う辺り、ノインはその契約が複数種類あると知っているのだろう。

 猫科のけもの特有の細まった眼光がんこうで、エリウスを射抜く。


「……」


 その視線しせんは責めるものだった。

 しかし、エリウスを心配する優しいものでもあった。


「普通の人間が、“契約者”になるのは負担ふたんが大きすぎるんだよ……」


 心配は、エリウスの身体だろう。

 責めるのは、そうさせてしまった原因げんいんが、自分だったからだ。

 ノインは、自分を責めているのだ。

 どこか悲しそうで、しかし怒っているようにも取れるノインの態度たいど


 だが単純な事に。獣耳と尻尾がへにょ~んとしな垂れ、言葉とは裏腹に、随分ずいぶんとへこんでいる事がエリウスにはつたわった。


「ノイン……わたくしは、貴女あなたたちを恨んでなどいないの……」


 エリウスは《紋章》の浮かぶ腹をさすり、ノインに自分の気持ちをつたえる。

 それは本心であり、そして感謝でもあった。


「あのまま帝都ていとに残っていれば、わたくしのちんけな物語は終わっていたでしょう……」


 エリウスの、人生を自虐じぎゃくする言葉に、リューネとレディルが。


「そ、そんなことっ!」

「おいおい……自分で言うか?」


 と否定ひていしようとするが、エリウスは手で制しノインに続ける。


「……この力は、“悪魔”ベリアルの力よ……今まで自分たちが利用し、として来た……【魔石デビルズストーン】の力……本人は、【魔石デビルズストーン】ではないと言っていたけど」


 考えるようにその言葉を聞いていたノインは。


「……うん。感じるのは、確かに【魔石デビルズストーン】なんて小さなものじゃない……でも……はぁ……そっか、所持者でもある……のか……」


 一人納得なっとくしたように、ノインが頭をかかえる。

 逆立ちそうな獣耳の毛。ピンと立った尻尾。

 細目がゆっくりと普段のひとみに戻り、冷静になる。


「さっきも言ったけど、シャルの【呪印それ】は……本来、存在する二人・・・・・・の証なんだよ」


 レディルが気付いていた事を言う。


「それってつまり、エリウスの相手?“悪魔ベリアル”ってやつは何処どこに居んだよ?」


「あ、そうですよね……存在するって事は、近くにいないとおかしいですもんね」


 リューネもそれに続いて疑問ぎもんを持つ。

 そして答えは、エリウスが。


「……ここよ。この奥……」


 【呪印カースド・エンブレム】を指差して、疲れたように。


「そこ?」


「それって……位置的に……」


「――子宮しきゅう。かしらね」


「……趣味しゅみの悪い話だね。その“悪魔”」


 “悪魔”ベリアルの《石》、【欲望の菫青石ディザイア・アイオライト】は、子宮しきゅうと一体化している。

 ベリアルいわく、女の一番大事な物、それを依代よりしろにしたのだと。


「――ちょっと待て」


「なに?」


 レディルが、《紋章》を見ながら。


「俺は、似たもの・・・・を見たことあるんだが……?」


「似たもの?」


奇遇きぐうね。わたくしもよ」


 っ気なく言うが、エリウスだって初めから気付いてはいたのだ。

 ただそれは、ある人物と同じになると確信があって、言い出しにくかった。

 言いにくそうにするエリウスとレディルに変わり、完全に答えを知っているノインがべる。


「――そうだよ。思ってる通り、【召喚師】……エドガー・レオマリスと同じなんだ」


「――あ、そっか……右手」


 リューネも見ていた。

 エドガーの右手の赤い《紋章》。

 そして気付く、対になる人物の《石》も、右手にあったことを。


「《石》の場所に対応してるって事か……だからエリウスの腹に《紋章》が」


「そう。だから心配になる……ただの人間・・・・・が、【呪印それ】をきざんでいる事がさ……」


 エリウスは【送還師そうかんし】ではあるが、【召喚師】ではない。

 ノインが知っている限り、エドガーは既に五人の異世界人と契約をしている筈だ。

 しかも、過去には自分をふくめて更に五人。

 エドガーは、それぞれの《石》に対応した《紋章》を、身体にきざんでいる。


「……つまりなんだ?【召喚師】が大丈夫でも、エリウスは駄目だめって事かよ?」


 レディルが、まるで特別だと言っているように聞こえる【召喚師】と、自分のあるじであるエリウスがどう違うんだと、そう言いたそうに。

 その言葉に対しノインは。


駄目だめではないよ。問題は、シャルの《石》に“悪魔・・がいる事・・・・なんだ……」


 あきれ半分、驚愕きょうがく半分と言った感じに。


「《石》の所持者とは違ってね、“悪魔”は契約を求めるものだ……それがどんなものかは、アタシには分からないけど……所持者である異世界人と契約するのと、“悪魔”が宿った《石》そのものと契約するのじゃ……話が別物だってことだよ」


 ノインは立ち上がり、エリウスの前まで歩む。

 しゃがみ込み、《紋章》――腹に手を当てて。


「……こいつがどんな条件を出して来たのか、分かる?」


「……」


 知っているも何も、エリウスはすでにその代償だいしょうを支払っている。


「――シャルっ」


「……たましいよ。人間の……命、そのも――」


「――馬鹿ばかっっ!!」


「「「……!?」」」


 肩をつかみ、ノインがさけぶ。

 リューネは口を押えておどろき、オルディアは怖がるように身体をふるわせ。

 そしてレディルが、大声で気付かれやしないかと部屋の入り口を見た。

 最後に、エリウスが。


「ノ、ノイン……?」


 どうしてそこまで怒るのかと、不思議ふしぎそうにノインの顔をのぞく。


「……いい?シャル。もう使っては駄目だめ……絶対に駄目だめ。ましてや、魔力の少ない聖王国ここでは……地獄じごくに片足突っ込んでるんだからねっ!!」


 ノインは分かったのだろう。

 エリウスが聖王国までの道中、ずっと眠っていたのは、みずからのたましいを“悪魔”に与えていたからだと。


 しかし、エリウスは返事をしなかった。

 いや、出来なかった。

 答えようとしたその瞬間、また――エリウスは意識を失ってしまったのだった。

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