117話【送還師の義務】



◇送還師の義務ぎむ


 他の場所にもある、別の“魔道具”素材を探すために【召喚の間】を出たエドガーは、ふと壁掛け時計を目にする。


「げっ……もうこんな時間、メイリンさんが帰る時間ぎてるじゃないか……」


 ローザと二人、槍の“召喚”の触媒しょくばいを探していたのだが、気が付けばもうとっくに夕刻ゆうこくを回り、夜になっていた。

 従業員であるメイリンが帰宅する時刻じこくまでは、作業をするつもりでいたエドガーだったが、もう時刻は二時ふたとき(二時間)もぎていた。


 まさか宿に客が来ているなどと思いいたることも出来ず、エドガーは頭をきながら地下を歩く。


「帰って……るよな、多分。いやでも……ねんの為見に行った方が……」


 地下を上がる階段と倉庫前を行ったり来たりして、エドガーは確認するかまよっていた。

 そんな右往左往うおうさおうをしていると、【召喚の間】から出て来たローザが。


「――何しているのよ……エドガー」


「あ!……ローザ。は、ははは……ちょっとね」

(は、ずかし……)


 ローザは格別気にしていないように、両手に持った“魔道具”を床に置き。


「今日は終わりかしらね。片付けしか出来なかったけれど、一日目にしては充分じゃない?」


「うん。そうだね……明日からは、サクヤにも手伝って貰う予定だし」


 本当は、今日からだったが。サクヤが花瓶かびんを割ってしまったため、二人きりだった。


「……?――何か聞こえない?」


 階段を見上げて、ローザが言う。

 地下倉庫(父エドワードの部屋)の上は大浴場に当たる。エドガーは「誰かお風呂じゃないかな?」と思うも。


「――この感覚……どこかで」


「ローザ?」


 耳ではなく、【魔力感知】をませるローザだが。


「……いえ、なんでもないわ……」

(気のせい?)


「そ、そっか」


 この時、ローザが感じたのは《石》の反応だ。

 ノインの【天珠の薔薇石ヘヴン・インカローズ】とエリウスの【欲望の菫青石ディザイア・アイオライト】、この二つの反応を感じ、違和感いわかんを持ったのだ。

 しかし【天珠の薔薇石ヘヴン・インカローズ】は実際に知らない《石》であり、【欲望の菫青石ディザイア・アイオライト】は一度エリウスと戦った時に見ているが、その時とは明らかに別物の感覚だった。

 それに対して、ローザは過敏かびんになってしまったのだと【魔力感知】を抑える。


(“精霊”になって、魔力に対して敏感びんかんになっているのかもしれないわね……気をつけないと、全てに対してとげを刺してしまいそうだわ)


 ローザは、近くにある“魔道具”の反応全てを感知できるようになっていた。

 上にいる人物たちの《石》も、町に落ちている《石》も全てひとしく、ローザの中に情報として入って来る。


「さ、戻る?」


 気を取り直そうとしたローザだったが、エドガーが。


「あ、ごめん……ちょっと【心通話・・・】だ……」


「誰から……?」


「サクヤだよ……」


 エドガーはローザにてのひらを向け、【心通話】に集中する。

 ローザにも聞こえるように、声にも出した。


「<サクヤ?どうしたの?>」


 サクヤは、ローザがいる事も当然知っているからか、全体【心通話】を放ってきた。

 おそらく、二階のサクラとメルティナ、部屋にいるフィルヴィーネにも聞こえているだろう。


<宿にお客が来ました……五人組です>


「<――へぇ……。……。……。えっ!!>」


「……おどろきすぎでしょう」

<いやおどろきすぎじゃないっ!?>


 サクラからもツッコミが入った。


「<いやえっと……客?普通の訪問ほうもん客?……え?宿泊しゅくはく?あ、あれ?もう分んないんだけど!>」


「落ち着きなさい!」

<いやテンパりすぎだから!!>


 二人からの冷静になれと言う言葉も、逆にあせらせられているように感じたエドガーは。


「だ、だってお客さんだよ!?一年以上ぶりなんだよ!?」


 今にも泣き出しそうな笑顔で、エドガーはローザに迫って肩をつかもうとするも、スルッとけられて転ぶ。


「――だから落ち着きなさいってば!」


「……い、いてて……だって、本当にビックリして」


 前回のリューネも客とは言え、とまらずに逃走している。

 それを抜かしてしまえば、実に母マリスが亡くなってからなのだ。

 エドガーが経営者けいえいしゃになってから、初めての団体様である。


主様あるじさま宿泊客しゅくはくきゃくは一階の大部屋と隣室、二部屋にとまるそうです。日数は十日ほど……前後する可能性はあるそうですが。それと御用ごようさいは、極力きょくりょくあちらから声を掛けるそうです>


 なんとも流暢りゅうちょうにつらつらと言葉を並べるサクヤ。

 違和感いわかんを覚えたのは二階にいるサクラだけであり、興奮こうふんするエドガーが気付くことは無かった。


「<分かった。もしかしたら訳ありさん・・・・・かもしれないし、言う通りにしよう。でもせっかくのお客さんだ……歓迎かんげいしたいなぁ>」


 う~んと、座りながら考え込むエドガー。

 ローザやサクラはおかしな点に気付くが、久しぶりのお客様に舞い上がってしまったエドガーには、もうなにも聞こえていなさそうだった。

 そんな中、サクヤが【心通話】で、ローザとサクラにだけ聞こえる様に。


<それと……注意しておきたい事がある――>


 と、自分の感じた事を二人に話すのだった。





 一方で、宿の一階。大部屋のノインたちだが。

 ノインの思う気持ちを聞き入り、しばしの沈黙が流れていた。

 そこに、目を覚ましたエリウスが。


「――それならば、なおの事わたくしの力は……【召喚師】のさまたげになるのね」


「「「……!」」」


「エリウス様っ……」


 おどろく三人と、エリウスをささえて起こすオルディア。


「シャル……聞いてたの?」


「……ええ。《のおかげ・・・・で……スノードロップや貴女あなたの目的も理解したわ……」


 「エリウス様!」とけ寄るリューネ、そしてレディルだったが。

 エリウスの視線しせんはノインにそそがれている。

 今までの話を、エリウスは《石》。【欲望の菫青石ディザイア・アイオライト】を通じて聞いていたらしい。

 正確には、“悪魔”ベリアルが、精神干渉せいしんかんしょうで告げ口していた。のだが。


「そっか……軽蔑けいべつしたでしょ。アタシやスノーの事、シャルを利用した形だからね……」


 【送還師そうかんし】であるエリウスは、言わば【召喚師】の宿敵ライバルのような力を持った存在だ。

 異世界人であるノインやスノードロップ、【魔女】やこの宿の異世界人たちも、【送還師そうかんし】の力があれば、強制的に元の世界に送り返せるのだから。

 そんなノインの言葉に、エリウスは意外な言葉を掛ける。


「そうね……貴女あなたを助けたいと思う前のわたくしだったなら、その言葉を聞いた瞬間に激怒げきどしていた事でしょうね……わたくし義務ぎむである“送還”は……現状げんじょう使えない……もし、あの時あのまま帝都ていとに残っていたとしても、力が戻る事は無かったと思えるわ……」


 あの時、帝都ていとに着いたエリウスは、すぐさまスノードロップに身柄みがらを抑えられた。

 スノードロップとノインが待ち構えていたと言うのもあるが。

 もしそれがなかったら、エリウスはおそらく兄である新皇帝しんこうていラインハルトに捕まっていただろう。

 そうなれば、未来は無かったかも知れない。

 現に、【黒銀翼こくぎんよく騎士団】という新設騎士団が、エリウスを追ってきているのだ。

 ラインハルトがエリウスの“送還ちから”を使おうとしている事は、想像できる。


「でも、アタシ等が“送還”の力を遠ざけたのは事実だよ。こんなことを言えば、スノーは怒るかもだけどさ……アタシの中で、シャルはもう立派りっぱな仲間だって思ってるよ、理由を求められたら、答えられないけどさ」


 両手をげて、降参こうさんのように言うノイン。

 実際エリウスを遠ざけたのは、【送還師そうかんし】の力を戻らせない為でもあった。

 それ以外にも、スノードロップには何か考えがあるらしいが。

 それを聞く前に、ノインはもうエリウスをいていた。


 エリウスはベッドから身体を完全に起こして、立ち上がる。

 服のすそめくり、その腹部を見せた。


「エ、エリウス様……?」

「おいエリウス、何やって!」

「――わっ……」


 三者三葉さんしゃさんようおどろく、リューネ、レディル、オルディア。

 しかしノインだけは、その白い肌を見て。


「……【呪印カースド・エンブレム】」


 エリウスの腹部、そのへそぐ下に、すみれ色の紋章もんしょうが浮かび上がっていたのだ。


「やはり、ノインは知っているのね……」


 そのエリウスの言葉で、ノインは全てさとった。

 エリウスは、“契約者”になったのだと。

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