111話【出兵の時2】



出兵しゅっぺいの時2◇


 【下町第四区画アル・フリート】の関所へ向かう数台の馬車。

 その後方にいる、他の馬車よりも少しだけ豪勢ごうせいな馬車内では。


「――エミリアせまい。もっとそっち行きなさいよ」


「ぐ……ノエル先輩せんぱいめてくださいよっ。こっちは・・・・二人なんですから!」


「ごめんなさいね二人共、私がこちらを占領せんりょうしちゃって」


 せまい馬車内で小競こぜり合いをするエミリアとノエルディアに、一人で反対側に座るオルドリンが、申し訳なさそうに言う。が。


「いいんです、オルドリン先輩せんぱいはまだ帰国されて間もないのですから!ゆっくりと休んでください!」


「こらエミリア!私も先輩せんぱいだっての忘れてない!?」


 まるで、ノエルディアはせまくてもいいだろ。と言われたようで、流石さすがにカチンと来たのだろうが、ポンが多すぎて事実そう思われてはいなさそうだ。


「まぁ……ノエル先輩せんぱいですから」

「まぁ……ノエルだしねぇ」


「ひっど!!」


 涙目で二人の【聖騎士】を見るノエルディア。

 そんなノエルディアは、やはりというか何というか、メイド服だった。


「ノエル、あなたはいつからメイドになったのかしら?」


「今それ聞きます!?」


 オルドリンからの痛い質問しつもんに、ノエルディアは泣きそうになった。

 ばつとは言え、メイド服を正装にさせられてしまった【聖騎士】。

 今ばかりは、あるじである第三王女ローマリアをうらみたい気分だった。

 答えにくい質問に答えたのは、本人ではなく。

 隣にいる後輩こうはい【聖騎士】だった。


「ノエル先輩せんぱい、私と兄が【聖騎士】に成った時、色々とポンコツやらかして……ローマリア殿下にメイド服これを着せられたらしいです。それに何故なぜか、オーデイン副団長も乗り気で」


 と言うよりも、本人が一番慣れてしまっているのが問題な気もするが。


「……なるほどねぇ、副団長らしいわ」


「そうなんですか?」


 笑いながら、副団長オーデイン・ルクストバーの何かを知っていそうなオルドリン。

 これには後輩こうはい二人も、「おっ!?」と言う感じで前のめりになる。

 しかしオルドリンは、クスリと笑い。


「あ~、違うわよ?そんな色っぽい話なんかじゃないわ」


「え~?あやしい~」

うそくさいです、オルドリン先輩せんぱい


 否定するオルドリンに、ニヤニヤしながら詰め寄る二人。

 馬車内は、一気にかしましいものに。


「本当に違うからぁ!ただ単に、近所ってだけよっ……子供の頃からよく遊んでいたし、少し皆よりも知っているってだけで……」


 オーデイン・ルクストバーは、公爵家の若き当主とうしゅだ。

 一方でオルドリンは、スファイリーズ男爵家の令嬢れいじょうではあるが、くらいはそれほど高くない家柄いえがらだ。

 確かに幼い頃から世話にはなったが、恋愛感情があるかと聞かれれば。


「……でも、好きなんじゃないですかぁ?」


 直球で聞くのはノエルディアだ。

 彼女は、少なからずオーデインとオルドリンのやり取りを知っている。

 エミリアでは分からない事を見て来ていて、思う所があるのだろう。


「……そ、それは……」


「「……」」


 後輩こうはい二人からの熱い視線に。


「あ~~~~!お終い、お終いよ貴女あなたたち!【下町第四区画アル・フリート】までもう直ぐなのだから、少しは気を張りなさいっ。リラックスするのはいい事だけど、こんな話をいつまでもしていては駄目だめ駄目だめなのよっ!」


「「ええ~~」」


 そう言って、オルドリンは窓の外を見る。それ以上、後輩こうはいたちと目を合わせようとはしなくなった。

 当てられた手の下にあるほほが、真っ赤になっていると自覚して。





 【貴族街第一区画リ・パール

 とある貴族の屋敷やしきに、真っ赤なドレスをまとった淑女しゅくじょおとずれていた。

 しかし顔は大変不機嫌ふきげんであり、昨夜に聞かされた戦争の情報・・・・・に対して、自分が参加できない事に腹を立てていた。


「――スィーティア様、次の方が参ります」


「はいはい……分かったわよ」


 にいる正装の【聖騎士】アルベールに言われ、スィーティアは顔を営業スマイルに切り替える。

 ドアを開ける少年騎士ケインがせっせと働く姿を見ながら、部屋に入ってくる貴族の男に笑顔を見せる。


「これはドーソン子爵、よくお越しになって下さいましたわ……」


 スィーティアは立ち上がり、ドーソン子爵に手を差し出す。

 子爵は恐る恐るながらも、差し出された手を取り。


「この度は、ご公務こうむの復帰……嬉しく存じます。スィーティア王女殿下でんか


 と、武闘派のスィーティアにビクつきながらも挨拶あいさつをした。

 しかし、場所は【貴族街第一区画リ・パール】。

 このドーソンと言う貴族も、【貴族街第一区画リ・パール】に住む貴族だ。


管轄かんかつでない区画にも拘わらず、お会いして頂けて……大変嬉しいですわ」


 そう。スィーティアの管轄区域かんかつくいきは、【貴族街第二区画ダイディア】であり、ここではない。

 ならば、何故なぜこの場で公務こうむなどと言う事をしているのか。

 豪勢ごうせいなドレスまであしらって。


「ここに来ていただけたという事は……よろしいのですか?」


「は、はい……殿下でんか。少ないですが、ご協力させていただきたいと思います」


 そう言って、ドーソン子爵は小箱をテーブルに置く。


「感謝します。ドーソン子爵……」


 頭を下げるスィーティアにならい、アルベールとケインもドーソン子爵に礼をする。


「い、いやいや……」


 汗をチーフできながら、アルベールを見る。

 アルベールの家であるロヴァルト家は、【貴族街第一区画リ・パール】の中でも有力貴族だ。

 しかし、長いあいだ管轄者かんかつしゃがいないのも事実。

 スィーティアの目的は、この【貴族街第一区画リ・パール】でくすぶっている貴族たちを、一纏ひとまとめにする事だった。


 ドーソンが置いた小箱の中には、銀貨や金貨が入っているはずだ。

 手始めに資金調達しきんちょうたつ。ドーソンの前にも数人の貴族が訪問ほうもんしてきており、その多くがスィーティアを支持しじすると言ってきた。


 これが、今の【貴族街第一区画リ・パール】だ。

 【月破卿げっぱきょう】という絶対的なリーダーを失って数年。

 誰もかれもが、今の実態に不満を持っているという事だろう。

 かく言うロヴァルト家だって、【月破卿げっぱきょう】が居なくなった後釜あとがまではあった筈なのだ。

 しかし、もっともヴァンガード家と近しい間柄あいだがらだと言う理由で、領地りょうち剝奪はくだつされている。


 今はようやく、アルベールとエミリア兄妹の功績こうせきによって公爵まで爵位しゃくいを上げたが、【貴族街第一区画リ・パール】の管轄権かんかつけんは空白のままだった。


 ドーソン子爵が帰り、スィーティアは背凭せもたれにぐったりともたれ掛かる。


「……疲れた」


「お疲れ様です。殿下でんか……」

「スィーティア様。これ、アイスティーをどうぞ……」


 アルベールとケインにねぎらわれ、スィーティアも一息く。

 アイスティーを飲みながら、アルベールに。


「今日は?もうお終いかしら?」


「……はい。予定はありませんが、明日がありますので」


 今日の公務はお終いだが、まだ明日があると言うアルベールにスィーティアは。


「アルベール。よく平気でいられるわね……?妹の事、心配ではないの?」


「……」


「ス、スィーティア様……」


 言わない様にしてたのに!と言う顔をして、ケインが顔を青くする。

 しかしスィーティアは続けて。


「明日には出発するのよね……いいの、会いに行かなくても。最後・・になるかもしれないわよ?」


「……確かに、今朝聞いた時はおどろきました……でも、エミリアは大丈夫ですよ。俺なんかよりしっかりしていますから……」


 その笑顔は、痛々しかった。

 心配していますと書かれた笑顔は、アルベールの【聖騎士】としての覚悟だろう。


「別にいいけれど、仕事をしっかりこなす貴方あなたえらいと思うし、流石さすが私が選んだ男だと認めてあげたいけど……」


 スィーティアは、スィーティアなりに気を遣ったのだろうか。

 もしくは、アルベールを試しているか。


「お気遣い感謝します。ですが、俺も覚悟を決めてスィーティア殿下でんかの騎士に成ったのです……仕事を優先しますよ」


 そう言い、スィーティアに一礼して、アルベールは机に置かれた沢山の献上品けんじょうひんまとめて、大きな箱に入れていく。


「――あ、手伝います!アルベールさん!」


 ケインも、空気が重い中アルベールを手伝い、スィーティアは笑みを浮かべながらその作業を見ていた。


(いいわ。アルベール……そうでなくては、私が我慢がまんしている意味がないでしょう?)


 何を隠そう、今回の件で一番の我慢がまんいられているのは自分だと、そう思うスィーティア。

 今朝方、戦争せんそうの為に【聖騎士】が派兵はへいされると聞いたスィーティアは、自分が行こうとしたのだ。

 ローザに負けた鬱憤うっぷんを晴らそうと、力でも振るえば楽になると考えてだったが。

 アルベールとその【従騎士じゅうきし】ラフィーユに止められ、渋々今日の公務をこなしていたのだった。

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