100話A【繰り返す未来《ルフラン》】



繰り返す未来ルフラン


 カツカツと音を鳴らして、誰もいない町にひび革靴かわぐつの音。

 やがて音は止まり。その足元には茶髪の少年が、苦しそうに胸を押さえながら倒れ込んでいた。

 歩いてきた一人の女性は、倒れる少年を見下ろして言う。


「取り戻したようですね、契約の力を……はい。今お話した事が、現状げんじょう言える全てです」


 女性は、栗色の髪を耳にかけながらかがみ、少年の頭部をいとおしそうにひざに乗せた。

 【福音のマリス】の新しい従業員、ドロシー。いや“大天使”スノードロップ・ガブリエルだ。

 彼女は、先程までのエドガーとエミリアのやり取りを、すべて見ていた。

 正確には、えていた。だが。


「ええ、しゃくですが……わたくしと【魔女】の【接続能力リンクスキル】……【繰り返す未来ルフラン】を発動されたようですね、エドガー様……」


 スノードロップは優しくエドガーのひたいでる。

 異世界人サクラとの契約のあかしである、白い《紋章》がそこにはあるが、スノードロップが見ているものは、更にその奥・・・にあった。


「そうです。わたくしともう一人、そして【魔女】が。その【魔女】の《石》は脳内にあります……その反動が、ここ最近の不調ふちょう原因げんいんでしょう。まぁ、わたくしの《石》のせいでもあるのですが……」


 そう言いながら、スノードロップはエドガーの胸をでた。

 スノードロップの《石》、【運命の水晶デスティニー・クォーツ】は本来胸にある。その場所だ。

 脳内に存在する筈の《紋章》は物理的に見ることは出来ない上に、《魔法》などでも感知する事が出来なかった。


もうし訳ないとは思っています……“きずな”……ですか。いえ、今となってはのろいでしょう……」


 依然いぜんに言われた言葉を思い出して、スノードロップは苦笑いを浮かべつつも、今の・・エドガーのほほれた。


「本当に……面影おもかげがあります」


 以前のエドガーは、老人手前の年齢ねんれいだった。

 それを考えても、現在のエドガーから面影おもかげを感じるのだ。


「ええ。やはり、成功していたのですね……【魔女】のあの《魔法》は」


 スノードロップは少しだけ憎々にくにくしく【魔女】を思う。

 以前、《転生魔法》は失敗しているかもしれないと話し、スノードロップたちは生まれたばかりのエドガーから離れることになった。

 その後、西国に辿たどり着いたスノードロップたちであったが。

 その時からだ。【魔女】ポラリス・ノクドバルとの関係が、一気に険悪けんあくなものになったのは。


「よくもわたくしやノインをあざむいたものです。一人だけエドガー様を監視かんししていたのでしょうが、これからはそうはさせません。もうぐわたくしの仲間、ノインたちが王都に到着とうちゃくするでしょう……そうすれば」


 帝国から逃げたさい、ポラリスが追ってくる可能性も考えていたが、追手は騎士たちだけだった。

 これは、スノードロップの中で想定外そうていがいに当たるものだ。

 隠蔽いんぺいの為に《石》の力を使っていないスノードロップは、今現在ポラリスの居場所を感知できない。

 それは相方であるノインも同じで、傷がえるのを待っている状態じょうたいだ。


「はい、かまいません。あの【魔女】が何をたくらんでいるか、分かったものではありませんから……」


 十数年前から、いや、この世界に来る前から、スノードロップとポラリスは険悪けんあくの中だ。

 この世界に“召喚”されたのも戦いの最中さなかであり、まさか仲間になるとは思わなかった。当初は、そうとう当時のエドガーをうらんだものだ。


 しかし、それも今となっては一昔ひとむかし前の事。和解わかいしたとは言えないが、同じ“契約者”を持つ実力者だという事だけは、みとめている。


 スノードロップは、エドガーに向けて。


「わたくしとノインが貴方様に気が付いたのも……あの【魔女】の行動をあやしんだから。思えばまだ、それ程時間はっていないのですね……」


 スノードロップがエドガーの素性すじょうに気付いたのは、【禁呪の緑石カース・エメラルド】を【召喚の間】に置いた時だった。(描写はない。時系列的に言えば、1部2章)

 その時はまだ半信半疑はんしんはんぎであり、15年振りに見る彼の身体的な成長を喜んでいたが。今は違う。

 【召喚師】としても成長し、数人の異世界人をまねいたその実力は本物。

 老人手前だったあの時のエドガーに、“召喚”した数はすでに並んでいた。


「エドガー・レオマリス……しかし本当に、同じ名前を付ける事だけは反対だったのですが……」


 本来ならば、“天使”であるスノードロップが、エトヴァルトと名付ける予定だった。

 しかし、名付けたのはエドガーの父親だった。


うらみを込めた、にくむべき相手だから……そう言っていましたよ、彼の父親は」


 エドガーの父エドワードが、憎悪ぞうおを忘れない為に付けたのだ、父と同じ名を。


「ですが、今になってよく分かりますよ……【召喚師】としての力を持たなかったあの方が、彼……エドガー様をうらむのも。帝国にいてなお、その向けるべき悪意あくいは……エドガー様にあったのだと、理解させられました」


 エドワード・レオマリス。またの名を、帝国軍事顧問ぐんじこもんシュルツ・アトラクシア。

 スノードロップたちの昔からの仲間であり、素性すじょうを隠す為に部下としてせっしていた、あの男。

 【召喚師】としての力を持たない彼は、父であるエドガーにつらく当たられていた。

 欠陥品けっかんひんだと、失敗作だとけなされて。


「確かにきびしいお方でしたが……でも、愛情はあった筈なのです。だからこそ、わたくしが守るのですわ……今の彼を、エドガー様を」


 これこそが、“天使”スノードロップの目的だ。

 エドガーを守り、家族のきずなを取り戻す。


「ですが、彼女はもういない……はい、エドガー様の母親は、異世界人・・・・です」


 スノードロップはエドガーをでつつ、その面影おもかげを探す。

 エドガーの母であり、エドワードの妻であり、同じ異世界人である、マリス・レオマリス。

 本名、マリ・スイレン。

 異世界【地球】から来た、日本人だった彼女を。





「ぅ……ぅぅ……」


「……(苦しむ顔は似ているでしょうか……?)」


 エドガーはうなされている。きっとまた、来るべき未来をり返しせられているのだろう。

 スノードロップは、小さなかばんの中からかわいた薬草を取り出して、指でクシャクシャッとつぶしエドガーの鼻もとにあてがう。


「気休めでしょうが、ドライハーブです……少しは効くはずですが。いえ、もう【月のしずく】はありませんよ」


 効能を凝縮ぎょうしゅくさせた、ただの香草こうそうだ。

 リラックス効果をうながすものであり、傷薬ではない。


「もう四十年もすれば……あのようなお姿になるのでしょうね、きっと」


 死に間際まぎわのエドガーは、【魔女】の《魔法》によって命を落とした。

 そしてそのたましいは、《転生魔法》によってマリスの腹の胎児たいじに転生させられたのだ。


「……すぅ……すぅ」


「正直、もう関わらない方がいいかとも思いましたが、あの【魔女】が何かをたくらんでいる以上……わたくしもノインも、指をくわえて観測者かんそくしゃてっしていられるほど、吞気のんきではありません」


 寝息ねいきを立て始めるエドガーの顔を見て、笑顔を見せるスノードロップ。

 香草こうそうのリラックス効果が出てくれたようだ。


「……はい。わたくしは、守るためにここに戻って来たのですから……」


 スノードロップの視線しせんは、暗がりに向けられている。

 今までの“天使”の独白どくはくは、ただのひとり言では無かった。


 視線しせんが向けられるその暗がりには、物凄い威圧感いあつかんはっする、“魔王・・が居たのだから・・・・・・・

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