93話【派兵】



派兵はへい


 ローマリアは、セルエリスを待つために玉座ぎょくざの横に立った。

 エミリアとノエルディアは横で待機している。

 そしてギルオーダはニコニコしながら、エミリアとノエルディアに手を振っていた。


「ノエル先輩せんぱい……あの人駄目だめです」

「知ってる」

「多分、クビです」

「そう思う」


 こそこそと話す二人に、ギルオーダは投げキッスまでして来た。


「ちっ……この万年発情猿はつじょうざるが」

「……流石さすがに引きます」


 ローマリアが激睨げきにらみしているのに、気付かないギルオーダ。

 そんな中、セルエリスが到着とうちゃくした。

 騎士ヴェインに連れられて、ゆっくりと歩いてくる。

 流石さすがに第一王女、落ち着いている。


 セルエリス王女が玉座ぎょくざに座ると、ぐに。

 ローマリアが仕切りを行う。


「【聖騎士】ギルオーダ、顔を……もうあげているな」


 ため息をきたくなった。


「――かまわないわローマリア、その猿が馬鹿ばかなのは、世界共通だから」


「エ、エリス姉さま」

(エリス姉さまが冗談じょうだん言った!?)


 どうやらギルオーダに関しては、セルエリスですらあきらめているらしい。

 なんとも残念なことだ。


「ありがとうございまっす!」


「「めていない」」


 姉妹でそろった。


「そっすか……んじゃ報告です!」


「く、この馬鹿猿ばかざる!お前が仕切るなっ!」


「ローマリア」


「ですがエリス姉さま!」


 セルエリスは首を振るう。

 ローマリアも、それ以上は何も言わないでギルオーダに言う。


「続けなさい」


「あざす。では……まず先に、【ルウタール王国】国境こっきょう付近のとりでに関してっす。以前【聖騎士】オルドリンが報告していると思いますが……そのとりでが、完成しました」


速過はやすぎではない?」


「そっす。マジで速い。俺らもビビりましたから」


 ギルオーダはおくすることなく、セルエリスに対してもフラットな態度たいどで接する。

 セルエリスは完全にあきらめているし、ローマリアもまゆをピクピクさせてはいるが、横槍を入れるつもりはないようだ。

 唯一ゆいいつ、セルエリスの騎士であるヴェインが後方で鬼のような顔をしていたが、幸い誰も気付かなかった。


「――それで?」


「はい。戦いの準備……それがととのったのではないかと思われるっす」


「……牽制けんせいは?」


再三さいさんに渡って続けてたっす。でも、何度も何度も、不可思議ふかしぎな事が起こって……邪魔じゃまされたっす」


不可思議ふかしぎ?」


「うっす。言葉は届いてるんですが、一向に聞き入れません。まぁこれは、敵国認定にんていしていればそりゃそうかってなるっすが、牽制けんせいで放った弓も投石も、軌道がズレる・・・・・・んすよね……」


 そのせいで、一切とりで建築けんちく邪魔じゃまできなかった。

 しかも物凄いいきおいで建築けんちくが進み、尋常じんじょうではない状況じょうきょうなのだとギルオーダは言う。


「オルドリンが戻って来てから更に状況じょうきょうが悪くなったようね……」


「そうっす。だから戻ってきました。俺の馬が一番早いっすから!」


「そう」


 流した。


「……」


 セルエリスは考える。この【ルウタール王国】の異常なスピードは何か。

 建築物けんちくぶつを建てる事自体は、そこまで注意する事ではない。

 その建築物けんちくぶつ堅牢けんろうとりで城砦じょうさいに近いという点が、に落ちない。

 【ルウタール王国】は武力の低い国だった。それは変わっていない筈。

 しかし、とりできずく速さに牽制けんせいにしない不思議ふしぎな力、それは脅威きょういだ。


「この前増員した騎士たちは?」


「少し前に到着して、訓練くんれんは毎日おこなってるっす」


 それを【ルウタール王国】側に見せつける様にして。

 しかし、それでも止まらなかったという所だろう。


「ギルオーダ、其方そなたの……いや、ヴィクトーのねらいは何だ?」


 ヴィクトーとは、派兵はへいされている【聖騎士】の名だ。

 彼は【聖騎士】最年長であり、【聖騎士団長】を決めるさい、彼が辞退じたいしたことで、クルストル・サザンベールがおさとなったのだ。


「うっす……ヴィクトーのオッサ――じゃなかった……分隊長ぶんたいちょうによると、【聖騎士】の派兵はへいを求めるとの事です」


 流石さすが真面目まじめになったギルオーダは、頭を下げてセルエリスに嘆願たんがんする。


「どうか、【聖騎士】全軍の派兵を・・・・・・!」


「「「!?」」」


「……」


 おどろいたのは、ローマリアとエミリア、ノエルディアだ。

 セルエリスは冷たい目で、ギルオーダを見おろす。


「……」


 ギルオーダはぽたりと汗を落とす。緊張しているようだ。

 その様子に、つられて緊張するエミリアとノエルディア。

 なにせ二人だって【聖騎士】だ、全軍と言われれば、おのずと自分たちもふくまれる。


駄目だめよ」


「……で、ですよね」


 セルエリスは許可をしなかった。

 ギルオーダも、半分以上は分かっていたのだろう。

 少し安心したように顔を上げるが。セルエリスが続けて。


「――全軍は容認ようにんできぬ……精々せいぜい、半分よ……」


「えっ!エリス姉さまっ!?」


 おどろいて声を上げるローマリアを、セルエリスは手でせいし。


「ヴィクトーは戦争せんそうを始めるつもりね……まぁ、あちらもそのつもりなのでしょうし、都合つごうはいいと思っているのでしょう。それは私も考えてはいた……」


 【ルウタール王国】の目的が侵攻しんこうならば、防衛ぼうえいという理由をつけて叩く事が出来る。

 それは、セルエリスにとっても好都合こうつごうだった。

 しかし、全軍となると話は違ってくる。

 最大限に注意するべきは、南ではないとセルエリスは確信している。


「……姉さま!!」


だまりなさいローマリア。決定権けっていけんは私にあるわ」


「――ぐっ」


 威圧いあつにローマリアは押しだまる。そしてセルエリスは。


「いいでしょう。そこにいるロヴァルトとハルオエンデ、そしてオルドリン・スファイリーズを戻す形で、派兵はへいする」


「マジっすか!?」


「……」

「……マジ?」


横暴おうぼうです姉上!この二人は私の――」


「――それ以前に国の騎士よ。だまりなさい」


「しかし、姉上!」


「話は以上ね。派兵はへいは決定……出立しゅったつは三日後、それまでに準備なさい」


 そう言い残し、セルエリスは玉座ぎょくざを立ち、謁見えっけんの間を出ていく。

 ローマリアは「姉上!お待ちください!!」とさけびながら追いかけていくが。

 残されたエミリアとノエルディアは。


「……」

まいったわね……戦争せんそうか」


「……っ」


 ノエルディアの言葉に、エミリアは肩をふるわせた。

 ポンと背を叩かれて、ノエルディアを見るエミリア。


「これが、【聖騎士】に成るって事よ。エミリア」


「は……はい……」


 いつにないノエルディアのトーンに、エミリアは萎縮いしゅくして何も言えなくなった。


「三日……後。私……戦争せんそう……」


 手はふるえている。覚悟はしていたつもりだった。

 騎士を目指した以上、戦いはおこなわれる。

 しかし、もう何年も均衡状態きんこうじょうたいだった近隣諸国きんりんしょこくとの情勢じょうせい

 本音を言ってしまえば、自分の代では戦争せんそうなど起きないと思っていたのだ。


「……ど、どうしよう……エド……私」


 エミリアは自分の双肩そうけんに、急激きゅうげきに“死”と言うものがのしかかって来た気がして。

 その身体も、その心も、絶対零度ぜったいれいどの寒気でおおわれてしまっていたのだった。

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