82話【罅】



ひび


 お遊びたたかいを終えて、意識を失った第二王女スィーティアをかかえるアルベール・ロヴァルトは、優しげな顔で王女のほほに付いた土をはらった。

 そして小さな声でねぎらいの言葉をかける。


「――お疲れ様です……殿下でんか


 そう言うと、お姫様抱っこのような形でスィーティアをかかえ、立ち上がると。


「エミリア……ローマリア殿下でんか……」


 兄の心配そうな表情ひょうじょうさっして、エミリアも。


「いいよ兄さん。スィーティア様を医務室いむしつに連れていってあげて」


「ああ、そうしてくれアルベール。ティア姉上も、どうやら事前に、医務室いむしつ患者かんじゃが運ばれてくると言っていたようだからな」


 当人も、まさかそれが自分だとは思ってはいなかっただろうが。


「感謝します、ローマリア殿下でんか……ローザさんも、ありがとうございます!」


「ええ。よろしくね……アルベール」


 アルベールは三人に笑顔を向けると、スィーティアを連れて行った。

 傷は大したものではない。火傷やけどこそあれど、あとも薬で残らない筈だ。

 ただ問題は、ローマリアの指南役しなんやくであるローザが、第二王女をのしてしまった・・・・・・・事だろう。

 ローザは一切気にしていない様子だが、ローマリアは内心ドッキドキだった。

 しかし、気分がいいのもまた事実。不思議ふしぎと口元がにやけてしまう。


「だらしない顔しないの。ローマリア」


「ご、ごめんなさい……だけどローザ、良かったの?ティア姉上は、その……」


 言いにくそうに、ローマリアはごにょごにょと口を動かす。

 そんなローマリアを笑いながら、ローザは。


「いいのよこれで。私とあの子は、もう違う道を歩くべきなの……ここは、私たちの知っている場所ではないけれど……これから、知っていける場所なのだから」


 そう。知っていけばいい。

 別々の道を歩いて、自分を探す。

 ローザはそうする事を決意できた。

 スィーティア王女には、まだ通じていないかもしれないが、ローザの考えを何度も何度も思い返していけば、きっと。


 元の姿のまま、はるか未来の異世界と言う場所に“召喚”された姉と、数千年という長い時代を“転生”して来た妹の物語は、別々であるべきなのだから。


「それはそうとエミリア……これ」


 ローザは槍をエミリアに渡すが、何故なぜか物凄くもうし訳なさそうにしていた。

 エミリアは不思議ふしぎそうに受け取り、槍を見ると。


「……あぁ、これまた凄くボロボロな事で……」


 赤い槍は所々が黒くすすおおわれており、装飾そうしょくされた【エミリアの花】も、ボロボロで形が判別できなくなっていた。

 更には、槍の刃部分。

 刃毀はこぼれは激しく、ローザの炎にえきれなかった箇所かしょ罅割ひびわれていた。


「ごめんなさい……あなたの槍を……」


 ローザはエミリアに頭を下げようとするが。


「ダメ。あやまらないで?」


 ローザの頭を下げさせず、エミリアは笑顔で言った。


「ローザの為になったなら、それがこの槍の役目やくめだったんだよ」


「……エミリア」


「あ、その代わりにさぁ……修理はお願いね?」


 ハッキリと言ってしまえば、修理よりも作り直した方が早いレベルでいたんでいる。

 それでもローザは。


勿論もちろんよ、全霊ぜんれいくさせてもらうわ」


 どれほどの事をほどこせるかは分からない。

 だが、エミリアがのぞむのなら最善さいぜんくしたいと思った。

 それが、初めてできた友達と呼べる、この少女に対する礼儀れいぎだと思ったローザだった。





「そろそろ退散たいさんしましょう。人払ひとばらいをしていたとはいえ、ティア姉上が医務室いむしつに運ばれた事はぐに知れ渡るはずだから、それに……げ臭いし」


「た、確かに」


 スンスンと自分のドレスをぐローマリア。

 ローザの熱風ねっぷうっすら焼かれて、若干じゃっかんげ臭さを感じた。

 エミリアもクンクンと騎士服をいでいた。


 三人は訓練場くんれんじょうを後にする。

 誰に見られる訳ではないが、こそこそと。

 【リフベイン城】の屋外訓練場やがいくんれんじょうは、げた臭いがただよっていたが、そこは屋外である。さわやかな風がなびいて消し去ってくれる事だろう、あとは知らないが。


 帰りぎわ、スィーティア王女をかかえたアルベールが帰っていった方をながめて、ローザは思う。


(次に会うときは……姉妹ではないわよ。スィーティア王女)


 エドガーに“召喚”され、それでもこの世界で、この世界の人間として生きる事を決めたローザ。

 “転生”し、何度生まれ変わり別人になろうとも、私怨しえんに取りつかれたライカーナ。


 一度は交わった道は、決別と言う形で別れることになった。

 もしかしたら、二人が仲良くできる未来もあったかもしれない。

 ローザの選択がこの先どう変化するか、知りえる事ではない。


(ライカーナではない、スィーティア王女としての人生を生きなさい。私も、生きるから……ロザリーム・シャル・ブラストリアではなく、ローザとして……)


「ローザ?」


「……なんでもないわ。行きましょう」


 心配そうに声を掛けるエミリアに笑顔を見せて、ローザは並び立った。

 ローザの向かうところは、エドガーの隣だ。

 自分だけの人生を歩むつもりは、今の自分には毛頭もうとう無い。


(関わってしまったから……私は進む、エドガーと……皆と共に)


 “召喚”なんて特有とくゆうぎる始まりも。

 思えばすべて、自分の物語の一部だ。

 同じ境遇きょうぐうの仲間たち、友と呼べる存在、そして何よりも大切な――エドガーの為に。


(私の物語は、これからが始まりよ……)





 【リフベイン城】の医務室いむしつのベッドに、スィーティア王女は横たわる。

 《石》のお陰か、怪我けがは本当に大したことは無かった。

 痛みに顔をゆがめる事もなく、今はすぅすぅと寝息ねいきを立てていた。


 簡単なり薬だけで済み、治療ちりょうを終えた医師いしは。


「――ではロヴァルト様……私は、一旦いったん席を外しますゆえ」


「あ、はい。治療ちりょう感謝します……先生」


 スィーティア王女を医務室いむしつに運びこんだアルベールは、先程の戦いを思い返していた。

 姉妹だと言われた時は度肝どぎもを抜かれた。

 エドガーが“召喚”した、ローザの妹だというスィーティア王女の言動もうそとは思えなかったし、なにより行動がしんせまっていた。


「……このかたを放っておくことなんて、俺には出来ねぇよ……くそっ」


 あぶなっかしく、見ていなければ傷だらけになっていきそうな女性を見ながら、アルベールは思う。自分には、心に決めた女性がいる。

 【聖騎士】に成ってからはほとんど会えておらず、すれ違いと言ってもいいくらいだ。

 そんな思い人に、今はとても会いたい。

 だが、そうすれば。


「スィーティア殿下でんか……もしかしなくても、貴女あなたは俺を……」


 自惚うぬぼれる訳ではないが、スィーティア王女の好意こういには気付いている。

 自分を専属せんぞく騎士にしてくれたのだって、きっとそうだ。

 もし、今メイリンに会いに行けば、この人はこわれてしまうかもしれない。

 姉に負け、騎士には見捨てられたなんて、精神的に不安定なこの女性がショックを受けない筈は無い。


「……俺が」


 そばにいれば、この人は立ち直れるだろうか。

 戦いを見ていて、スィーティアが強い事は分かった。

 あのローザに対抗たいこうして、あそこまで戦えるんだ、それはもう確実に強いのだろう。

 それに《石》もある。

 エドガーのお陰で、《石》と言うものがどれほどの力をめているのかも知っている。


(この人は、人をひきいる事が出来る人だ……でも、それは今じゃない。もっと、もっともっと俺たち【聖騎士】が強くなって、この人を守れるくらいになった時……きっと【聖騎士】をひきいているのはこの人だ)


 そんな予感よかんが、アルベールにはあった。

 今は、数少ない【聖騎士】の半数が第一王女セルエリス、そして第三王女ローマリアの傘下さんかだ。

 だが、もしかしたら未来は違うのではないかと、そんな根拠こんきょのない確信が、アルベールの胸の鼓動こどうを速くしていた。


(俺がこの人をみちびくだなんて大層たいそうな事は言えねぇ……でも、この国の未来に……スィーティア殿下でんかは必要なおかただ……それだけは、今でも言える……だから、俺は)


 この一つの決意は、アルベールの人生を大きく左右する事になる。

 それはまわり回って、アルベールの妹であるエミリアや幼馴染エドガーをも巻き込む事になる。

 はるか遠い、未来の王のそばつかえる騎士の物語は、こうして動き出すのだった。

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