78話【数千年越しの姉妹喧嘩1】



◇数千年越しの姉妹喧嘩しまいげんか1◇


 数奇すうきな運命だと思った。

 私の人生は、何度も何度もひとりでに転がる、おかしな《石》の様なものだと、俯瞰的ふかんてきに見ていたのかもしれない。


 それでも、私は選んだ。

 みずから転び、進んで行くことを選んだ。

 転がされるのではなく、のぞんで転がる事を選んだのだ。

 運命と言うものがあるのなら、私の運命はこの世界・・・・めぐるのだと、思うことも出来た。


 それは――いとしささえ覚え始めた少年と、友人と呼べる少女。

 同じ境遇きょうぐうの仲間たちとの出逢いによってめぐる――私の物語。





 巫山戯ふざけるな!!

 誰がこの化物ばけもの野放のばなしにした!

 監視かんしされ、管理されるべき存在のこの女を、私が押さえ込むこと。

 それが、それだけが。私ののぞみだったのに。


 そうすれば、国も、世界も、私がこの手につかんでいたはずだったのに。

 目の前にいる姉は、不敵ふてきに笑う。

 それを私は、忌々いまいましそうににらみ付ける。


 何故なぜ、そうまで余裕よゆうを持てるのか。

 一度私に負けた事を、もう忘れたというのか。

 《石》を使わないままに戦闘を始めて、一手目は油断ゆだんをした。それは認める。


 だがしかし、それでも剣技で負けるとは思わなかった。

 ロザリームは魔法使いだ。それは当然、転生前から変わらない筈だ。

 私が転生を何度も何度もり返し、この時代に生まれたのは。

 きっと今の為だと確実に言える。


 一方で、ロザリームは元の世界の姿のまま。

 だとすれば、ロザリームは転生したわけではない。

 何らかしらの方法で時をえて、今この場にいるのだろう。


 転生前の時代、姉を閉じ込めていたとう崩壊ほうかいした。

 恐らく、その時にこちらの世界に渡って来たのだろう。

 まさか、数千年もの時をえる秘術ひじゅつがあるとは思いもしなかった。


 だが、私のやるべきことは変わらない。

 今、目の前にいる姉を叩きのめし、認めさせてやるのだ。

 私のほうが、天の御使い・・・・・相応ふさわしいのだと、知らしめるために。





油断ゆだんしました……まさかお姉さまが、武術で戦いにいどんでくるとは」


「そう?大した事ではないわよ。貴女あなたに負けた事が……いい勉強になった、それだけの事よ」


 自嘲気味じちょうぎみに笑うローザは、うそを言っているようには見えない。

 それが更に、スィーティアを苛立いらだたせた。


「――はんっ!私に負けて、馬鹿ばかみたいに努力どりょくでもしましたか!?尋常じんじょうみた力をほこって他国を滅ぼしたお姉さまでも、人並みに頑張がんばる事なんてするのですねっ!」


「……そうね。そうかもしれないわ」


「……っっ!!」


 ギリッと、歯をきしませる。

 何故なぜそんな事を言うのかと、自信満々なあの態度たいど何処どこへ消えてしまったのかと。

 別人と見間違うほどの覇気はきの無さは、スィーティアがあこがれ、必死におとしいれようとした、憧憬どうけいの人物とは思えなかった。


「ライカーナ……いえ、スィーティア王女。私は今、貴女あなたに負けても、別段くやしくはないわ……」


「――なんですって……!」


「大方、今回のお遊びも……私をみじめに負かして、いい気分を味わいたかったのではない?」


「……」


「悪いけれど、私は貴女あなたの満足の為に戦っているのではないわ……私は、私の――」


「――アルベール・ロヴァルト!!」


「!?」


 ローザの言葉をさえぎる大声をはっして、スィーティアはアルベールの名をさけんだ。

 当然おどろくが、アルベールは即座そくざに反応して。


「は、はいっ!」


 アルベールはスィーティアのもとに向かい、ひざを着く。


「……剣を」


「……え?」


「――剣と言ったのよっ!さっさと寄こしなさい!!」


「し、しかし……今は模擬戦もぎせんで……」


 戸惑とまどうアルベール。

 そんなアルベールに声を掛けたのは、ローザだった。


かまわないわ」


「「――ローザっ!」」


 模擬戦もぎせんでは、実剣じっけんの使用は禁止されている。

 ローザの後方でさけぶローマリアとエミリアの抗議こうぎは当然だった。

 それでも、ローザは片手で二人をせいし、言う。


「ようは負けなければいいのよ。なにも心配なんてらないわ」


 長い髪をファサリとなびかせて、ローザは笑いながら言う。

 しかしそのひたいには、大粒の汗がにじんでいた。

 ローザは、心配そうなエミリアの視線しせんを感じ、汗をぬぐいながら背を向け、スィーティアとアルベールに言う。


「私たちの時代では、実剣じっけんでの訓練くんれんもあったわ。それをこの子も知っているから言ったにぎない……そうでしょう?」


「……え、ええ。その、通りよ」


 ぎこちなさを感じ取るも、アルベールはそれ以上の追及ついきゅうは出来なかった。

 帯刀たいとうしていた自分の剣を抜き、スィーティアに渡す。


「――スィーティア殿下でんか……次の公務こうむも差し迫っていますので、ご自愛じあいを願います……ケインが先延ばしにしてくれているのですから、長時間の拘束こうそくは……」


「――うふふ。分かったわ、可愛かわいいアルベール。帰ったら、ケインにも褒美ほうびを与えないとね……」


 もう一人の専属せんぞく騎士であるあの少年が、スィーティアの時間を調整ちょうせいしてくれたらしい。


「はい。ケインも喜びます」


「……下がりなさい」


「――はっ」


 スィーティアは木剣ぼっけんを投げ去って、アルベールが普段使っている剣をにぎる。

 造りも素材も普通の剣。特別能力などない、この国では一般的なものだ。

 それでも、スィーティアは満足気だった。


「ふふふ……さぁお姉さま。再開しましょうか……」


「そうね。いつでもいいわ」


 ローザは木剣ぼっけんのままだ。

 だがそんな事を気にすることなく、スィーティアは自分が勝つという一点だけを考えて、剣の切っ先をローザに向けた。





 剣戟けんげきの音はしない。

 訓練くんれんが再開されて、少しの時間がった。

 今もローザとスィーティアは戦っている。

 しかし、もう一度言う、剣戟けんげきの音はしていない。


「……すごい……」


 声をらしたのは、ローマリア王女だ。

 ひとみうつるローザの躍動やくどうに、思わず感嘆かんたんの声がれ出たのだ。


「……」


 感嘆かんたんしているのはエミリアも同じであり、そのローザの動きを目に焼き付けようと、まばたきする事もなく見守り続けていた。

 そして、剣戟けんげきの音が鳴らない理由は。


「はあぁぁっ!」


「――ふっ」


 スィーティアの斬撃は、ローザの真横をぎ去る。

 すれすれでけられた剣は、虚音きょおんを鳴らした。

 スィーティアの身体は汗でれ、肩で息をし始める程に体力を消耗しょうもうしていた。

 それはローザも同じであり、《石》のバフが無い状態じょうたいでの戦闘時間は、最長を超えていた。

 しかし相違そういしている二人の違い、それは精神力だろう。

 《石》の力がないとはいえ、ローザが積み重ねてきた戦闘の経験値けいけんちは本物だ。

 一方で、スィーティアの戦闘経験は皆無かいむ

 幼い頃に《石》の使い方を教えてくれた貴族の男性は、魔法使い・・・・だった。

 今、剣を持っているとはいえスィーティアのスタイルも《魔法》寄りなのはいなめない。

 そして最大限に違うのは、ローザとスィーティアの天性のバトルセンスだ。


「……くぅ……はっ」


 剣を杖代わりにして、スィーティアは顎先あごさきから汗をらす。

 ポタリポタリとしたたる汗は、もう流れ切ったのではと思わせる程の量だった。


「……はぁ、はぁ……」


 ローザは肩で息をしながらも、ひざりそうな程の疲労感ひろうかんを見せるスィーティアを見下みおろす。

 そんなローザを、スィーティアはキッ――とにらんで。


「――まだ、まだよっ!」


 下に見られたと勘違かんちがいをして、更に激高げきこうするスィーティア。

 剣を大振りに振るい、ブウンと音を鳴らすが、ローザは簡単にけてしまう。


(何故なぜ……何故なぜなのっ!……私の《石》は発動している、それなのに……どうして歯が立たないのよっ!前は、コテンパンにしてやったのに!)


 スィーティアの【朱染めの種石ヴァーミリアン・ガーネット】は発動している。

 しかし、その効力は吸収・・だ。

 魔力をい、その力をおのれの物にする能力。


 確かに《石》は発動はしている。しかし、効力は一切発揮はっきしていない。

 その理由は単純たんじゅん、ローザが魔力を使っていない・・・・・・からだ。


 おたがい、考えは違う。

 スィーティアは、姉をもう一度コテンパンにしてやりたいと考え。

 ローザは、今自分がすべき事を明確に遂行すいこうしている。

 たったそれだけで、二人の立場は大逆転していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る