68話【帰還者1】



帰還者きかんしゃ1◇


 エドガーが奇妙きみょう邂逅かいこうを果たした翌日。

 【リフベイン城】ではあわただしい光景こうけいり広げられていた。


「おいっ!そっちじゃないって!」

「悪い!でもあっちからも要請ようせいが来てんだよっ」

「人手が足りないって!」

「メイドを使えば……」

「メイドはメイドで準備があんだってよ!」

「【聖騎士】様が戻ってくる・・・・・ってだけで、なんでこんなにてんやわんやなんだよ~!」


 こんなにもあわただしい理由。それは、【リフベイン城】に【聖騎士】が戻ってくるからだった。

 南方の国【ルウタール王国】を牽制けんせいするため、出兵しゅっぺいしていた【聖騎士】の一人が、急に帰還きかんすることになったらしい。

 その報告の書状しょじょうが届いたのは、前日。

 早馬はやうまで届けられた書状しょじょうを目にしたのは、第一王女セルエリス。


 早ければ翌日、つまり今日には王都に到着とうちゃくすると言うのだ。

 書状しょじょうにはそれだけしか書かれておらず、詳細しょうさい帰還きかんしてからつたえたいとしるしてあった。

 また急な話だと、セルエリスですらひたいに手を当てる事柄ことがらだったが、何かがあった事だけは確実だ。

 帰城きじょう歓迎かんげいしない訳にもいかず、こうしてせわしなく準備に追われている次第しだいだ。

 騎士やメイドが、だが。





 数時すうとき(数時間)後、第一王女セルエリスは桃色の髪をふわりとさせて玉座に座り、書状しょじょうを再確認していた。

 丁寧ていねいに書かれてはいるが、その文字は所々がかすれており、消えかかっている箇所かしょもあった。


(……何かあった事だけは確かね。でもこの文字、誰が書いたか知らないけど、いったいどれだけあせって書いたのよ……王族に見せるものだと理解しているのかしら)


 誰が戻ってくるかも書かれていない書状しょじょうは、【聖騎士】のサインだけが書かれているがなぐり書きで読めない。

 しかし押された【聖騎士】のろうは本物ではある。


(それだけの事が南で起こっていたとしたら……西ばかりを気にしてはいられなくなる)


 南国【ルウタール王国】は、大人しい国として有名だった。

 閉鎖的へいさてきなところは、聖王国とよく似ている。

 しかし、肝心かんじんのルウタール王は野心家やしんかとしても知られ、何度か侵攻しんこうをしようと目論もくろんだと言う事実もある。

 いざという時の為に、【聖騎士】数人を警戒区域けいかいくいきまで派兵はへいし、牽制けんせいをしていたのだが。

 その【聖騎士】の一人が、あわてて戻ってくるという事は。


(やはり、南の愚王ばかが何かしでかしたか……ここ数年は大人しくしていたと思っていたと言うのに。だまっていれば、多少は出来る王だと言うのに、阿呆あほうな事をする……それとも……)


 セルエリスはひたいに手を当ててため息をつく。


(侵攻しんこうできるほどの、何か・・たか……)


 不安な要素ようそ排除はいじょしつつも、残るのは疑問ぎもんだ。

 余程よほどの自信が無い限り、何度も負けを繰り返している国にいどみはしまい。


(それか……やはり、余程の愚者ぐしゃなのか……どちらにせよ……)


 気にしなければならないことが増えた。

 セルエリスはもう一度、聞こえる程の大きなため息をく。

 この場にいるのは直属ちょくぞくの騎士であるヴェインだけだ。

 威厳いげんたもつ理由もない。


「――殿下でんか……人の気配が」


 その騎士ヴェインが、さとすようにセルエリスに耳打ちをする。

 セルエリスも、一瞬で王女のオーラをまとった。

 次の瞬間に、謁見えっけんの間の扉が開き。

 入って来たのは、妹姫いもうとひめ


「失礼しますわ、姉上」


 扉を豪快ごうかいに開け放ち、【リフベイン聖王国】第二王女、スィーティアがやって来た。


「……ティア?」


 セルエリスは「めずらしい」と正直に顔に出しておどろく。

 本音を言えば、「何をしに来た」だが。


「ご機嫌きげんうるわしゅう、エリス姉上」


 深々ふかぶかと頭を下げて、スィーティアはセルエリスにひざまずいた。


「……」

(――は?何を考えているの?あの・・ティアが、私に頭を下げた?)


 冷静れいせいよそおいながら、セルエリスは妹の出方を待った。

 それだけ、妹との関係性が悪かったと言うのが正直なところであり、セルエリスもスィーティアも、両者ともに牽制けんせいし合って来ていたのだ。

 だが、スィーティアは少し理由が変わっている。

 それはやはり、前世ライカーナの記憶を取り戻している事が起因きいんする。


「姉上にお願いがあり、参上さんじょういたしました」


「お願い?」


「はい」


「……」


 妹が自分に頭を下げてまで願い出る事など、かつてあっただろうか。

 この場に三女のローマリアがいれば、その衝撃であごを外すかもしれない。

 セルエリスですら、内心目を見開くくらいはおどろいている。

 実際は必死に我慢がまんしたが。


「言ってみなさい?」


「ありがとうございます……では」


 スィーティアは顔を上げて、口端くちはしゆがめると。


「帰ってくる【聖騎士】の一人……誰かは知りませんが、私に頂けませんか・・・・・・?」


「……――!?」


 どうやらスィーティアは、戻ってくる【聖騎士】を自分の専属せんぞく騎士としようとしているらしい。

 セルエリスは一瞬だけまゆひそめるも、その意図いとを探る。


「いったい何故なぜ?」


 これは、今まで自分の騎士を持たず、唯我独尊ゆいがどくそんつらぬいてきたスィーティアに対する疑問ぎもんだ。

 最近、スィーティアが新人の騎士を使いにつけた事は知っているが、事件(部下殺害)を起こして以来、スィーティアが部下をつける事は無かった。

 それが急に、部下を持ちたいなどと言い出すとは予想も出来なかった。

 しかも、険悪けんあく状態じょうたいの姉に、頭を下げてまで。


「いえ、私もそろそろ王族の仕事を……まともにしようかと思いまして……」


 スィーティアは、今までの自分がおろかだったとでも言いたそうに首を振るい、立ち上がるときびすを返す。


「――そういう事ですので、お考えの程……お願いいたしますね……エリス姉上」


 今すぐの答えはいらないという事なのか、スィーティアはセルエリスの返答を待たずに帰っていく。


「……不穏ふおんな」


 言葉をはっしたのは、ずっと後ろで待機していたヴェインだった。

 セルエリスも大いに同感どうかんであり、まるで“悪魔”でも近づいてくるかのような悪寒おかんを感じていた。


「――ヴェイン」


「は……失礼しました」


「いえ、そうではないわ」


「?」


 ヴェインは勝手に口を開いたことを謝罪しゃざいしたが、そうではなかったらしい。


「ティアの最近の動向どうこうを調べなさい……こまは使ってもいい」


「……かしこまりました」


 盲目的もうもくてきにセルエリスに忠誠ちゅうせいちかう騎士ヴェインは、あるじの言葉に異をとなえることなくうなずき、姿を消す。

 暗闇くらやみに飲まれていくように、その姿はうすれて、やがてセルエリスは一人きりとなった。


「まるで別人・・のようね……ティア」


 自分の妹に何があったのかを知らない長女セルエリスは、背凭せもたれに背を預け、息をく。

 ギィ――と音を鳴らす豪奢ごうしゃ椅子いすは、セルエリス以外誰もいない謁見えっけんの間に鳴り響いたのだった。

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