65話【再燃《Re:Burn》】



再燃Re:Burn


 振り向いたローザの目にうつったのは、元の世界で自分をおとしれた、最愛さいあいにして最悪の妹。

 先日敗北し、さげすみの目を向けられた少女だ。

 現在ではスィーティアと名乗るこの少女の、転生前の名をローザは口にする。


「――ラ、ライカーナ……?」


 おどろきを隠せないローザ。

 目を見開みひらき、声を上擦うわずらせて、明らかに動揺どうようしていた。

 それもそのはず。ローザは王城にいるスィーティアをけるために、城外じょうがいうごける場所を探していたのだ。

 それなのに、そのスィーティアが目の前に現れれば、おどろきはするだろう。

 後退あとずり、声をふるえさせるそローザをかばうように、エミリアが割って入る。


「ス、スィーティア王女殿下でんか……いったい、どうしてここに……?」


 ローザの前に出たエミリアに対して、スィーティアは一瞬だけ機嫌きげんが悪そうな顔をするも、「何も知らないのね?」と、スィーティアは嘆息たんそくする。


「はぁ……エミリア・ロヴァルト……【聖騎士】に成ったのなら、ご主人様ローマリア以外の王女の事も勉強しなさいな……」


 なんとも耳の痛い話に、エミリアは肩を落として。


「……す、すみません……」


 正論せいろんに対して、ガチ謝罪しゃざいをするしかなかった。


「……まぁいいけれど。この【貴族街第二区画ダイディア】は私の管轄かんかつよ。つまり、自分の管轄下かんかつかの祭りを視察しさつに来ることに、何の理由もいらないという事よ。そうでしょ?」


「そ、その通りです……はい」


 ローザをかばうように入り込んだ自分がずかしい。

 一触即発いっしょくそくはつになってしまうのではないかと、勘繰かんぐって行動してしまった事に顔を真っ赤にして、エミリアは穴があったら入りたい状態じょうたいだった。

 しかしスィーティアは説明をしているあいだも、常にローザを見ていた。

 まるでその説明をローザにするように、してあげているように・・・・・・・・・・


「まさか、職務しょくむをほっぽって遊びに来ていたのかしら……?」


「い、いや……その~。あは、あはは……」


 エミリアは自分の持つくしをサッと後ろに隠す。

 笑って誤魔化ごまかした。


「……」


「……」


「……う」


 気まずい空気感に、二人は無言になる。

 あいだに入ったエミリアも言葉を出せなくなっていた。

 しかし、そんな空気に水を差し込んでくれる人物がいた。


「――殿下でんか……お時間が」


 スィーティアの背後から、静かに声をはっし。

 一人の少年騎士が、少したどたどしくも自分の使命しめいまっとうした。


「あらなに?ケイン、あるじ文句もんくがあるの?」


「――い、いえ……滅相めっそうもありません!しかし、これから向かうレビアウス家の晩餐ばんさんが……」


「はいはい、分かっているわよ。まったく、配属はいぞくされたばかりでご主人様しゅじんさま楯突たてつくなんて、可愛かわいい顔をしてなかったら――直ぐにクビよ?」


「そ、そんなつもりは!」


 あわてて顔を青くするケインと言う少年。

 スィーティアは機嫌きげんよさそうに「ふふんっ」と笑い、エミリアとローザの二人のあいだを過ぎ去っていく。

 呆然気味ぼうぜんぎみになっていた、ローザの横を通り過ぎる瞬間スィーティアは。


「――また戦いあそびましょうね……お姉さま」


「!!」


 ゾクリと背筋せすじふるわせ、ローザは心臓を鷲掴わしづかみにされた気分になった。


「ほら!行くわよケイン、いつまでわたわたしているのっ!」


「す、す、すみませぇん!!」


 スィーティア、そしてケインという少年は用事があるようで、特にからんでくること無く居なくなった。

 しかし、たった一度顔を合わせただけで、ローザの心をさぶって行った。


「……行っちゃったね」


「……」


「ローザ?……ロー……ザ。だ、大丈夫?」


「え、ええ……」


 どう見ても大丈夫では無かった。

 顔は青く、脂汗あぶらあせの様に浮かび上がる汗は尋常じんじょうではない。

 手はふるえ、目の焦点しょうてんさだまっていなかった。


(ぜ、全然大丈夫じゃないよ、ないよぉぉぉっ!)


 《石》の加護かごがないローザは、こんなにも心をみだし、身体にまで異常をきたす程に、か弱く見えてしまうものなのかと、エミリアは心の底から思った。

 そしてそれを何とかできないものかと、今後も思考しこうめぐらせる事になるのだった。





「ローザ……これ、飲んで?」


「……ありがとう、エミリア」


 休憩用の長椅子ながいすに座り、エミリアは買って来た飲み物を渡す。

 不格好ぶかっこうびんに入れられた、さわやかな飲料だ。


「……口の中が、シュワシュワするわね……」

(……水……よね?)


「お酒なんだ、ソレ。ごめんね……これしか買えなくて」


 本当は果物くだもののジュースを買おうと思ったのだが、祭りの子供たちでごった返していて、これしか買えなかった。


「へ、平気よ、丁度ちょうどいいかもしれないし……」

(お酒?これが?)


 そう言いながら、一気に酒をあおった。


「ちょっと、一気に!……ま、まぁいいか……」


 そんな気分なのだとも理解できるので、止めないでおいた。

 いや、止める間もなかった。


「……」


 声も掛けにくい中。隣に座ってエミリアもその飲料を飲む。

 すると。


「……にっっっがぁ……!!」


 【葡萄酒ワース】や【林檎酒クォル】と比べても、かなり飲みにくい。

 まるで薬ではないかと思いながら、エミリアは「よく一気にいったね……」と感心した様子でローザを見た。

 しかし、そんな苦い酒を一気飲みしたローザは、目を見開いて空になったびんを見ていた。


「……ローザ?どうしたの?」


「……――い、いえ。何でもないわよ……なんでも」


 誤魔化ごまかしたローザだったが、エミリアが苦い・・と発言して気付いてしまった。

 自分がまた――味覚を無くしてしまった・・・・・・・・・・・事に。





 二人で歩く【貴族街第二区画ダイディア】の街並み。

 以前、収監所しゅうかんじょに向かうさいに急いで通った場所を、今度はゆっくりと歩く。

 まだそれ程時がった訳でもないのに、大分なつかしく感じる。

 歩きながら、ローザは。


(……味覚を感じなかった……エミリアはあのお酒を苦い・・と言った、シュワシュワ感は感じたけれど、あんなに苦いなんて顔は出来なかった……それどころか、ただの水だと思ったのに)


 自覚はある。スィーティアと会ったことだ。

 それと、やはり《石》だろう。

 この世界に“召喚”されたローザは、身体ごと作り変えられている。

 そのさいに、元の世界で失った味覚を取り戻していたのだが。

 今まさに、それを再度さいど失ったのだ。


(果物くだものを食べた時は、確かに甘みを感じた……それなのに、酒の味はまったくなかった)


 その二つを口にするのにいた時間は、本当に少しだけ。

 あいだに起きた事と言えば、スィーティアと会ったこと以外は考えられない。

 自覚と共に、後悔こうかいが押し寄せる。


(いや……嫌っ!!)


 冷静れいせいに街並みを見ているようで、そうではない。

 心は、荒波あらなみの様にれていた。

 この世界に“召喚”され、エドガーに必要とされた。それが嬉しくて、ローザは協力を惜しまなかった。

 しかし、それが失われようとしている。

 自分にしかできない事がうすまりつつある状況じょうきょう

 せっかく取り戻す事が出来た味覚を、再度失い。

 ローザの心中はおだやかではいられない状態じょうたいであった。

 くらい闇に落ちていくように、赤きほこりの炎は、速度を加速させて行く。

 やがてちていく、何もない荒野こうやで独り、炎はむなしく消え去っていく。

 そうなるしか道はないのかと、ローザが結論けつろんを出そうとした、その時。


「……ザ、ロー……ローザ!ローザってば!!」


「――え……あ……エミリア?」


 明るい声音こわねで、スッと入り込んでくるエミリアの声。

 太陽たいようの様に明るい笑顔は、ローザの鬱屈うっくつした気分を徐々じょじょに晴らしていく。


「……なに?」


「見てっ!ほらあそこ!」


 エミリアが指差すのは、一軒いっけんの小さな屋敷やしきだった。

 そこには何かをうかがうように、キョロキョロと屋敷やしき敷地しきちを見渡す人物がいた。

 普通に考えれば、どう見ても不審人物ふしんじんぶつだ。

 しかし、ローザにもエミリアにも、その人物には見覚えがある。

 と言うか――見覚えしかない。


「……エドガー」


 そこに居たのは、ローザの《契約者》でありエミリアの幼馴染。

 【召喚師】エドガー・レオマリスだった。

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