64話【小さな祭り】



◇小さな祭り◇


 ローザとエミリアの二人は、午から後も汗を流した。

 何度も訓練用くんれんよう木剣ぼっけん木槍きやりを合わせて、ローザが満足するまでエミリアは付き合った。

 風がさらして汗をかわかすが、もう相当な不快感ふかいかんだった。


「ふぅ。そろそろ終わりかしらね……」


「だねぇ……はぁ、はぁ。疲れたー」


 エミリアは盛大せいだいに大の字に寝転んで、体力の限界げんかいだと声を上げた。

 ローザもまた、ひざに手を置いて息をあらくしていた。


(……《石》の力が無いと、私もこの程度か……)


 体力だけで言えば、ローザは完全にエミリアに負けていた。

 今寝転んでいないのは、ローザのプライドあってのものだろう。

 しかし実際じっさい、ローザは《石》による能力の向上こうじょうが無ければ、戦闘力は大幅おおはばに、いやそれ以上に減少げんしょうする。

 それは自分でも理解している。だからこそ、どうにか出来ないかと考え、こうして前時代の修行しゅぎょうのようなことをしているのだ。


「少し休んだら、今日は帰ろうね」


「……そうね」


 大の字から回復したエミリアは、ストレッチで身体をほぐしている。

 ローザは絶賛ぜっさん動きたくない状態だった。


(加護かごがない状態じょうたいで戦えば、私は一番戦えないかもしれない……)


 その思いは、“異世界人の中では”と言う意味合いだが。

 エミリアを見るローザの視線しせんからも、エミリアや他の現地民げんちみん意識いしきしている事が分かった。


 サクヤには、【忍者】としての才と長年つちかってきた修練しゅうれんが。

 サクラには、《石》以外のギフトがある。

 メルティナも、機械という専用せんようの装備があり。

 フィルヴィーネにいたっては、存在そのものが異端いたんだ。


 ならば自分にあるものは?幼少期ようしょうきから《石》の力で戦ってきたその実力は本物だ。

 しかし、それ以外は?

 剣は《石》の《魔法》による具現ぐげんであり、自分のものではない。

 その業火ごうかだってそう、全ては《石》、ローザは【消えない種火】で成り立っている。

 それが今、悩ましい程に痛感つうかんしている。

 ローザはポケットに入れてある《石》をそっとつかんだ。

 熱を感じない《石》は、いま全快ぜんかいではない。

 フィルヴィーネによる魔力の譲渡じょうとで、ローザ自身の魔力は回復した。

 しかし、それでは戦えない。

 いざという時に何も出来ないかもしれないと言う未来みらいが、これほど怖いと思うなど、以前は考えた事も無かったと言うのに。





 ストレッチを終えて、二人はミッシェイラ家の敷地しきちを出ようとした。

 そこに。


「エミリア君」


「……ミ、ミッシェイラ公!」


 どこからか戻って来たのか、正装をしたギランツ・ミッシェイラ公爵と相対あいたいした。


「帰りかね?」


「はいっ。今日もありがとうございました!」


「ははは、存分ぞんぶんに使ってくれて構わないよ。今は、誰も使う者がいないからね」


 ギランツは自嘲気味じちょうぎみに言う。

 以前は、息子であるコランディルが使っていたのだろう。

 しかし今、彼は収監中しゅうかんちゅうの身だ。


「……あ~、は、はは……」


 エミリアは、どう言ったらいいのか分からずに目線めせんをローザに送った。

 ローザは「私を見ないで」と視線しせんらす。


「いやなに。すまんね……そんなつもりはなかったのだが。実は今も、城に面会めんかいに行っていたのだよ」


「……そうなのですか?」


「ああ。【収監所ゴウン】から移動になった囚人しゅうじんたちは、全員が城の独房どくぼうに入れられているからな」


 収監所しゅうかんじょは、以前ローザ達が【大骨蜥蜴スカル・タイラント・リザード】と戦った場所だ。

 侵入者しんにゅうしゃによってかき回され一度は混乱こんらんしたが、何故なぜか大きなさわぎにはならなかった。

 同じく、【石魔獣ガリュグス】が現れた区画くかくも混乱したのだが、しかしそれも同じく、ぐに鎮静化ちんせいかしてしまい、誰もが話題わだいにすらしない。


(それなのに……収監者しゅうかんしゃたちは移動させられたまま。どうして誰も気にめないのかしら)


 ローザは当然のように疑問ぎもんに思えるが、エミリアもこのギランツと言う男も、疑問ひもんには思っていない様に感じ取れた。


「所で……」


 ギランツが、エミリアの後ろにいたローザに視線しせんを送る。

 「あ!」と、エミリアもローザを紹介しないのも変だと気付いて。


「すみません公爵……こちら、私と一緒に訓練場くんれんじょうを使わせていただいている」


 エミリアがサッ――と手をローザに向けると、仕方がなさそうに一歩前に出るローザ。


「初めまして、公爵閣下かっか……私はローザ・シャルともうします。以後、お見知りおきを」


「ああ、君がそうか……」


 納得なっとくする様子で、ギランツは顎先あごさきに指を持っていった。

 ローザが、ローマリアの指南役しなんやくだと言うのを知っていたのだろう。


「ローマリア殿下でんかが世話になっているようだ……感謝する」


「いいえ。大層たいそうな事はしておりませんわ……逆に私が助けられております」


「ははは、そう言っていただけると……殿下でんかもお喜びになるだろう。君がこの場所を使ってくれると言うのなら、今後も活用かつようするといい。許可もわざわざ取らなくてもかまわないよ」


「え!いいんですか!?」


 エミリアがその待遇たいぐうおどろく。


「ああ。好きにしたまえ……それでは、私は屋敷やしきに戻るよ」


「ええ、感謝致しますわ、閣下かっか

「ありがとうございます!失礼いたします、ミッシェイラ公」


 二人は頭を下げ、ギランツを見送った。

 そして、エミリアが。


「ローザ……あんな話し方出来るんだね」


馬鹿ばかにしているの?」


「えへへ、そういう訳じゃないけどね」


 何故なぜか嬉しそうに、エミリアは言う。


「ローザって、エド以外の男の人には結構きびしいって感じじゃない?だから嬉しいんだ……」


「……なんでよ」


やわらかくなったって言うか、とげが抜けた?って感じで、せっしやすいと思うよ」


「私だって、分別ぶんべつくらいつくわよ……誰にでもみつく訳じゃないわ」


 「ほら行くわよっ」と、ローザはほんの少し照れたように門へ向かった。

 《石》を身に付けていない為、ほほに赤がさしたら一瞬で丸分かりだっただろう。


「あははっ。待ってよもぉ~」


 エミリアさらに嬉しそうに、ローザを追いかけたのだった。





 二人は【貴族街第三区画ガーネ】を抜けて【貴族街第二区画ダイディア】へ来ている。

 訓練くんれんを終え、そのまま城がある【王城区ブリリアント】に戻らず、寄り道をしていた。


「いいかおりね」


「だ、だね~……お腹減るよ」


 今日は、ここ【貴族街第二区画ダイディア】で小さな祭りがあるのだと言う。

 屋台やたいかおりにさそわれて、ローザが思うままに辿たどり着いたのだ。

 さいわい、今のローザには収入しゅうにゅうがある。

 ローマリア王女に指南しなんした分のお給金きゅうきんだ、立派りっぱな仕事だと言えよう。


「これは、何のお祭りなの?」


「――え?これは豊穣ほうじょうのお祭りだよ。もうすぐ夏で、【パイル】の収穫しゅうかくだから」


「【パイル】?」


「うん、あれだね」


 エミリアがあれ・・と手を向けたのは、果物くだもの屋台やたいだった。

 大きな実に長い葉、とげの生えた皮があって、見た目はあまり美味しそうではない。

 しかし、屋台やたいの男性が切るその実は、果汁かじゅうあふれて芳醇ほうじゅんかおりをかもし出していた。

 輪切りにしたその実を、くしに刺して売っている。

 子供たちが銅貨どうかはらって買っていて、黄色い果肉がとても美味しそうだ。


豊穣ほうじゅんの祭りなのに、もう収穫しゅうかくしているの?」


「ううん。あれは昨年度さくねんどのだよ、年に二回収穫しゅうかくできるんだけど、今売っているものは去年きょねんの冬のだね」


 ローザは「へぇ」と言いながら、自然と屋台やたいに足を向けていた。

 食べる気満々だ。


「おじさん、その……」


 なんだっけ?とエミリアを見る。


「【パイル】だね」


「【パイル】を二串ふたくし


 キチンとエミリアの分も頼んで。


「あいよ。銅貨どうか二枚ね」


 ローザは赤い鳥が刺繡ししゅうされた財布さいふから銅貨どうかを二枚渡し、くしに刺さった【パイル】を口に運んだ。


「……おいしっ」


「でしょ~?」


 程よい酸味さんみと甘みが口に広がり、ローザは無意識むいしきに感想を口にしていた。

 エミリアもその果物くだものを食べながら、二人でほのぼのと祭りを楽しんでいた。

 しかし、その二人の背後から、唐突とうとつに掛けられる声があった。


「――お姉さま・・・・


「「――!!」」


 バッ――と振り向くその先には、【リフベイン聖王国】第二王女スィーティア・リィル・リフベインがいた。

 何千年ものあいだ、何度も何度も転生し続けて来たローザの妹、ライカーナ・シエル・ブラストリアが立っていて。

 不敵ふてきな笑みを浮かべながら、ローザに声を掛けて来たのだった。

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