不遇召喚師と異世界の少女達～呼び出したのは、各世界の重要キャラ！？～

57話【黒銀の翼４】

◇黒銀（こくぎん）の翼（つばさ）４◇

　スノードロップが、せめてノインだけには伝（つた）えなければいけないと思っていた情報、しかしどうやらそれは遅くなってしまったようだ。

　スノードロップとエリウスはリューネの声に反応して、その隣に並び、騎士たちと戦っているノインに注視（ちゅうし）する。

「――あれは……？」

「あれが、わたくしを落とした――槍（・）です……！」

　その“天使”の動揺（どうよう）は、エリウスとリューネにも伝（つた）わった。

　騎士たちが構（かま）えているそれが、スノードロップを空から撃（う）ち落とした武器だと。

「……槍？」

「です……ね」

　エリウスのポツリと発（はっ）した言葉に、リューネも頷（うなず）きながら返事をする。

　今、騎士たちがノインに向けているのは、一見（いっけん）ただの槍だ。

　しかしスノードロップがそれを見る目は、憎（にく）いような、悔（くや）しいような感情が、充分に込められている事だけは分かった。

「あれがわたくしを撃ち落とした兵器です……見えない攻撃で、魔力すらも感じませんでした」

　魔力を感じる事が出来れば避（よ）けることも出来たはずだと、そう言いたそうな視線（しせん）だった。

　スノードロップは、相棒を援護に行こうと足を踏（ふ）み出すが。

「ノイン……！――ぅくっ……」

「スノーさん！？無茶しないでください！」

　せめてもの援護をと思ったが、全身の傷がそれをさせてはくれない。

　軋（きし）むような痛みに、スノードロップは蹲（うずくま）る。

　リューネがそれを支え、エリウスも少し遅れてそれを支えるが。

「……」

「エリウス様……？」

　どこか怖さすら感じるエリウスの表情（ひょうじょう）を、リューネは感じ取る。

　エリウスは、右手をそっと腰の【魔剣（・・）】に伸ばす。

　グッと掴（つか）み込み、怒りなのか困惑（こんわく）なのか分からないまま、その時は近づいていた。

　エリウスの持つ【魔剣ベリアル】に装飾（そうしょく）された【魔石（デビルズストーン）】が、怪（あや）しく輝（かがや）いたことを、誰も気付くことがないまま。

◇

「――どけぇぇぇ！」

　ノインが振り回す戦斧（せんぷ）は、騎士たちを何度も吹（ふ）き飛ばす。

　あれからまた何度か、騎士を数人気絶（きぜつ）させたが、それだけに止（とど）まっていた。

「……クソっ！」

(力が入らないっ……月がまた隠れて、恩恵（おんけい）が受けられないんだ……)

　ノインは異世界の“獣人”だ。

　【月猫（げつびょう）】と呼ばれる種族で、その加護（かご）は大いに月に依存（いぞん）している　。それが受けられないと、最大限の力で戦う事が出来なかった。

　ましてや、《石》の能力を知られている可能性があり、全力を出すには危険な状況（じょうきょう）だからだ。

(【天珠の薔薇石（ヘヴン・インカローズ）】の弱点は……長時間戦闘に適（てき）していない事、騎士たち（コイツら）がそれを知っててこの戦法を立てていたとしたら、あの隊長っぽいやつ……中々出来る)

　騎士の隊長格の男が支持（しじ）する作戦は、なんだか足先が躓（つまず）くようなものばかりだった。

　攻めさせたり引いたりを何度も繰（く）り返し、大きな声で作戦を筒抜（つつぬ）けにするような事ばかりをして、正直言って上に立つものではないと思っていた。

　だが、ここに来て思う。もしかしたら、コイツは食わせ者なのではないかと。

「なんなんだよ、もう！」

　ノインは苛立（いらだ）ち気（げ）に戦斧（せんぷ）を地面に叩きつけた。

　ドゴォォォン！と地面は割れ、飛び散（ち）る砂岩（さがん）は騎士たちを襲（おそ）う。

　地震（じしん）のような響（ひび）きと揺れに、足元が覚束（おぼつか）ない騎士たち。

「おわっ！」

「な、んだぁ！」

　ノインは瞬時にその騎士の目の前に迫（せま）り、現状（げんじょう）唯一（ゆいいつ）の弱点である、頭部を鷲掴（わしづか）みにする。

「――空でも見てろ！」

　指に思い切り力を籠（こ）め。

「ぐあぁぁっ！」

　アイアンクローをされて藻掻（もが）く騎士の後頭部を、ノインはそのまま。

「ふっ！！」

　ドゴス――！！と地面に叩きつけた。

　ピタリ動きを止める騎士。完全に昏倒（こんとう）していた。

「これで……何人だっけ？」

「「「……」」」

　青ざめる騎士数人の下がった士気（しき）に、隊長格の男は。

「――ええい！下がれお前達！下がって態勢（たいせい）を立て直せぇ！」

「「りょ、了解（りょうかい）」」

「簡単にさせる訳ないだろぉ！」

「――だわっっ！？んがふっ……」

　戦斧（せんぷ）を横薙（よこな）ぎし、一人の騎士を転倒させる。

　そのまま斧の腹を顔面に叩きつけてやった。

(大丈夫、まだやれる……まだ一枚岩じゃない。これなら、シャル達に追いつけるはず。スノーが居なくたって、アタシはやれるんだ！！)

　一縷（いちる）の望（のぞ）みが見えてきて、ノインは笑みを浮かべそうになる。

　しかしそんなノインに、まだまだ余裕（よゆう）を見せる隊長格の男は、笑いながら。

「はっはっはっ！流石（さすが）は異世界の化け物（・・・）だ……！だが、我（われ）らもこれで終わると思うなよ！！」

「はぁ？」

　本気で、ノインから変な声が出た。

　何故（なぜ）そんなにも余裕（よゆう）を見せられるのかを、当然知らないからだ。

　そんなノインを尻目に、隊長格の男は叫（さけ）ぶ。

「――【電磁衝撃機槍（スタンショックスピア）】隊！構えっ！！」

「！？」

　聞きなれない言葉に、ノインは訝（いぶか）しむ。

　そして、隊長格の男の後方から数人の騎士が現れた。その騎士たちは、全員が黒い槍（・・・）を持っていた。

「黒銀（こくぎん）の翼（つばさ）の名に懸（か）けて！我（わ）が帝国の敵を排除（はいじょ）するっ！！」

　ジャキジャキッ――と、槍を構える三人の騎士。

　しかし隊長格の男は。

「ん？なぜ三人なのだ？残りはどうした！？」

　騎士の一人が答える。

「はっ！先程、“天使”を撃ち落とした（・・・・・・）際（さい）の分が回復していません！」

「――！」

　隊長格の男が「なんだとぉ！」と怒鳴（どな）っていたが、ノインはそれどころではなかった。

　“天使”を撃（う）ち落とした、騎士は確かにそう言った。

　その時点で、ノインは冷静（れいせい）ではいられなくなった。

「――お前らぁぁっ！！」

　頭を掴（つか）んで地面に叩きつけた騎士を、そのまま怒りにかまけて投げ飛ばす。

「ひぃぃやぁぁ！！」

　バウンドして隊長格の男の眼前（がんぜん）に投げ飛ばされた騎士は、完全に命を絶（た）たれていた。

　首がありえない方向に曲がり、眼球（がんきゅう）が飛び出ていた。

「――な、なんでもいいから撃（う）てぇぇ！三発あれば十分だろっ！！」

「「「はっ」」」

「それがなんだって言うのよ！アタシの仲間を……相棒をぉぉ！」

　怒（いか）りに我（われ）を見失い、ノインは戦斧（せんぷ）を振りかざす。

　もう、手加減（てかげん）なんてしていられない。魔力の節約なんて知った事か。

　そう振り切れてしまい、ノインは。

「……はぁぁぁぁぁぁっ！！【岩斬討滅閃（がんざんとうめつせん）】！！」

　魔力を帯（お）びた戦斧（せんぷ）【ラブリュス】は、輝（かがや）きを放って地面に叩きつけられる。

　爆（は）ぜるように魔力が溢（あふ）れ出し、地面を割る。

　先程の地面を割った攻撃とは比（ひ）ではない程の威力で地面は隆起（りゅうき）し、騎士たちに突撃していく。

　地面から生え出た岩石（がんせき）の槍は、津波（つなみ）のように騎士たちに向かっていった。

　もの凄い轟音（ごうおん）と大地の質量（しつりょう）で、地形そのものまでを変化させたノインの技は、騎士たちを飲み込んだ。

　――しかし。

「……ぅてぇ！！」

　隆起（りゅうき）し反（そ）り返る地面の隙間（すきま）から、男の声が聞こえた。

　隊長格の男ではない、槍を構（かま）えていた誰かだ。

「――！！」

　その瞬間、キュイン――と言う音がし、ノインは目を瞑（つむ）るまでもなく。

　チクリ――と、肌が何かを感知したと思った時には、全身に激痛が走っていた。

「――ぅあああああああああっっっ！！」

　バリバリバリ！！全身の筋肉を引き裂くような電撃が、全身を貫（つらぬ）く。

　尻尾や耳の毛を逆立（さかだ）てて、ノインは膝（ひざ）から崩（くず）れ落ちる。

「あ、ああ……」

　どさりと倒れ、戦斧（せんぷ）だった《石》は元に戻ってノインの身体に戻った。

「は、はは……流石（さすが）は天才技師（ぎし）マルディーネが作りし武器だ！異世界人だろうがなんだろうが、これで怖いものはない！！」

「……」

　意識を手放して、ノインは訳も分からずに地に伏（ふ）した。

　全身からは煙（けむり）のようなものがあがり、雨が無残（むざん）にも身体を打っていた。

「――う……ぐっ……」

　ビクンと身体を動かして、ノインは一瞬で目を覚ます。

　グググっと立ち上がろうとするが、身体が痺（しび）れ、感覚が完全に狂（くる）っていた。

　ドシャリと濡（ぬ）れた地面に顔を打つが、その痛みすら感じない程だった。

(何が、起きた？……この痛み、尋常（じんじょう）じゃない。全身を貫（つらぬ）かれたようだった。筋肉が悲鳴を上げて、痛いっ……しかも、魔力の反応も、実態すらも感じなかった)

　痺（しび）れる身体に雨が当たる。それだけで、痛みが異常に響（ひび）く。

　本来、丈夫（じょうぶ）なノインがこれだけの痛みを伴（ともな）っているのだ、話の流れで、これをスノードロップが受けた事も分かる。

　スノードロップは《魔法》に特化（とっか）している。痛みはノイン以上かもしれない。

　そして倒れるノインは、起き上がることも出来ずに目だけを見開（みひら）く。

　そして視界（しかい）に、誰かの靴（くつ）が見えた。

「――手こずらせてくれたな異世界人。お陰で貴重な槍を六本も使ってしまったぞ」

「……この」

　それはアタシのせいじゃないだろと言いたそうに、ノインはギロリと声を掛けて来た隊長格の男を睨（にら）むが。

「はんっ！何とでも言え！お前は【魔導皇帝（まどうこうてい）】たるラインハルト様への手土産（てみやげ）にしてやる。エリウス殿下（でんか）を連れ去った罪（つみ）で極刑（きょっけい）だろうがなぁ！」

　男はノインの獣耳を乱暴に掴（つか）み、ググっと引っ張る。

　触（ふ）られただけで、痛みが全身に広がる。

「――うぐ……ぅぅ」

「おい！こいつを【魔導車（まどうしゃ）】に運（はこ）べ、皇帝陛下（こうていへいか）への手土産（てみやげ）だ！」

　掴（つか）んでいたノインの耳を離し、勢（いきお）い良く地面に叩きつけた。

「――がっ！」

　男の命令に従（したが）い、数人の騎士がノインを縛（しば）ろうと手を伸ばした。

　その時だった。

「――待ちなさいっ！！」

　その凛（りん）とした声に、騎士たちは振り向く。

　ノインもまた、視線（しせん）だけを何とか向けた。

　そこには、森の入り口付近から歩く、青い髪を風に靡（なび）かせる少女がいた。