56話【黒銀の翼3】



黒銀こくぎんつばさ3◇


 森に隠れていたエリウス達もまた、黒コートの驚異的きょういてき防御力ぼうぎょりょくおどろいていた。


「い、今……斬られましたよね……?」


 身の丈以上の戦斧せんぷで切りかれ、真っ二つになる。

 そう想像して、目をらしそうになったリューネも、その瞬間を目の当たりにした。

 吹き飛んだだけ・・・・・・・の騎士はすぐさま起き上がり、ノインに向けて各々おのおの武器をかまえた。

 その様子を見た他の騎士も、自信に満ちた様にノインにせまる。

 先程までの、一定の距離きょりたもっていたのがうそのようだ。


「……どういう事」


「エリウス様……?」


 リューネの問いに、エリウスは答えなかった。

 いや、答えられなかったが正しい。

 帝国騎士は、基本的に鎧兜よろいかぶとを装備している。

 それがコートを着用していた時点で、多少の違和感いわかんは感じていた。

 しかし、戦闘は重きに置いていない偵察ていさつの騎士たちだと、勝手に解釈かいしゃくしていた。

 それが大きな間違いだと気付けていれば、ノインを一人で行動などさせはしない。


「……その必要が、ない?」


 エリウスは想像そうぞう現実げんじつを合わせていく。

 直ぐに答えをみちびけたのは、仲間であるレディルに教えてもらった言葉があったからだった。

 それは数年前、まだエリウスが帝国の情勢じょうせいを勉強していた時の事。





『いいか?エリウス。帝国の装備、特に防具は……よろいが中心なのは分かるだろ?だが、性質せいしつはハッキリ言って良くねぇ、それは何故なぜか――』


『それくらい知っているわよ。鉱石こうせきが取れないからでしょ?』


『ああ、正確には【魔鉱石まこうせき】な。まぁ【魔鉱石まこうせき】にしても、他の鉱物こうぶつにしても、この国じゃ採掘さいくつ出来ねぇからだが』


『それが何?』


性質せいしつの悪い防具を着けなきゃならんのは、新しいものが作れないからだ。現状げんじょう、俺でも無理なんだからな』


専門家せんもんかなのに?』


『おいおい、俺は“魔道具”の技師ぎしであって鍛冶師スミスじゃねぇっての。もし、よろいでもない防具が出回るとしたら、もう何十年も先・・・・・だろ。特に、前線で戦う奴らが着込きこむようなものはな……』





 そう聞いた数年後に、目の当たりにしているのだ。

 あの巨大な戦斧せんぷで斬られて、傷の一つも出来ない衣服を。


「……くっ!」


 エリウスは衝動しょうどうのままにけ出そうとした。


「――エリウス様!」

「殿下……!」


 しかし、リューネとオルディアに押さえられて止まる。

 今戻れば、捕まるだけでは済まないかもしれない。

 それに、逃がしてくれたノインにも、村長にも悪いと理解はしている。

 エリウスは奥歯をみしめて、戦闘に入ったノインを見るのだった。





 騎士の剣技は、お世辞せじにも精練せいれんされたものではなかった。

 それはノインから見た感想だが、確実にノインの相手ではない事だけは分かる。

 しかし。


「――ちっ!」


 数人がかりでノインの周囲をかこい、き飛ばされては入れわる。

 タイミングを見計みはからってそれらをおこない、背後、側面から攻撃をり返す。


「うおお!」

「くらえぇ!!」


「ああうるっさい!」


 ノインは剣撃を戦斧せんぷで受け止める。

 ガギン――!!と、二本の剣は小柄こがらな少女に簡単に防がれた。

 ノインははじき返し、反転して前にいる騎士を斬る。

 後ろにいる騎士には、戦斧せんぷで殴りつけた。


「「がはっ!!」」

「うぐっっ!」


 斬られた騎士も殴られた騎士もくぐもった悲鳴を出すが、ぐに立ち上がる。

 ノインを捕まえようと、騎士たちも急所は狙ってきていない事が分かるが、それでも相当しぶとい。

 現在、ノインが倒した騎士は二人だった。

 いずれも、き飛ばしたさいに頭を打って昏倒こんとうした騎士だった。

 頭だけは防具でおおわれていない。それは分かる。

 見た目を気にしてかぶと廃止はいしにしたからだろう。

 その弱点は騎士たちも把握はあくしていて、倒れるさいは頭をかかえるようにしていたし、ノインの攻撃も頭部を狙った攻撃だけは確実に防いでいた。


かこめ!距離きょりめさせるなよ!められても頭だけは防ぐんだぞぉ!!」


「……鬱陶うっとうしいなぁ……!」


 隊長格の男がなんだかそれらしい台詞セリフいているが、そんなことはこの場に存在する誰もが知っている事だ。

 というか、ノインにも丸聞こえで戦術もクソも無かった。

 き飛んだ騎士の一人が、起き上がりざまに腰から短剣を抜く。


「……!」


 その短剣はノインにも見覚えがあった。

 “魔道具”だ。


「マズっ――!!」


 パシュン!と言う音と同時に、ノインは半歩はんぽだけ後退こうたいする。

 たったそれだけだが、その位置に《魔法》の弾丸が吸い込まれるように着弾ちゃくだんした。

 知っているから対処たいしょできる。足元に来ると分かっていたから、行動に移せる。


はずすなぁ!」


「すみませんっ!!」


 隊長格の男が頭をかかえてさけんだ。


(あぁもう、あいつを先につぶしたい!)


 しかし、動こうにも騎士たちが進路しんろふさぐ。

 小賢こざかしい事に、隊長格の男も器用に動き回っていた。

 その動きがまた無性むしょうに腹立たしい。

 一見すると吞気のんきで無能、大声でさけんでいるだけに見えるが、敵をさかなでする才能があるようだった。





 ノインの戦闘を見守るエリウスは、てのひらに爪を食い込ませて、自分の不甲斐ふがいなさをみしめていた。

 リューネはそんなエリウスの手をつつむようににぎり、自分も何もできない事をくやしく思っていた。


「――!!」


 ガサリと、背後で草木がれた。

 不自然ふしぜんな物音に、リューネはエリウスをかばうように振り向き、エリウスはオルディアの前に立った。


「エリウス様!」


「聞こえているわ……誰かそこにいるのっ!?出てきな――」


 言い切る前に、後方の草むらからズルズルと足を引きずる、一つの影が現れた。

 その影の正体は暗がりで中々見えなかったが、エリウスとリューネが目をらすと、タイミング良く雲の一部が晴れ、隠れていた月がその影の正体をらした。


「――スノードロップ!?」

「ス、スノードロップさん!?」


 月がらす白銀の“天使”は全身をボロボロにし、腕を押さえ、足を引きずってへたり込む。


「スノードロップ!」

「スノーさん!!」


 リューネは倒れ込むスノードロップに、すぐさま駆け寄った。

 エリウスも動くが、オルディアに「大丈夫、仲間よ」と声を掛けていた。


「……見つけられて安心しました……はは……まいりましたね……まさか、“天使”であるわたくしが……まさか、撃ち落とされる・・・・・・・とは……」


 撃ち落とされた。スノードロップはそう言った。

 それは、空から落ちたという事だ。

 この雨と暗闇くらやみで、環境かんきょうが最悪な状況じょうきょう状態じょうたいにも関わらずに、だ。


「一体何があったの……?」


 エリウスもスノードロップに肩を貸す。説明を聞かなければならない。

 リューネに目配めくばせをして、ノインの戦況を見てもらう。


「今、ノインが戦っているのは……恐らくわたくしを撃ち落とした部隊ですわ。先程、わたくしは偵察ていさつの為に、空を飛びながらあの部隊を発見しました。あちらも、同じくわたくしをとらえたのでしょう、【魔導車まどうしゃ】の屋根やねが開き、そこから姿を現した騎士に……」


「やられたのね?」


「……ええ」


 不甲斐ふがいないと、スノードロップはくやしそうに言う。

 異世界の“天使”であるスノードロップが、抵抗ていこうも何も出来ないままに攻撃されて、挙句あげく撃ち落とされた。

 その事実は、ノインの攻撃を防いだあの黒いコートと同じく、脅威きょういだった。


「……もしかして、ここまでずっと歩いて?」


 ボロボロのスノードロップは、ブーツがどろだらけだった。

 ロングスカートもどろで茶色くまっており、落下のさいに負った無数の傷が痛々いたいたしかった。


「森に落ちたのですわ……木々のお陰で頭などは防げましたが。何とか起き上がって、停車ていしゃしている馬車を見つけたので、ここまで歩いてきました……ですが、空中で受けたあのなぞの攻撃が、いまだに分かりません……」


 元々【コルドー村】を目指していた事を知っていたお陰で、真っ直ぐにここへ来れたのだと言う。スノードロップが言うには、馬車とヘルゲンは無事らしい。

 そしてここへ向かうさいに、炎上する家屋かおくを見て、何かあったと判断して村には入らなかったのだとべた。


「ごめんなさい……スノードロップ、わたくしは……」


「――エリウス様……ノインは今、力を出せません」


 その理由は単純で、月が隠れてしまっているからだ。

 先程ほんの少しだけ顔を出した月も、今はまた雲に隠れてしまった。

 ノインは、月のけによって力が変化するらしい。

 現在は三日月であり、最大の力を発揮はっきできる満月ではない上に、雲で隠れてしまっている。

 それは、ノインにとっては苦痛くつうにも近いのだとか。


「そんな状況じょうきょうで、どうして彼女は……!」


「“誓約・・”したのでしょう……ノインの能力の一つです」


「“誓約せいやく”?」


 ノインは、みずからに約束事やくそくごとすことで、能力を向上させる事が出来る。その内容によりけりだが、もし村長と何かを“誓約せいやく”としていれば、あの行動の辻褄つじつまは合う。

 そんな中、そのノインを見守っていたリューネが。


「――エ、エリウス様!騎士たちがっ!!」


 その言葉に、一番の反応をしめしたのはスノードロップだった。


「……くっ……ノインっ!」


 傷だらけの“天使”は必死に立ち上がり、リューネのそばまで歩み寄る。

 エリウスもスノードロップを支えて並び立ち。


「――あれは……?」


「あれが、わたくしを落とした――」


 そしてスノードロップが危惧きぐするあれ・・が、“獣人”ノインにもきばいてしまう。

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